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俺が眠っている間に、場所は暖かい暖炉のある家の中に移動していたらしい。暖炉っていうのはこんなに暖かいものなのかと感動すると同時に、見ず知らずの俺なんかを家に上げてくれた彼の優しさも心に染みた。俺が起きてからはたくさんの話を聞かせてもらった。名前はテサンと言うらしく、黒豹族の族長の息子らしい。黒豹族はみんな黒ミミ黒シッポで、虎族に比べると体つきも細くてしなやかなのが特徴らしい。虎族の中では1番のチビだった俺からしたら、今までの劣等感を払拭する重大な事実だった。俺がチビでガリガリなのは、虎じゃなくて黒豹だったからなのだ、そう思うと今までの悩みがバカらしくて仕方なかった。
ぐううううううううううう
空気を読まない俺の腹が盛大に鳴る。恥ずかしくて俯いていると、テサンは笑って、頭を撫でてくれた。そしてどこかへ消えたかと思えば大量の料理を持ってきてくれた。
「これから食べるうちの昼ごはんだけど、ちょっと持ってきたからって誰も気づかないから。好きなだけ食べな。」
一回の食事が大切な俺からしたら、こんなに大量の食べ物をいただくことは憚られたので、遠慮しようとしたが、にこにことしながら食べるのを待つテサンを見ると、断りにくくて、とうとう食事に手につけてしまった。
「っおいしい!!なにこれ!おいしい!」
それは俺の食べたことのないもので、食材も味付けも知らないものだったが、あまりの美味しさに大きな声をあげてしまう。テサンは一瞬目を見開いて驚いたが、すぐに優しい微笑みに戻って、もっとお食べ、と他の料理も勧めてくれる。どれも知らない食べ物だったが美味しくて、久々に食事を堪能した。
「でも、こんな普通の一般料理を食べたことないなんて…。虎族は肉が主食だろう?」
「いや、俺は狩が下手くそで。動物を狩るほどすばしっこくないんですよ。」
「いやそれにしたって、子供の頃は親の獲物を食べるだろう。今だって自分でも狩れないとしても、群れの仲間のやつを分けてもらえばいいじゃないか。」
至極当然のことのように問われてしまい、俺は何も言えなくなってしまう。
「俺は、家族がいなくて。それに、俺の耳は虎族の中では、気味悪がられてて…。」
そこまで言って、俺は涙をこらえて黙り込んでしまう。あんな情けない自分をテサンに知られたくなかった。
「くろ。」
そんな俺を察したかのように、テサンは俺の頭に手を当てて、にっこりと微笑んで、もういいよ、と言ってくれた。そうだ、俺の名前はくろ。俺の気味の悪い耳の色をそのまま表したこの名前が、ずっと嫌いだった。もう呼ぶ人もいなくなって、自分の名前なんて、忘れかけていた。でも、やっぱり、俺の大事な名前だった。俺は微笑みながら名前を呼ぶその顔を見てさらに涙が零れそうになったが、必死に耐えて満面の笑みをつくった。
それからはテサンの兄弟たちが帰ってきて大変だった。この子は誰だ、どこの子だ、かわいい、男なのか、嘘だろ、とガヤガヤと騒ぎ立てられてもみくちゃにされた。すぐにテサンが助けてくれたけど、その後も独り占めはずるいぞー、やら、俺にも味見させろー、やら、野次が飛び交ったが、テサンは俺をぎゅーっと抱きしめて離さないでいてくれた。それが嬉しくて俺も抱きしめ返したら一瞬テサンは固まったけど、すぐに俺の頬にキスをしてくれた。そんなことをされたのは初めてで、恥ずかしくて真っ赤になってしまったけど、テサンは愛おしそうな顔で笑って、俺もつられて笑った。
兄弟やテサンも加わってみんなで昼食をとりながら、いろんな話をした。黒豹族のこと、黒豹族の族長であるテサンのお父さんのこと、狩りのこと、虎族との因縁。大人数で喋る経験など皆無の俺にとっては、多方面の情報が行き交うのについて行くのに必死だったが、それでも楽しかった。暖かい家族とはこういうものなのかも、と自分は決して手に入れることのできないものを体感することができて、こんな経験をできることなんてもう二度とないだろうな、と思うと、少し切ない気持ちになった。この楽しい日が、いつまでも続きますように、そう祈るしかなかった。
日も沈んできて、そろそろここを出ないと、暗くて帰れなくなってしまう。そう不安になって俺は座っていたソファーから立ち上がる。
「どうしたんだ、くろ。トイレか?」
「いや、俺そろそろ帰んないと…」
キョロキョロとあたりを見まわして俺が朝に着ていた服を探す。川でびしょ濡れになってしまったので、洗濯してくれてたらしいが、どこにあるのだろうか。そう思っていると、テサンがゆっくりと近づいてきて、俺を正面から見下ろす。
「…帰るのか。」
「え、だって、もう夜になるし…。」
さすがに夜道を一人で歩くのは怖いし、それ以外の選択肢などないというように返答する。しかし、そんな俺の答えを聞いてテサンは顔をしかめた。
「そうじゃない。…帰りたいのか。」
俺には、何を聞かれているのか全く分からなかった。どういう意味なのか、問いただそうとした瞬間に、テサンに強く抱きしめられる。
「お前が故郷に帰りたいというなら、俺に止めることはできない。…でも、そんな酷い扱いを受けていたところに、無理に戻る必要なんて無いんだ。」
辛そうな声でテサンは俺に語りかける。俺はどうしたらいいのか分からなくて困惑して、何も言うことができなかった。そんな俺に焦れたように、テサンは身体を離しまっすぐ俺を見つめて、言った。
「お前がここにいたいなら、いつまでもここにいていいんだ。」
それは、夢のような言葉だった。今日が人生で一番幸せな日だったのは間違いのない事実だった。それだけで十分だったのに、この毎日がずっと続くなんて。そんなことが叶うなんて信じられなくて、俺は言葉を失う。それと同時に、とめどない涙が溢れ出した。
「…帰りたくない、帰りたくないよお~」
子供のように泣きじゃくる俺を、テサンはそっと包み込んだ。そして、たくさんのキスをしてくれた。それは暖かくて、安心した。
俺に、家族ができた。
ぐううううううううううう
空気を読まない俺の腹が盛大に鳴る。恥ずかしくて俯いていると、テサンは笑って、頭を撫でてくれた。そしてどこかへ消えたかと思えば大量の料理を持ってきてくれた。
「これから食べるうちの昼ごはんだけど、ちょっと持ってきたからって誰も気づかないから。好きなだけ食べな。」
一回の食事が大切な俺からしたら、こんなに大量の食べ物をいただくことは憚られたので、遠慮しようとしたが、にこにことしながら食べるのを待つテサンを見ると、断りにくくて、とうとう食事に手につけてしまった。
「っおいしい!!なにこれ!おいしい!」
それは俺の食べたことのないもので、食材も味付けも知らないものだったが、あまりの美味しさに大きな声をあげてしまう。テサンは一瞬目を見開いて驚いたが、すぐに優しい微笑みに戻って、もっとお食べ、と他の料理も勧めてくれる。どれも知らない食べ物だったが美味しくて、久々に食事を堪能した。
「でも、こんな普通の一般料理を食べたことないなんて…。虎族は肉が主食だろう?」
「いや、俺は狩が下手くそで。動物を狩るほどすばしっこくないんですよ。」
「いやそれにしたって、子供の頃は親の獲物を食べるだろう。今だって自分でも狩れないとしても、群れの仲間のやつを分けてもらえばいいじゃないか。」
至極当然のことのように問われてしまい、俺は何も言えなくなってしまう。
「俺は、家族がいなくて。それに、俺の耳は虎族の中では、気味悪がられてて…。」
そこまで言って、俺は涙をこらえて黙り込んでしまう。あんな情けない自分をテサンに知られたくなかった。
「くろ。」
そんな俺を察したかのように、テサンは俺の頭に手を当てて、にっこりと微笑んで、もういいよ、と言ってくれた。そうだ、俺の名前はくろ。俺の気味の悪い耳の色をそのまま表したこの名前が、ずっと嫌いだった。もう呼ぶ人もいなくなって、自分の名前なんて、忘れかけていた。でも、やっぱり、俺の大事な名前だった。俺は微笑みながら名前を呼ぶその顔を見てさらに涙が零れそうになったが、必死に耐えて満面の笑みをつくった。
それからはテサンの兄弟たちが帰ってきて大変だった。この子は誰だ、どこの子だ、かわいい、男なのか、嘘だろ、とガヤガヤと騒ぎ立てられてもみくちゃにされた。すぐにテサンが助けてくれたけど、その後も独り占めはずるいぞー、やら、俺にも味見させろー、やら、野次が飛び交ったが、テサンは俺をぎゅーっと抱きしめて離さないでいてくれた。それが嬉しくて俺も抱きしめ返したら一瞬テサンは固まったけど、すぐに俺の頬にキスをしてくれた。そんなことをされたのは初めてで、恥ずかしくて真っ赤になってしまったけど、テサンは愛おしそうな顔で笑って、俺もつられて笑った。
兄弟やテサンも加わってみんなで昼食をとりながら、いろんな話をした。黒豹族のこと、黒豹族の族長であるテサンのお父さんのこと、狩りのこと、虎族との因縁。大人数で喋る経験など皆無の俺にとっては、多方面の情報が行き交うのについて行くのに必死だったが、それでも楽しかった。暖かい家族とはこういうものなのかも、と自分は決して手に入れることのできないものを体感することができて、こんな経験をできることなんてもう二度とないだろうな、と思うと、少し切ない気持ちになった。この楽しい日が、いつまでも続きますように、そう祈るしかなかった。
日も沈んできて、そろそろここを出ないと、暗くて帰れなくなってしまう。そう不安になって俺は座っていたソファーから立ち上がる。
「どうしたんだ、くろ。トイレか?」
「いや、俺そろそろ帰んないと…」
キョロキョロとあたりを見まわして俺が朝に着ていた服を探す。川でびしょ濡れになってしまったので、洗濯してくれてたらしいが、どこにあるのだろうか。そう思っていると、テサンがゆっくりと近づいてきて、俺を正面から見下ろす。
「…帰るのか。」
「え、だって、もう夜になるし…。」
さすがに夜道を一人で歩くのは怖いし、それ以外の選択肢などないというように返答する。しかし、そんな俺の答えを聞いてテサンは顔をしかめた。
「そうじゃない。…帰りたいのか。」
俺には、何を聞かれているのか全く分からなかった。どういう意味なのか、問いただそうとした瞬間に、テサンに強く抱きしめられる。
「お前が故郷に帰りたいというなら、俺に止めることはできない。…でも、そんな酷い扱いを受けていたところに、無理に戻る必要なんて無いんだ。」
辛そうな声でテサンは俺に語りかける。俺はどうしたらいいのか分からなくて困惑して、何も言うことができなかった。そんな俺に焦れたように、テサンは身体を離しまっすぐ俺を見つめて、言った。
「お前がここにいたいなら、いつまでもここにいていいんだ。」
それは、夢のような言葉だった。今日が人生で一番幸せな日だったのは間違いのない事実だった。それだけで十分だったのに、この毎日がずっと続くなんて。そんなことが叶うなんて信じられなくて、俺は言葉を失う。それと同時に、とめどない涙が溢れ出した。
「…帰りたくない、帰りたくないよお~」
子供のように泣きじゃくる俺を、テサンはそっと包み込んだ。そして、たくさんのキスをしてくれた。それは暖かくて、安心した。
俺に、家族ができた。
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