上 下
34 / 130
ちゃんと頑張りますよ? でも聖女と崇めるのはやめてください!

記憶:2

しおりを挟む

 誰かが泣いている。
 あ、あの子だ。あの子が泣いているんだ。でも、なんで? いつも笑顔で明るいのに。

「ば、バカぁ! エマのバカ……! 本当に、死んじゃうかと思ったんだから……」

 あ、あれ? 原因は、私? 何をしでかしたんだろう。えーっと、これは私が小学三年生くらいのことだったかな。
 ……うん、たぶんそう。ちょっとずつ思い出してきた気がする。

「だって怪我をするなら、私の方がいいと思ったから……」
「何言ってるの!? どっちがいいとか、そんなのないよっ!」

 ああ、そうだ。確か、二人で道を歩いていた時に、向かい側からバイクがすごい勢いで走ってきたんだよね。私たちは道の端を歩いていたし、バイクからも離れていただけど……。
 路上駐車している車を避けたバイクが、ハンドル操作を誤ったのか、勢い余ったのかで、こっちに向かって来たのだ。このままだとあの子にぶつかる。それは絶対にダメだって咄嗟に思った。

 だってあの子は、家族からも友達からも大切にされているから、怪我なんかしたらみんなが大騒ぎする。すごく心配もするだろう。私だってあの子が怪我をするのなんて絶対に嫌だった。

 でも、私なら……? 誰も、心配する人なんていないから。うん、そうだ。そう思って私はあの子の腕を引っ張って、自分が前に出た。

「エマは、もっと自分のことを大事にしてよ……。いっつも自分が傷つけばいいって思っているでしょ」
「? だって、それが一番、問題にならないから」
「そういうとこだよ!!」

 そのおかげで、あの子は助かった。でも私は、バイクとぶつかって吹き飛び、怪我をした。救急車で運ばれたみたいで、気付いた時は病院のベッドの上。
 お見舞いに来たあの子が私を叱りながらずっと泣き続けていたんだ。

「なんで、怒るの……? 私、嫌われるようなこと、しちゃったのかな」
「っ! ち、違う。違うよエマ……。あぁ、どうしたらわかってもらえるの?」

 余計なことをしちゃったのかな。私が怪我をしたことで今すごく泣いているし、病院に来る時間もわざわざ作ることになっちゃったもんね。
 あー、そうだ。病院代ってどうなったんだろう? 私、保険とか入っていたのかな? 家族は怒ったかな、それとも心配したかな? ちょっとその辺りはよく思い出せないや。

「エマ、聞いて。私はね、エマのことが大切なの」
「大切……? 私が?」

 一度泣き止んだあの子は、私の両手をギュッと握って真剣な眼差しを向けてくる。その力強い瞳だけは思い出せる。
 でも、顔全体がまだあやふやだ。私みたいに髪が長いのはわかるんだけど……。

「だからね、エマが傷つくのを見るのは嫌なの。悲しいの。しかも私のせいで怪我をしたんだもの。余計に苦しいの」
「……私、あなたが傷つくのが嫌だから、身代わりになったの。それと一緒?」
「そう、一緒! その気持ちはすごく嬉しいよ。でも、同じくらい悲しいの。辛いの」

 同じことを考えてくれていたってことが、すごく嬉しかったなぁ。
 でも、私なんかのためにそこまで思ってくれるなんて、悪いなって思った。私は人から心配されるような人じゃないのにって。
 あはは、あの頃から私の考え方って変わっていないんだなぁ。

「だから今度は、二人ともが怪我をしない方法を考えよう? エマだって痛いのは嫌でしょ?」
「……うん。ちょっと、嫌」

 ……あ、だから私、渓谷でも皆に助かってもらいたいって強く思ったんだ。この時のことがあったから、どうにかして皆が助かる方法はないかなって考えた。誰にも傷付いてもらいたくなかったんだ。

「だから、もしまた同じことをしたら、もっと怒るよ。許さないかも」
「そっ、それはもっと嫌……!」

 自分が怪我をするより何より、あの子に嫌われるのが一番怖い。好かれようだなんて思ってはいないけど、あの子と一緒にいるのは幸せな気持ちになったから。安心したから。
 だから、もう話せないなんてことになったら、生きる意味を失うんじゃないかって、大げさじゃなく本気で思ってた。

「だから、絶対に自分を大切にして!」
「む、難しいよ。だって、どうやって大切にしたらいいのかわからないんだもん」

 あの子は、私を見捨てることは一度もしなかった。いつも私を気にかけてくれた。そうだ、あの子だけが私の友達で、家族のように思えたんだ。
 ウジウジして、わからないことだらけで、どうしようもない私に対して、根気強く相手してくれる優しい子は、あの子くらいだったもの。

「それは、エマが大切にされずに育ったから……ううん。私がエマを大切にする! 教えてあげるからね!」

 私が、大切にされずに育った……? 当時はよくわからなかったけど、今はひっかかりを覚えるその言葉。
 どういうことだろう。私は、どんな風に育ってきたのだろうか。

 思い出したいような、思い出したくないような、複雑な気持ちになる。深く考えると胸の奥がモヤモヤする。

 だけど、やっぱりあの子のことはもっとしっかり思い出したい。そう思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて

だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。 敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。 決して追放に備えていた訳では無いのよ?

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

処理中です...