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第二十二話 紅い蝶
しおりを挟む──このサイトを見つけたのは、友人の『M』からの勧めだった。
「蝶にまつわる情報サイトなんだけど……
すごいボリュームで、何日かけて読み進めても全然読み終わらないんだ」
Mはオレが少し引き気味なのにも気付かず、興奮気味に語り続けた。
オレも最初は
(そこまで言うなら少しくらい見てみるか)
って感覚で見始めたんだ。
この都市伝説や奇妙な噂が集められたサイトを。
(Mってこんな趣味あったっけな?)
なんて不思議に思いつつも
「一応見たよ」
と言うためだけに軽く読み進めた。
だけどそれが思いの外面白くて、だんだんとのめり込むようになってきたんだ。
それと時期を同じくして、目を閉じると蝶の幻覚が見えるようになった…… 気がするんだよな。
それはあまりにもこのサイトにのめり込み過ぎたせいだと思ってた。
でも、それだけじゃない不思議な体験が増えてきたことで
(気のせいだけじゃない)
って思うようになったんだ。
部屋の中に鱗粉のようなものが積もっていたこともあったよ、家にはオレしかいないはずなのにさぁ。
なにより一番怖かったのは…… 窓から、見たこともない大きな蝶が舞い込んできたことだ。
不思議な体験のすべてが『蝶』にまつわることだから、サイトが原因であることは明らかだった。
だからオレはもっともっと読みたい気持ちにフタをして、サイトを開くのをガマンした。
それなのに…… それでも不思議な体験は続いたんだ。
サイトを見るのをやめれば現象も起きなくなると思いこんでたけど、そうじゃなかった。
そこで、オレはサイトを教えてくれたMに相談することにしたんだ。
そしたら、Mは
「そんな体験してない、お前頭大丈夫か」
なんて言うんだよ。
てっきりMもサイトを見て同じ体験をして、なんらかの対処をして無事でいるんだろうって思ったのに。
その対処法を教えてもらえばオレも大丈夫だって思ったのに!
じゃあ一体誰に相談すればいいんだ、こんなこと! 八方塞がりだよ。
だからこうして、ここに書き込んでいるんだ。誰か助けてください──
一昔も二昔も前の、古のインターネット時代を思わせるウェブサイト……
いやこの場合ホームページって呼んだほうがしっくりくるかな。
『紅い蝶』のBBS、いわゆる掲示板に書き込まれていたその投稿に気付いたのは、偶然だった。
オレは子供の頃から昆虫が好きで、カブトムシやクワガタの情報サイトや写真サイトをよく漁っていた。
そしてある時『赤い蝶』という蝶の情報サイトを見つけたんだ。
世界の珍しい蝶とか蝶の生態とかそういうことが、学術的な感じじゃなくてまるで友達から届いたメッセージみたいに軽く書き綴られていた。
『オーケー、めっちゃ珍しい蝶の話をするぜ。こいつ、幼虫の時にアリの巣に潜り込んで、アリに食べられないように、アリと同じ匂いを出すんだって!それで、アリたちに見つかっても安心して過ごせるわけだ!そんで、成虫になると一度だけしか産卵しないんだけど、その卵を植物の葉っぱに貼り付けた後、自分でその葉っぱをハサミでカットして、そのまま落とすんだって!わけわかんなくね?こういう謎の生態を持ってる蝶、他にもめちゃいてさ~!興味深いじゃん?これからどんどん紹介していくからな!』
終始こんな感じだから、内容もスッと入ってくるんだよな。
それで友人の『岡島』にもこの面白さを共有したくて、教えたんだよな。
岡島はオレほど昆虫には興味ないんだけど、別に苦手ってわけでもないし、きっと読めば気に入ってくれるって思ったんだ。
でも、岡島はどうやら検索ミスをして別のサイトにたどり着いたんだろうな。
たまたま似た名前の都市伝説サイトがあったんだ。
オレはネタバレしたくなかったから、赤い蝶の内容をあまり詳しくは教えなかったんだけど、それが裏目に出たのかもしれない。
岡島は『たどり着いたサイトがオレが勧めたかったサイトではない』ということに気が付かないまま夢中になってたみたいだ。
「あのサイトほんと面白いな! オレも夜遅くまで読み進めてすっかり寝不足だよ」
なんて言ってるのを聞いて、何の違和感もなく話が噛み合ってたんだ。
お笑い芸人のすれ違いコントみたいにさ。
この掲示板の投稿主は、確かにオレの友人、岡島に違いない。
そしてここに書かれている『M』がオレの事だよ。
書き込まれた日付を見ると一ヶ月前…… 岡島が亡くなる直前くらいかな。
そう、岡島はこの書き込みを最期に亡くなったんだ。
オレがこの書き込みに気付いたのは偶然って言ったろ?
最近、スマホを買い替えたんだよな。
一部データの引き継ぎに失敗してブクマが消えちまったから、赤い蝶の続きを読もうと思ってサイト名で検索したんだ。
そしたら似た名前のサイトが出てきたからさ、興味本位でアクセスしたってわけ。
トップページに『ご注意』ってのがあって押してみたら、注意書きが出てきたよ。
『20時から4時の間は記事を閲覧しないでください。何が起きても当サイトは責任を持てません』
ってね。オレ、そういう怖い話って苦手でさ…… 従ったよ、もちろん。
『何が起きても』なんて穏やかじゃないじゃん。
でもさあ、岡島は
「夜遅くまで読み進めて」
って言ってたんだよな。
この注意書きに従わなかったから、あんな死に方したんじゃないかって思っちゃうんだ……。
ああ、岡島の死因は謎だった。
肺に謎の粉が大量に吸い込まれていたんだけど、成分を分析したら蝶の鱗粉だったらしい。
(どうして岡島は注意書きに従わなかったんだろう)
そうずっと考えてたんだけど、オレ、ひとつ思い当たることがあるんだ。
思い出したんだよ。赤い蝶を教えたときのこと。
『赤い蝶』オレが本来教えたかった、蝶の生態を面白おかしく教えてくれる情報サイト……
そのトップページにも『ご注意』ってリンクがあるんだ。
そこに書かれてる注意書きはよくある配慮だった。
『サイトの内容の性質上、昆虫の写真がアップで掲載されていることがあります。苦手な方はご注意ください』
ってね。オレは岡島が昆虫ぎらいなんかじゃないことを知ってた、だからこそ勧めたんだしさ。
だからそんな注意書き読む必要もないと思ってさ…… 言ったんだよ。
「ご注意ってリンクあるけどそんなん読まなくていいから、すぐ本編読みな!」
……なあ、岡島が死んだのって、サイトの呪いなのかな。
だとすると、間接的にオレのせいってことになるのかな……?
オレも、もし注意書きに気が付かずに夜間に記事を読んでたら、岡島と同じように鱗粉を吸って死んでたのかな。
いやそもそも呪いで死ぬなんてことが現実としてあるんだろうか?
オレは怖がりでこの手の話はめっぽう弱いんだけど、怖がってる割に半信半疑というか。
手放しで『幽霊や呪いは存在する』って信じてるわけではないんだ。
だって、このサイトにアクセスした人のうち何割かはきっと、注意書きに気付かずだったり信じなかったりで夜間に読む人もいただろう。
そういう人はみんな死んでるのか? そんなわけないよな? って思うんだよ。
こんな形式の『ホームページ』が旧時代のものだからか、掲示板は閑古鳥が鳴いてた。
書き込みは岡島のもの以前は数年前だ。
あまりに書き込みがないもんだから、管理人だってもうチェックもしてないだろう。
岡島の書き込みに返信もされてないんだから。
『サイトを見て呪われる』という話が本当だったとしても、サイトの管理人が殺人罪に問われるわけじゃない。
警察に頼んで調査をしてもらうなんて無理だよな。
かといってハッカーでもないオレがサイトの管理人の所在を見つけ出すことは不可能だろう。
対処法があるのかないのか、注意書きの時間帯に閲覧してしまった人はどうなるのか、何もわからない。
サイトの管理人は何かわかっているのかもしれないけど…… 教えてもらうことさえできない。
泣き寝入りするしかないんだ。
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