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私だってちょっとは頑張ります! しつこいようですが聖女ではないです。

常識について話し合う必要があったようです

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「はーい、着いた。……って、エマ。顔色悪い。どうしたの」
「お、お、お構いなく……」

 いっそ意識を飛ばしてしまいたかった。しがみ付きすぎてカノアは苦しかったかも。……いや、ケロッとしてるからなんとも思っていなさそう。
 つくづく幻獣人のスペックの高さを思い知るよ。本当にカノア、戦闘は出来ないの? って思っちゃう。

 地面に下ろしてもらって、ややフラフラしながらついていくと、カノアが途中で足を止めてとある場所を指差した。

「マティアスの封印場所はあそこに見える泉の底だよ。この峠はあちこちに泉があるから、国王軍には場所の特定は難しいだろうね」

 へぇ、そうなんだ。水の峠ていう名前の通りの景色だね。なるほど、確かに場所を知らないと特定は無理っぽいなぁ。

 ……って、そうじゃない。今、なんておっしゃいました? 泉の、底?

「あのー。私は人間なので、水の中では息が出来ないのですが……」

 もしかしたら知らない可能性がある。だってカノアだし。そう思ってきちんと伝えてみると、カノアはきょとんとした顔で首を傾げる。

「僕だって水中で息は出来ないよ? 息を止めておけばいいじゃない。三十分くらい平気でしょ?」
「無理です!!」

 あー、なるほど、そっちねー。……じゃない! どのみち無理!
 ああもう、幻獣人って人間のスペックを知らなさすぎじゃない? おかしいな、前聖女だって人間だったはずなのに。興味のない情報はすぐに忘れる仕様なの? あまりのことに思わずそのまま言ってしまったよ。

「えー、そうだっけ? マリエはパワフルな子だったから気にしたことなかった。出来てたんじゃない?」
「さすがにどう考えても無理ですよ」

 そうか、前聖女は運動神経もよかったのかもしれない。ごめんなさいね、運動音痴で。健康に不安はないけど体力はないですよ、私。
 たぶんだけど、休みの日とかも家で過ごすタイプだったと思うんだ。根拠は、今の私がそうしたいと思っているからです。

「ふーん。まぁいいや。封印を解くくらいなら、五分あればいけるし、問題ないよね」
「五分も無理ですよ! 人間のスペック舐めないでください!」
「え、無理なの? っていうか変な自慢の仕方だね?」

 そりゃあ出来る人はいるかもしれないけど、一般人より体力のない私がそんなに息を止めていられるわけがない。一分だって怪しいくらいだよ。
 ごめんなさいね、役立たずで。でもまさか水の中にあるとは思ってなかったんだもの。

 でも泉の底って情報は、たぶんアンドリューも知っていたよね? 幻獣人に限らず、人間がどこまで出来るか、出来ないかの把握をしていないっぽいなぁ。
 いや、アンドリューに関しては前聖女がいた時、まだ子どもだったというから仕方ないとは思うけどぉ。頼みの綱ぁ。

「……ねぇ、人間の運動能力を教えてくれない? ひょっとして、さっき飛んでる高さから落としたら怪我とかしちゃうの?」
「怪我ではすまないですね。落ちる場所にもよるでしょうけど、大体は即死ですよ」
「死んじゃうの!?」

 いや、その驚きに私は驚くよ。そんなに認識に違いがあったんだ? って。
 なるほど。だからカノアはさっき気軽に私を抱えて飛んでいたってわけか。もし落としても大丈夫だろうって思っていたんだね。……怖っ!?
 カノアはカノアで、だからあんなに怖がってたんだ、と呆然と呟いている。

 ついでなので、私のスペックの低さを説明しておくことにした。走る速さ、握力、腕力、運動能力などなど。自分で言っててダメさにショックを受けるからそろそろやめたい。もう少し運動とかしておいてよ、過去の私ぃ!

「に、人間ってそんなに弱いんだ……。え、じゃあどうして生き残れているの?」
「知恵、ですかね。あとは、人間は弱いからこそ、仲間と協力して何かをするんですよ。一人に出来ることは微力でも、力を合わせることでものすごいことや物が出来たりするんです」

 まぁ、おかげで人数も多く、その中には役立たずも生まれるわけですけどね。私のように。辛い。

 私の話を聞いて、カノアはかなりのショックを受けたようだった。ずっと驚いたように目を見開いているし、青褪めているし、少し手が震えてる。
 え、あれ? 大丈夫? そう思って一歩近付くと、カノアが慌ててぴょんと後ろに飛び退いた。な、何!?

「だ、ダメだよ! 近付いたら! エマが死んじゃう!!」
「だいぶ今更ですし、これまで通りの接し方なら死にません」

 どうやら、あまりの弱さに怖くなった模様。そんなにですか、そうですか。

 もしかしたら他の幻獣人やアンドリューも知らない可能性があるなぁ。自分の身を守るためにもハッキリ言わないといけないよね。
 ただ、自分の弱さを伝えるのって心を抉るんだけど。そうも言っていられないか。はぁ。

「ごめん、エマ。よくわかった。僕は幻獣人の中で一番弱いから、まさかエマがそれよりずっと弱いとは思ってなかった」

 悪気なく抉ってきますね……? 心から申し訳ないと思っているのがわかる分、何も言えないじゃないか。

「マティアスの解放まで、僕が絶対に守る。頼りないかもしれないけど。みんなにも説明してあげる。だから心配しないで。っていうかもっと早くに教えて、そういう大事なことは」
「ご、ごめんなさい……」

 急に真剣になったカノアは妙に頼もしく見えた。命に関わることなんだから当たり前、と叱られてしまったけれど……。これまでのあれこれがあるからなぁ。
 でも、大事なことはちゃんとしてくれるんだってわかって私としてはホッとしました。

 でもさ、空を飛ぶのは無理とか聖女になるのは無理とか、ずっと言っているよね? 私、ちゃんと言っていたよね?

 そもそも常識が違う相手には、ここまで!? というくらいしっかり説明しないとだめなんだな、ってことを学びました。本当に気を付けよう……!
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