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胃薬ください
しおりを挟む「よかった。本当によかった。もうダメかと思った」
蛇と縁の目が合った瞬間、もうダメだと思った。
時間を巻き戻せないものかと自分の無力さを恨んだ。
だが、無事だった。
握り締めた両手は手汗でびっしょりだ。
「あの人はどれだけ私たちを心配させれば気がすむんでしょうか」
苦笑いを浮かべながらも縁の無事を喜ぶ。
あちらに送ってからまだ数時間。
アルフォートは今までこんなにハラハラドキドキしたのは初めてではないかと思った。
神の秘書兼教育係として毎日ハラハライライラすることはあったが、縁の呑気さや無茶には見ていてドキドキしっぱなしである。
さっさと着けるようにと町近くの森に送ったのに何故か逆方向に進み、あげく迷子になる。
本来なら町で観光でも始めてるはずなのに何故か血塗れの死体に囲まれ大蛇と対峙。
恐怖と悲しみにくれながらも蛇を見送り、何故か子どもを託される。
予想外も予想外。
考えもしなかったことがこの数時間に起こりすぎていた。
「盗賊たちは自業自得でしたが、大蛇を救ってもらえたのは良かったです」
縁にあんな光景を見せてしまったのは心苦しいが、縁のおかげであの大蛇は最期に心安らかに眠るように逝けた。
元々あの大蛇は森の守り神かのような存在で、こちらから手を出さなければ危害を加えてくるような真似はしてこなかったのだ。
その均衡を崩した盗賊に恨みはあれど、無惨に殺されたとして同情の余地はない。
「そうだけど…僕もう疲れた。これなら一緒についてった方が全然マシだよ」
「バカですか。そんなことできるなら私がとっくに行ってますよ。あなたはさっさと仕事でもして勇者(笑)やら聖女(笑)でも召喚してて下さい。縁さんのことは私がしっかりと観さ…いえ見守ってますので」
仮にも上司をバカ呼ばわり。
しかも仕事をちゃっかりを人に押し付けて、自分は縁の観察もとい見守り。
ズルい、ズルすぎる。
だが、それを言おうものなら長い説教と縁を巻き込んでの大ゲンカが待ち構えている。
「……わかった。でも!でも!縁さんに何かあったらすぐに教えてよぉぉぉ~~~」
叫び去る情けない後ろ姿にアルフォートは溜息をついたのだった。
縁に言われたことが相当堪えていたのだろう。
「さすが縁さんです」
当人が聞けばなんのことだと言うだろうが、縁に会ってから彼は変わった。いや、変わろうとしている。
最初はただ上司の失態への謝罪だった。
前から度々仕事を抜け出して(サボり)は、視察と称して世界中を遊びまわっていた神に幾度となく説教をしてはいた。
特に気に入っていたのが縁のいた日本で、正体がバレないようにと猫の姿になっては会いに行っていたらしい。
帰ってきた後はご機嫌で仕事も真面目にしていたので、アルフォートも強くは言えなかった。
だが、あの日。
いつも通り縁に会いに行ったと思ったら泣きながら帰ってきた姿に驚いていると。
「どうしよう!ぼくっ、ぼくのせい。ぼくのせいで縁さんがっ!どうしよう、どうすればいい?アル助けてっ!」
混乱して何を言いたいのか分からず、助けを求めて抱きついてくる姿にこちらまで混乱してしまう。
とりあえず落ち着くよう言い何があったか聞けば、猫だった自分を助けるために縁がトラックに轢かれてしまったらしい。
「………」
自分のミスだ。
少しでも仕事が捗るならと許していたのが仇となった。
すぐさま縁の生存確認をすれば、やはりというか怪我が酷く高年齢なのも災いし亡くなってしまったらしい。
「……すでに亡くなった方を元に戻すことはできません」
「でも!でもっ!ぼくのせいでっ!」
「えぇ、あなたの責任です。そしてあなたを止めることができなかった私の責任でもあります。……なのでこうしましょう」
失った命を元に戻すことはできない。
無くなったものを戻すことはできないが、新たに与えることはできる。
「一緒に謝罪しましょう。許してもらえるか分かりませんが、もし許してもらえるようなら新たに人生を送れるように対処します。あなたならできるでしょう?」
「っ!」
縁がどう反応するか分からないが、もし望むなら新たな世界で縁として生まれ変わることもできる。
もちろん、新たに縁としてではなく別人としても……
「……許してくれるかな?」
「分かりません。私はその方を知らないので何とも言えませんが、あなたを庇って飛び出してくるぐらいにはあなたを大切に想っているのではないでしょうか。それでもやはり急に失ったものに憤りを感じるかもしれませんし、あなたを怨んでいるかもしれません。許してもらえるもらえないは後にして先ずは心から謝ることが大切でしょう」
どんなに善人だと思っていても、人それぞれ許せることと許せないことがきっとあるだろう。
神なのだからと開き直ることもできるだろうが、それすら思いつかないぐらい大切な人間なようだ。
ならば今回の件で少しでも反省し、自分の行動を顧みてほしい。
縁には悪いがこの機会を与えてくれたことに少し感謝しているのだった。
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