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そろそろ腹を括って聖女を名乗らねばならないみたいです

彼女らしさを感じてとても切なくなりました

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 お茶を飲みながら、アンドリューは少しだけ昔の話をしてくれた。それはマリエちゃんが聖女としてやって来た時のことだったから、私も思わず身を乗り出して聞いてしまう。

「あの頃の私は、聖女というのがどんな存在かもあまりわかっていなかった。だから、泉でびしょ濡れになって泣いていた彼女が聖女だと知った時もいまいち実感がなかったな」
「え、え? マリエちゃんが、泣いていた……?」

 その予想外の内容に動揺する。だ、だって、マリエちゃんはいつだって明るくて笑顔で……。泣き顔からは一番遠いイメージがあったから。

 でも、今思えばそれは我慢していただけなのかもしれないって思う。私があまりにも頼りなかったから、そうせざるを得なかっただけなのかも。
 そう考えると、本当に甘えてばかりで申し訳なかったな。私は、本当に自分のことで精一杯だったんだ。どうしてそんなに精一杯だったのかまでは、まだ思い出せないけれど。

「妹を助けられたけど、助けられなかったと言っていたな。正直、どっちなんだ? とわけがわからなくて、ちょっと失礼な物言いをしてしまった」

 助けたけど、助けられなかった? それは、私にもよくはわからない言葉だ。妹っていうのは間違いなく私のことだと思うけど……。

 あれ? マリエちゃんは、いついなくなったんだっけ。この世界に来ているということは、いなくなった期間があるということだ。それに、私にはマリエちゃんがいない生活の記憶がある。
 会いに来られなかった期間の記憶かな、とも思うけど……それとも違う。もっと悲しい感情を覚えているから。

 会いたい人にもう会えないっていう、絶望のような。……なんだろう。まだ私は大事なことを思い出せていない気がする。

「本当に私は子どもだった。生意気だったよ。そうマリエにも言われたことがある」

 アンドリューのクスッという笑い声でハッと我に返る。顔を上げると、アンドリューが懐かしそうに目を細めてマリエちゃんと出会った時のことを話して聞かせてくれた。

『いつまでも泣いてないで、私と遊んでくれ! ほらマリエ、行こう!』
『う……ぐすっ。もう、アンドリュー生意気よっ! 王子だからって! もっと年上を敬いなさいよね?』
『うやま……? なんだっていい! 早く立て、マリエ!』
『はいはい、もう。仕方ないなぁ』

 小さい頃のアンドリューったらかわいいな。呆れたようにそういうマリエちゃんも想像がつく。ふふ、いいなぁ。見てみたかったな、そんな二人の交流。
 うん、今はまだ無理に思い出すのはやめよう。マリエちゃんを見た時のように何かのきっかけで思い出すかもしれないし、あまり焦りたくもない。

「当時は父も間違いなく聖女様を歓迎していた。国のために禍獣の王を倒してほしい、そのために聖女様の力を貸してほしいと。急にこの世界にやってきたマリエに対して最大限の配慮と対応をと指示も出した。この朝露の館という、他から隔離した場所をと考えたのも父なのだ。少しでも落ち着いた環境で過ごせるようにと」

 それは本当に同じ国王様なのかと疑いたくなる話だ。だって、私が会った人はとても怖かったもの。最初はそれなりの対応だったけれど。そう言うと、アンドリューもしばらくは自分もそう思っていたと告げた。

「信じたくなかった、のが正しいかもしれない。私は逃げていたのだ。しかし、現実から目を逸らしてばかりでは父が正気に戻った時に叱られてしまうな」

 無理もない、よね。これまでは優しくて尊敬出来る父親が、突然変になってしまったんだもの。誰よりもショックを受けたのは息子であるアンドリューに違いない。

「父の様子がおかしくなったのはこの数年ほどだったかと思う。今にして思えばあの時も、と思い当たる点が見つかったというのが正しいな」

 そして今、急激に変化してきている、か。豹変した時の国王様は本当におかしかったもの。ルチオだって。
 力を取り戻しつつある禍獣の王が私という新たな聖女の存在を感知してなんとか排除しようとしているのではないか、ということだ。

 国王の精神を少しずつ蝕み、操ることで周囲の者たちもそれに汚染されていく。まだ完全に復活していないというのに、本当に恐ろしい存在だな……。

「これもまた推測なのだが、父に近しい者ほど洗脳されているように思える」

 国王様は今後の国のことを心配するあまり、逆にその不安な心に付け込まれた。国王様さえ洗脳出来たら、忠誠を誓う人たちも洗脳されていくってことだ。
 そうなったら国を傾かせることなんて禍獣の王からすれば簡単だよね。もう、本当に厄介!

「でもそれを言うなら、なぜアンドリューは無事なのです?」

 そこへ、シルヴィオが顎に手を当てながら不思議そうに首を傾げた。確かに。最も近い存在なのはアンドリューだ。

「マリエとの約束があるからかもしれない。確固たる決意や意思を持つ者は汚染されにくいようだからな」

 あ、そうか。つまり洗脳されないためには心を強く持てばいいってことなんだね。

 けど、今みたいな不安定な世の中に不安を感じるなって方が無理だ。このままいけば、国民にも洗脳が広がっていく。そうなったら本当にまずいよね……。
 もしかしたら、気付いていないところで広がりつつあるのかもしれないもの。のんびりなんてしていられないってつくづく思う。

「マリエ様との約束? それはなんですか、アンドリュー」

 おっ、と? 気になっていたけど聞けずにいたことにシルヴィオが切り込んでくれた。ちょっと助かったかも。自分では聞きにくくて……。

 だって、洗脳の力も効かないほどの約束だよ? しかも、まだ子どもだった頃の約束。どれほど大切なものだったんだろうって思うじゃない。
 もしかしたらアンドリューにとってすごく大事で、触れられたくない大事な思い出なのかもって思うと、第三者が踏み込んでいいのかなって躊躇ってしまうから。

 だけど、アンドリューはあっさりと教えてくれた。視線を私に移し、どこまでも優しい光を宿して。その綺麗で力強い金色の瞳から目が離せない。

「もしも自分が封印されている間に新たな聖女がこの世界に迷い込んできたら、助けてやってほしいと。自分が不安で泣いている時に励ましてくれたように、と」

 それは、何よりも人のことを考えて行動するあまりにもマリエちゃんらしい約束で。
 それが懐かしくて切なくて……私は胸がギュッと締め付けられるのを感じた。
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