二度目の人生ゆったりと⁇

minmi

文字の大きさ
上 下
363 / 475

今日はまだ…

しおりを挟む
 それから数日、悪阻が酷くベッドとトイレの往復だった。
 食べたはしから吐き気が込み上げ、全て出しても治まらぬ吐き気に体力が徐々に奪われていく。
 寝たきりのような生活に、しかしこのままではマズいだろうと幾分暑さが抑えられる夜に外に出るとアレンに散歩に付き合ってもらった。

 「気分は?」

 「大丈夫そうです。あぁ今日は月が綺麗ですね」

 ふと月夜に浮かぶそれを見て呟いたが、昔にその言葉に他にも意味があると教えてもらったことを思い出した。

 「昔……母に教えてもらったんですけど、月が綺麗ですねって言葉は貴方を愛してますという意味があるらしいですよ」

 「なんだそれ。普通に愛してるじゃだめなのか?」

 意味が分からんと不思議そうなアレンに声を上げて笑う。
 確かに。それは奥ゆかしい日本人がそのまま言葉にするのを躊躇い遠回しに言った言葉だろう。
 愛情深く、躊躇うことなく真っ直ぐに愛を伝える獣人には考えられないことに違いない。
 縁もそれを聞いた時意味が分からなかったが、歳をとり人に想いを伝えることが恥ずかしいと感じ始めた時にああこういうことかと何となく理解することが出来た。
 だが今は……

 「私もそんな言葉よりアレンに愛してると言葉にしてもらえる方が嬉しいですね」

 「愛してる」

 即座にそう返してきたアレンに笑う。

 「ありがとう。私もアレンを愛してますよ」

 何より嬉しく心が温かくかる。
 満足そうに頷くアレンと手を繋ぎゆっくりと庭を歩いて回っていれば、前方からこれまた過保護なフェンリルにもう家に入るよう言われた。

 「夜は冷える。子どもたちも待っているぞ」

 「はいはい。リルに言われたら仕方ありませんね。子どもたちが探しに来る前に入ります」

 子どもたちが風呂に入っている間だけと庭に出ていたのだが、もう時間のようだ。

 「そういえば今日リルが獲ってきてくれた実美味しかったです。ありがとう」

 たぶんグレープフルーツだとは思うが、辛い吐き気の中スッキリする味わいに最後まで吐くことなく食べることが出来た。

 「そうか。ならばまた獲ってこよう。だからお主は家で大人しくしておれ」

 「はーい」

 「ははははははっ、親子みてぇ」

 アレンにリルの言葉は聞こえていないが、何となく2人の様子からどんな会話をしているのか察したらしい。
 リルを実の両親と比べたことも代わりだって思ったことはなかったが、まるでそう見えたというなら純粋に嬉しかった。

 「リルも大好きですよ」

 「そうか」

 出会い方はあれだったが、もうリルは縁の家族の1人であり失くせない存在だ。
 小さくなれば子犬のようで可愛らしいのに、中身は過保護な番たちと同じく縁に甘く厳しい親のようだ。

 「本当ですよ?リルがだーい好きです」

 「分かった分かった。我も大好きだぞ」

 おざなりな言い方ではあるが、リルが本当は縁を大切にしてくれているのは分かっている。
 悪阻が酷く苦しむ縁に少しでも食べられればと日々色々な果物を獲ってきてくれたりするのもその1つだ。
 こうして多くの愛情に包まれる日々は幸せで少し……怖い。

 「リルは今幸せですか?」

 「……ああ。幸せだ」

 縁のいきなりの質問に驚きながらも力強くそう答えてくれたリルに微笑む。
 無理だとは分かっていても自分の周りにいる人には幸せでいて欲しいと願っている。
 人によっては幸せの定義はそれぞれだが、躊躇うことなく答えたリルは本当にそう思ってくれているのだろう。

 「俺も幸せだぞ」

 何か感じとったのかアレンがそう言い握る手に力がこもった。
 嬉しさに泣きそうになり手を伸ばせば強く抱きしめられ抱え上げられた。

 「私も幸せです。みんなが、みんなのことが大好きなんです」

 「分かってる。縁がそう思ってくれてるのをみんなも分かってるから大丈夫だ」

 最近よく感じる不安は妊娠しているせいなのかはよく分からないが、その度みんなが大丈夫だと呆れることなく応えてくれる。
 
 「子どもが産まれたらまたみんなで海にでも行くか。いや、久しぶりにダンジョンにでも行くか。あそこになってたキノコ縁好きだったろ」

 「ええ。知ってます?セイン、野菜の中でもとくにキノコが苦手なんですよ」

 ふふふと笑いながらもこっそりと教えれば、それは良いことを聞いたとアレンがニヤリと笑った。
 繋と同じく少しずつ野菜の好き嫌いを減らしてきているセインだが、やはりどうしても苦手なものはそう簡単になくなりはしない。
 それまでの思いつめたような暗い雰囲気から人の好き嫌い暴露話しに笑い合う。

 「エルのトマト嫌いは治りつつありますね。サラダじゃなければちゃんと食べられるんですよ」

 「他にも色々あったけどな。あれはただ単に食わず嫌いだったんだろうな」

 出会った頃に嫌いなのはトマトとしか言わなかったエルだが、家族で食卓を囲むにつれ食べられないと言うものがちらほらあった。
 だが何故ダメなのかと聞いた時に「なんとなく」「見た目が」など食べたこともないのにきっと食べられないと理由が多く、どうにか一口だけと縁がお願いして漸く食べれば美味しいと気付き今では当初の話し通りトマトだけになったのだ。

 「自分が美味しいと思うものをみんなも美味しいと食べてくれるのは嬉しいですしね」

 美味しいものを食べ、みんなで美味しいねと言い合えるのは幸せですねと3人で笑うのだった。
 

 
 

 
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

偽物の番は溺愛に怯える

にわとりこ
BL
『ごめんね、君は偽物だったんだ』 最悪な記憶を最後に自らの命を絶ったはずのシェリクスは、全く同じ姿かたち境遇で生まれ変わりを遂げる。 まだ自分を《本物》だと思っている愛する人を前にシェリクスは───?

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃんでした。 実際に逢ってみたら、え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこいー伴侶がいますので! おじいちゃんと孫じゃないよ!

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

貴方の事を心から愛していました。ありがとう。

天海みつき
BL
 穏やかな晴天のある日の事。僕は最愛の番の後宮で、ぼんやりと紅茶を手に己の生きざまを振り返っていた。ゆったり流れるその時を楽しんだ僕は、そのままカップを傾け、紅茶を喉へと流し込んだ。  ――混じり込んだ××と共に。  オメガバースの世界観です。運命の番でありながら、仮想敵国の王子同士に生まれた二人が辿る数奇な運命。勢いで書いたら真っ暗に。ピリリと主張する苦さをアクセントにどうぞ。  追記。本編完結済み。後程「彼」視点を追加投稿する……かも?

俺のこと、冷遇してるんだから離婚してくれますよね?〜王妃は国王の隠れた溺愛に気付いてない〜

明太子
BL
伯爵令息のエスメラルダは幼い頃から恋心を抱いていたレオンスタリア王国の国王であるキースと結婚し、王妃となった。 しかし、当のキースからは冷遇され、1人寂しく別居生活を送っている。 それでもキースへの想いを捨てきれないエスメラルダ。 だが、その思いも虚しく、エスメラルダはキースが別の令嬢を新しい妃を迎えようとしている場面に遭遇してしまう。 流石に心が折れてしまったエスメラルダは離婚を決意するが…? エスメラルダの一途な初恋はキースに届くのか? そして、キースの本当の気持ちは? 分かりづらい伏線とそこそこのどんでん返しありな喜怒哀楽激しめ王妃のシリアス?コメディ?こじらせ初恋BLです! ※R指定は保険です。

処理中です...