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トラウマ
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見えたのは赤。
立ち竦む縁の周りは真っ赤に染まり、少しずつ侵食するように近づいてくる。
怖い。
気持ち悪い。
震える身体は、だが支えてくれるようなものは何もなく一向に治る気配がない。
やだ。いやだ。
何か、何かないかと周りを見た時だった。
カタンとなにかつま先にあたった感触がした。
一体なんだろうと足下を見下ろせばーー
「ーーヒッ!?」
人間の頭が転がっていた。
それも1つではなく、見渡せばそこら中に。
どこをどう見てもあるはずの首から下がなく、魂が抜けたような虚ろな目はしかし縁を捕らえて離さない。
「いや……いやだ」
何がいやなのか自分でも分からない。
でもいやなんだと、考えるより先に出てしまう。
どうしよう、どうしよう。
混乱する頭でどうにかしなければと思うがなにも浮かばない。
「いや、やだ、血が……助けて…助け、てアレン。助けて、セイン…血が」
流れ落ちる涙を拭うこともできず、ずっと近くにいてくれた頼もしい背中を思い出す。
「ーーーシッ!」
「えーーっ!」
声が聞こえた気がした。
縁の知っている声。
「ーニシッ!」
「えーにし!」
「エニシッ!」
「えにしっ!」
「ーーーっつ!?」
驚き見開いた瞳は泣いたせいだろう、涙でぼやけてしまいなにがなんだか分からない。
未だにに混乱して震える身体は、だがすぐに前後から温かい何かに包まれる。
「大丈夫。大丈夫だ、エニシ」
「怖いものなんてなにもない。大丈夫だ、えにし」
「全部悪い夢だ。大丈夫だ」
大丈夫大丈夫と前からはアレンが背中を撫で、後ろからセインが大丈夫だと頭を撫でてくれる。
太く力強い2人の腕に大人しく抱き込まれていれば、混乱していた頭も少しずつ落ち着いてくる。
「……ありがとうございます」
破裂しそうなくらい辛かった動悸も治り、自分で止めることができなかった涙はアレンがいつのまにか拭いとってくれていた。
冷えきった体に2人の体温が心地良く、ずっとこうしていたくなる。
「…ごめんなさい。迷惑かけちゃいましたね」
「昼間のこと思い出しんたんだろ?大丈夫だ。もう終わったことだろ?みんなここにいる」
どうやらアズを寝かしつけた後、2人を待つ間にソファでうたた寝してしまったらしい。
喧嘩しながら風呂から上がった2人がソファを見れば、全身を震わせ、涙しながら助けを呼ぶ縁がいたらしい。
昼間のことを知るアレンがなにか察したらしく、抱きしめ宥めようとしたのをセインも手伝ってくれたようだ。
あの一面赤い光景を気にしないようにしていたつもりだったが、心のどこかでやはり引っかかっていたのだろう。
やっと落ち着いた安心感からソファで寝てしまったせいで、抑えていた感情が溢れてしまった。
怪我人を見たのは初めてではない。
死人を見たのも初めてではない。
けど、あれほどの…一面血の海を、縁は見たことはなかった。
無惨に腕がちぎれ、普段見えないはずの足の骨が飛び出し、大きく開いた腹からは内臓がこぼれ落ち、転がる頭は首から下が見あたらない。
叫んだせいだろう大きく開いた口はそのまま、魂が抜け光を失った虚ろな目は今も縁の脳に焼き付いて離れない。
「これじゃアズのママ失格ですね」
「それなら気付いてやれなかった俺たちはパパ失格だな」
少しでも空気を軽くしようと冗談まじりに言えば、セインものってくれた。
ほっとした縁は力を抜くと背後のセインに寄りかかり、前にいるアレンを抱き寄せる。
2人がいてくれてよかった。
「私の名前、めぐり合わせって意味があるんです。誰かと出会うきっかけ、人と人が関わり合う。父が付けてくれました。子どものころは古くさい名前だってずっと思ってたんですけど、この名前のおかげでみんなに出会うことができたんだとしたら、今は心から父にありがとうって言いたい」
小さい頃に両親が亡くなって、どちらにせよもう会うことはできないがたくさんの想いを込めて考え付けてくれた両親に感謝したい。
「えにし…縁、か。そうだな。縁の親父さんが、俺たちにめぐり合わせてくれたんだな」
「縁の父親は縁を本当に愛してたんだな。おかげでこうして縁を抱きしめることができる」
日々薄れていく両親の姿に、いつのまに自分はこんなに薄情者になったんだと思ったことがあった。
だが、今なら思い出せる。
いつも優しく見守ってくれた母の微笑み。
頑張れと背中を押してくれた父の手の温かさ。
覚えてる。
ちゃんと覚えてる。
あちらで死んでなにも思わなかったなんて嘘だ。
早くに死んだ両親の代わりにもっと精一杯生きたかった。
寿命がくる最期の最期まで悔いのないよう生きて、天国で見守ってくれているだろう両親に褒めてもらいたかった。
けど、できなかった。
でも今なら。今からなら。
神さまにもらった第二の人生、面白おかしく精一杯悔いのないよう生きてやろう。
「2人にお願いがあるんですが聞いてくれますか?」
「あぁ、いいぞ」
「縁のためなら、もちろん」
優しく逞しい私の番。
一緒にずっと寄り添ってくれるだろう番。
彼らがいるなら大丈夫。
もうなにも怖くない。
元より彼らを拒否することなど思いつかなかった。
無意識に2人に呼んでいたのはそういうことなのだろう。
だから今ならはっきり言える。
「2人とも私の番になってくれませんか?」
立ち竦む縁の周りは真っ赤に染まり、少しずつ侵食するように近づいてくる。
怖い。
気持ち悪い。
震える身体は、だが支えてくれるようなものは何もなく一向に治る気配がない。
やだ。いやだ。
何か、何かないかと周りを見た時だった。
カタンとなにかつま先にあたった感触がした。
一体なんだろうと足下を見下ろせばーー
「ーーヒッ!?」
人間の頭が転がっていた。
それも1つではなく、見渡せばそこら中に。
どこをどう見てもあるはずの首から下がなく、魂が抜けたような虚ろな目はしかし縁を捕らえて離さない。
「いや……いやだ」
何がいやなのか自分でも分からない。
でもいやなんだと、考えるより先に出てしまう。
どうしよう、どうしよう。
混乱する頭でどうにかしなければと思うがなにも浮かばない。
「いや、やだ、血が……助けて…助け、てアレン。助けて、セイン…血が」
流れ落ちる涙を拭うこともできず、ずっと近くにいてくれた頼もしい背中を思い出す。
「ーーーシッ!」
「えーーっ!」
声が聞こえた気がした。
縁の知っている声。
「ーニシッ!」
「えーにし!」
「エニシッ!」
「えにしっ!」
「ーーーっつ!?」
驚き見開いた瞳は泣いたせいだろう、涙でぼやけてしまいなにがなんだか分からない。
未だにに混乱して震える身体は、だがすぐに前後から温かい何かに包まれる。
「大丈夫。大丈夫だ、エニシ」
「怖いものなんてなにもない。大丈夫だ、えにし」
「全部悪い夢だ。大丈夫だ」
大丈夫大丈夫と前からはアレンが背中を撫で、後ろからセインが大丈夫だと頭を撫でてくれる。
太く力強い2人の腕に大人しく抱き込まれていれば、混乱していた頭も少しずつ落ち着いてくる。
「……ありがとうございます」
破裂しそうなくらい辛かった動悸も治り、自分で止めることができなかった涙はアレンがいつのまにか拭いとってくれていた。
冷えきった体に2人の体温が心地良く、ずっとこうしていたくなる。
「…ごめんなさい。迷惑かけちゃいましたね」
「昼間のこと思い出しんたんだろ?大丈夫だ。もう終わったことだろ?みんなここにいる」
どうやらアズを寝かしつけた後、2人を待つ間にソファでうたた寝してしまったらしい。
喧嘩しながら風呂から上がった2人がソファを見れば、全身を震わせ、涙しながら助けを呼ぶ縁がいたらしい。
昼間のことを知るアレンがなにか察したらしく、抱きしめ宥めようとしたのをセインも手伝ってくれたようだ。
あの一面赤い光景を気にしないようにしていたつもりだったが、心のどこかでやはり引っかかっていたのだろう。
やっと落ち着いた安心感からソファで寝てしまったせいで、抑えていた感情が溢れてしまった。
怪我人を見たのは初めてではない。
死人を見たのも初めてではない。
けど、あれほどの…一面血の海を、縁は見たことはなかった。
無惨に腕がちぎれ、普段見えないはずの足の骨が飛び出し、大きく開いた腹からは内臓がこぼれ落ち、転がる頭は首から下が見あたらない。
叫んだせいだろう大きく開いた口はそのまま、魂が抜け光を失った虚ろな目は今も縁の脳に焼き付いて離れない。
「これじゃアズのママ失格ですね」
「それなら気付いてやれなかった俺たちはパパ失格だな」
少しでも空気を軽くしようと冗談まじりに言えば、セインものってくれた。
ほっとした縁は力を抜くと背後のセインに寄りかかり、前にいるアレンを抱き寄せる。
2人がいてくれてよかった。
「私の名前、めぐり合わせって意味があるんです。誰かと出会うきっかけ、人と人が関わり合う。父が付けてくれました。子どものころは古くさい名前だってずっと思ってたんですけど、この名前のおかげでみんなに出会うことができたんだとしたら、今は心から父にありがとうって言いたい」
小さい頃に両親が亡くなって、どちらにせよもう会うことはできないがたくさんの想いを込めて考え付けてくれた両親に感謝したい。
「えにし…縁、か。そうだな。縁の親父さんが、俺たちにめぐり合わせてくれたんだな」
「縁の父親は縁を本当に愛してたんだな。おかげでこうして縁を抱きしめることができる」
日々薄れていく両親の姿に、いつのまに自分はこんなに薄情者になったんだと思ったことがあった。
だが、今なら思い出せる。
いつも優しく見守ってくれた母の微笑み。
頑張れと背中を押してくれた父の手の温かさ。
覚えてる。
ちゃんと覚えてる。
あちらで死んでなにも思わなかったなんて嘘だ。
早くに死んだ両親の代わりにもっと精一杯生きたかった。
寿命がくる最期の最期まで悔いのないよう生きて、天国で見守ってくれているだろう両親に褒めてもらいたかった。
けど、できなかった。
でも今なら。今からなら。
神さまにもらった第二の人生、面白おかしく精一杯悔いのないよう生きてやろう。
「2人にお願いがあるんですが聞いてくれますか?」
「あぁ、いいぞ」
「縁のためなら、もちろん」
優しく逞しい私の番。
一緒にずっと寄り添ってくれるだろう番。
彼らがいるなら大丈夫。
もうなにも怖くない。
元より彼らを拒否することなど思いつかなかった。
無意識に2人に呼んでいたのはそういうことなのだろう。
だから今ならはっきり言える。
「2人とも私の番になってくれませんか?」
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