夜霧の怪談短編集

夜霧の筆跡

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第三十四話 VRホラーワールドの恐怖

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メタバースとかVRSNSっていうんですかね、そういうの友人に誘われて始めてみたんですよ。
実を言うと興味はあったものの、てっきりVRゴーグルが必須なんだと思い込んで尻込みしてたんですよね。
でも「最近はスマホでできるものもある」って聞いて「それなら」と気軽に始めてみたんです。

そしたらどっぷりハマっちゃって。
すぐにVRゴーグルを注文しましたよ。
スマホでもできるとはいえ、ハマり込んでしまえば『やっぱりVRで見てこそだ』って思っちゃって。

知ってます? VRSNSってユーザーも世界を作ることができるから本当にいろんな世界があるんです。
それで、なかにはホラー要素を楽しむ世界もあるんですよ。

ストーリーを追うものもあり、謎を解いていくものもあり……
アトラクションのお化け屋敷みたいに、進んでいくと脅かし要素が襲いくるものもあります。

ある日、そういうのが好きな仲間たちで『ホラーワールドツアー』が開催されたので、参加したんですよ。
そのときに行った世界で起きたお話です。

『そんなの作り物だろう』って?
私もちょっと、あれを『心霊現象』と言っていいのかどうか半信半疑なんですよね。
まあ、とりあえず聞いて、おのおの判断してください。





そのワールドはすごくリアルで、日本の田舎のようでした。
夜空には星々がきらめいていて、月明かりが優しく辺りを照らしていました。
近くには田んぼがあって、あぜ道の向こうには山が見えました。

私は仲間たちと一緒にワールドの中を散策していたのですが、しばらくすると皆とはぐれてしまったんです。
ふとフレンドリストを見て驚いたのですが、どうやら他の人たちは別のワールドへ飛んでしまったようでした。

(全員揃ってない状態でワールド移動するなんてことある!?)

私は少しカリカリしながら、みんなを追いかけてそのワールドへ移動しました。
しかし、そのワールドについてみても誰とも合流できないんです。
おかしいなと思ってもう一度フレンドリストを見てみると、みんなは元のワールドにいるんですよ。

(なんで!? 示し合わせて私ひとりにイタズラしてるの!?)

だとしたらさすがに悪ふざけがすぎるじゃないですか。

(もうこの人たちとは距離を置こう。
でもその前に一言文句言ってやろう)

そう思って、もう一度元のワールドへ行って合流しようとしたんです。
そしたら、みんなワールドのスタート地点に集まってました。

(ふん、どうせオロオロして戻ってきた私を笑おうと待ち構えてたんでしょ)

そう思ったんですけど、どうやら真相は違ったみたいです。

「急にいなくなったと思ったら…… 今別のワールド行ってた? なんか操作ミスった? だいじょぶ?」

笑われなかったし、むしろ心配して待っててくれたんです。
私は拍子抜けしてしまい、事情を説明しようとしました。

「え、だってみんなが私置いてあっち行っちゃってたから…… 追いかけて…… でもやっぱりこっちにいて……」

でも私にもわけが分からなくて、しどろもどろになってしまいました。
みんなも困惑しているようです。

「何言ってんの? 私たちずっとここで遊んでたじゃん」

「えっ……!?」

みんなの言うことが信じられませんでした。
でも、みんなの態度や口調からウソを言っているとは思えません。





ホラーワールドツアーはいったん中断して、私たちはお互いが把握している状況のすり合わせすることにしました。

みんなは普通にこのワールドを探索していて、私が急に立ち止まったと思ったら消えたのだそうです。
最初は回線落ちか機材トラブルかなって思ったけど、フレンドリストを見たら別のワールドにいるようだったと。
『操作ミスかもしれないから、戻ってきたらすぐ合流できるように』とスタート地点に集合していたのだとか。

私は自分が体験したことをみんなに説明しました。

「うーん、それは確かに変だね。
運営にバグ報告出したほうがいいかも」

「今日はいったん解散かな。
このワールドの探索は日をあらためよ」

そう話がまとまって、その日は解散となりました。





そして日をあらためて集まったときのことです。
私だけを残してワールド移動するという意地悪は誤解だったことがわかりましたから、もちろん私も参加です。

また一緒にワールドを回り始めたのですが……

「え!?」

メンバーのひとりが驚いたような声を上げて、アバターの関節がおかしな曲がり方をしてそのまま消えました。
あの関節は、VR機器を体から外してコントローラーも手放したときに起きる現象です。

しばらく待ってみましたが、いつまでたっても戻ってくる様子はありません。

「リアルでなんかあって慌てて落ちて、ログインし直せない状況なのかもね」

仕方がないので、残ったみんなで先へ進むことになりました。

すると、突然視界がゆがんで景色が変わっていきました。
リアル調に作り込まれたのどかな田舎の景色が、まるでダリの絵画のようにドロドロと溶けていくのです。

それだけではありません。
一緒にワールドを巡っていた仲間たちのアバターまでが溶け出しました。

(すごい演出……! どういう技術なんだろう!?)

私は、これはワールドに施された仕掛けだと思いました。

「すごいねこれ。みんなドロドロに……」

そう言おうとした瞬間、他のメンバーが声を上げました。

「急に真っ暗になった。ここから何か始まるのかな」

「えぇ…… 血みどろなんだけど……」

おかしいんですよ。
私の画面は真っ暗でも血みどろでもないんですもん。

他にも何人か、みんなとは違う映像を見ているようでした。
私のドロドロ現象も他の人には見えてなかったみたいです。

同期ズレにしても見え方の違いがあまりにも大きすぎるんですよ。

「もしかして恐怖演出がローカルでランダム?」

「いや、そもそもこのワールド『ホラーワールド』としてカテゴライズされてるけど、何がホラーなのかわからないってSNSで散々言われてたとこだったんだよ。『ただ田舎の風景が続いてるだけでどこにも恐怖要素がなかった』って感想が山程出てるんだ。だからみんなで調査してみたくてツアーを企画したんだもん」

メンバーのひとりがそんなことを言い出しました。
彼はこのホラーワールドツアーを企画してくれた主催であり、このワールドを見つけてきた張本人でもあります。
その彼が言うのだから、ワールドに関する情報は間違いないのでしょう。でも……

「更新が入ったのかもよ?
公開直後はまだ作りかけで風景しかできてなかったけど、最近になって恐怖演出を追加したとか」

「いや、最終更新日を確認したけどそれもないよ」

私がなんとなく出した可能性はあっさりと却下されました。

「たださ……『恐怖要素なかった』って感想が大半だけど……
多くはないものの『バグりすぎ、こわ』って感想もチラホラあるんだよね」

つまり、私たちの体験はバグによるものだったということなのでしょうか。
確かにワールドの表示が人によって違って見える件に関してはそれで説明がつきます。

不思議なのは私が体験した『みんなが別ワールドにいるように見えた現象』です。

「ワールドがVRSNSのシステム自体をバグらせるなんてことは、ありえないよね?」

「あ、そっか。こないだの件、あれはおかしかったな……
その時みんなどこにいるように見えたの?」

一度行って戻ってきたのだから、当然そのワールドは訪問履歴に残っているはずです。
私は履歴を確認したのですが、そのワールドがどこにもありません。

「あれ? おかしいな…… 確かに行ってきたのに履歴にないや」

「ワールド名覚えてない?」

そう聞かれても、一瞬行って帰ってきただけなので覚えていません。
おぼろげに記憶にあるのは……

「文字化けみたいな文字列で、普通の単語とかじゃなかった」

それを言った瞬間、場の雰囲気が変わった気がしました。
全員が黙り込んでしまい、シーンとした静寂に包まれます。
しばらく経ってから誰かがポツリと言いました。

「システム自体のバグで、ワールド移動してないみんなが別のワールドにいるように見えたのなら……
そんな移動先のワールドがそもそも存在してなかったのかもね」

「そんな、じゃあ私はどこに行ってきたっていうの……?」

それ以上は不安感や恐怖心が強く、追求することはできませんでした。
その日も結局中途半端で解散することになりました。

前回と違うのは、次回の予定を立てなかったこと。
『このワールドを探索するのはもうやめよう』と満場一致で決まったのです。





このツアーに参加したメンバーで、あのワールドにもう一度行きたがる人は誰一人いませんでした。

『あの体験はただのバグではない、何かがおかしかった』

そう、全員が正体のしれない気味の悪さを感じていたんです。

ホラーワールドツアーに参加するぐらいだから、みんな本来はホラー好きなんですよ。
中には、現実の心霊スポットめぐりを趣味としている人だっているんです。

それなのに、メンバーの誰もが『あのワールドには二度と行きたくない』と感じた。
やっぱり何かおかしいんですよ、あそこ。

『ホラーワールド』にカテゴライズされているのにただの田舎の風景が広がるだけのワールドであることも……
もしかしたら『本物』だからなのかもしれませんね。





そうそう……
途中で驚いたような声を上げて落ちていった人がいたって話したでしょう?
あの人と後日会った時に話したんですけどね……

VRゴーグルって完全に密閉されてなくて、鼻のあたりにある隙間から現実の風景がちょっと見えるんですよ。

「一人暮らしの部屋で、誰もいないはずなのに、人の足が見えた」
「慌ててVRゴーグルを外したんだけど、誰もいなかった」
「さすがに気味が悪くて、もうVRゴーグルをかぶる気にもなれなくて、戻れなかった」

って言ってました。

現実の心霊スポットに行くと霊に遭遇することってあるじゃないですか。
同じように、VR内に『本物』の心霊スポットがあるとして……
そこに行ってしまったがために、現実の幽霊を寄せ付けてしまった。

もしかしたら、そんなこともありうるのかな、なんて思ってます。
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