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監禁前夜

四話・変わってしまったモノ②

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「こんな時間にお出かけなんて。すっかり悪い子になっちゃったね、アイネ」
「え? …………ぁ、……な、んで……?!」

 ホテル街を彩り煌めく淫猥な電光掲示板の下に彼は居た。ツヤのある黒髪は卑しいピンクに染まり、こんな場所とは到底不釣り合いな純朴な表情でアイネを見つめている。だというのに、薄く水色がかった灰色の瞳だけはこちらを責めるように睨んで見えて、アイネは知らず知らずのうちに数歩後ろに下がっていた。

 光の加減で影になっているからだろうか?
 それとも、彼に対する背信からだろうか? 

 彼の目が、空気が、アイネを責めていて、息が詰まる。

「なんで、とか……そういうの、どうでも良いでしょ? ね、アイネ。……どうして?」

 ちがう。責められているように『感じる』のではない。

「どうして、あんな奴とセックスなんてしてるの?」
「……っ、」

 影を落とした水色交じりの灰色が次第にどんよりと曇っていく。ゆっくりとした足取りでメアが近づいてくる。鈍色をした憤怒が声音からは滲んでいて、いや、それよりも「知られてしまった」と動じた体は強くこわばって、この場を離れなければと思うのに声の一つも絞り出せない。視線は逸らせず、身体の震えは止まらない。

(バレた、違う、オレが弱いから、誘いに乗ったから。ちがう、アイツを誘ったのはオレで、オレがシたくて、穢れてるから、オレが悪い子だから、どうしよう、バレた、汚れてるってバレた……!!!!)

 絶望の音色が靴音となって耳に届く。
 カツン、コツン、乾いた音がとどめを刺す。
 目の前に立ったメアはケロリと表情を和らげたかと思うと、

「まぁいいや。今から空いてるよね? ……お話、しよっか」

 あどけない顔でアイネに手を差し出して、するりと指先を絡めとった。絡んだ指から伝わる熱はひどく熱くて、発熱でもしているんじゃないかと一瞬思ったが、そのあとすぐに「自分の体温が下がっているのだ」と気が付いた。
 焦りと緊張と恐怖が綯い交ぜになって氷塊となり、アイネを内側から冷やしていく。もう、春の冷たさなんて微塵も気にならなくなっていた。今はただ、バレてしまったという現実とメアから伝わってくる怒りが恐ろしかった。


 遊ぼうと手を引くしぐさには懐かしい愛おしさがあった。
 にへらと笑う顔には昔から変わらぬ可愛らしさがあった。

 されども、

 手を引かれるというより引き摺られているのが現実で。
 可愛らしいはずの笑みは暗く笑んでいたのが現実で。


―― バンッ


 乱暴に閉められた車の扉が、狂い始めた歯車の存在を示唆していた。
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