夜霧の怪談短編集

夜霧の筆跡

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第十話 笑う美女

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通っていた大学でたまたま耳にしたんですよ。都市伝説。

「知ってるか? 駅前の夢見が丘公園にあるベンチにすごい美人の幽霊が出て、笑いかけてくるんだって」

なんだか妙に気になる話ですよね。
特に『すごい美人』ってとこが気になって、僕、見てみたくて仕方なくなっちゃって。





もうその日の帰りには公園に向かってました。
該当のベンチは公園のはずれのほうにあって、周囲には木々が生い茂ってて少し薄暗い、人通りも少なくて

『いかにも出そう』

って雰囲気が漂ってました。

僕はそのベンチに座ってしばらく待ってみたんです。
スマホでSNSをチェックしたりソシャゲのデイリーをこなしたりと時間をつぶしてました。

ふと気が付くと、もうあたりは真っ暗。
いけませんね、スマホをいじってると時間って溶けません?

(まあ話聞いて即来て即目撃できるほど世の中甘くないかあ……)

と思って、僕は立ち上がり駅の方へ歩き出そうとしたときでした。

視界の端になにかが見えた気がして、思わず振り向いたのです。
そこには、いました。

(確かに『すごい美人』だったかな)

と思います。というのも、直視できないんですよ。
直接まっすぐ見ようとすると見えないんだけど、視界の端だと見える。
それでも、なんとなく美人であるような雰囲気を感じるんです。





僕は『幽霊を目撃してしまった』ことに完全にビビってしまい、そのまま公園を後にしました。
駅についても、ホームで電車を待っていても、電車に乗り込んでも、ずっとその光景が頭から離れなかったですよ……。
帰り道、僕はずっと聞いた都市伝説を思い出していました。

『笑いかけてくるんだって』

でも、思い返せば、その女性は笑ってはいませんでした。
ただそこに座ってるだけ、のような気がしました。

その場から離れて恐ろしさが薄らいだせいか、僕は徐々に

『どうして笑いかけてくれなかったんだ』

というところが気になり始めました。





一度気になるともう頭から離れないんですよ。
寝ても覚めてもその女性のことばかり考えてしまいます。

その日から、僕は公園のベンチに通い詰めるようになりました。
大学の講義が終わったあとに、バイトまでの空き時間に、休日の空いた時間に、とにかく暇さえあればそのベンチへ行って座っていました。
女性の幽霊には会えたり会えなかったり、割合は最初は半々ぐらいだったかな。
それがだんだんと頻度が増してきて、ついには行けば必ず会えるぐらいにはなってたと思います。

でも、相変わらず女性はただそこにいるだけ。
直視することはできないけど、笑ってる様子は感じられないんですよ。

(どうして笑いかけてくれないんだろう)

って、僕はもうほとんどムキになってたんだと思います。

(彼女が笑ってくれるまで通い詰める)

そんな覚悟でした。
周囲に通行人がいないときには、女性に話しかけてみたりもしました。
まあ、反応なんかなかったんですけどね。





そんな日が何か月続いたでしょうか、ある日、ついに女性が笑ってくれました。
でも…… 僕が想像していたような

『美人が僕に笑いかけてくれる』

感じではなかったんです。
恐ろしげで不気味で、狂気すら感じる笑い声を響かせて、女性はゲラゲラと笑いました。

僕はもういっぺんに恐怖心に支配されてしまって、一目散にその場を逃げ出しました。
走って公園から逃れたその瞬間、僕は車道まで飛び出してしまっていたんだと思います。





気が付いたら病院のベッドの上でした。
全身打撲と右足骨折で全治2か月だそうで…… いや、命が助かっただけありがたいですよ。

あの都市伝説を教えてくれた友人もお見舞いに来てくれました。
そこで、僕はあの女性の話をしたんですよ。

「お前から聞いた都市伝説の真偽が気になって、ベンチまで行ってみたら、女性の幽霊を目撃したんだよ」

って。そして

「その恐怖で公園から飛び出したら、車にはねられたんだ」

って。そしたらその友人

「なんでわざわざ見に行ったりしたんだよ…… 
あれ、俺話さなかったっけ?
あの都市伝説には続きがあるって」

って言うんですよ。

「女性が笑うところを見た者は、必ず不幸な目に合うって言われてるんだぞ」

なんて。

『最初からそれ教えておいてくれよ』

って話じゃないですか?
知ってたら女性が笑うまで通い詰めるなんてことしなかったのに……。

ただまあ、命は助かったし、後遺症が残るようなこともなく、予定通り2か月後には退院できました。
僕は退院してからも二度とその公園へ行くことはしなくなりましたよ。
その後、僕は特に変わった体験をすることもなく、平和に過ごしていました。





とある児童養護施設にボランティアで行ったときのことです。
そこには心に深い傷を負った少女がいました。
少女はなぜかずっと声をあげて笑っていたんです。
施設のスタッフさんに聞いたところ、その少女は

『両親から虐待を受けていて、家庭内がいつもカリカリピリピリした環境で育った』

そうです。

「そんな空気を少しでも和らげようと思ったのかもしれない」

とスタッフさんは言います。
確かに、顔を見ると全然楽しそうには見えないのに、声だけを上げて必死に楽し気な笑い声をあげているのです。
少女はもう

『笑い声をあげることしかリアクションをとれなくなっている』

とのことでした。

「同じ年ごろの子供たちはみんな、泣いたり笑ったり怒ったりと感情豊かに過ごしているのに……」

その少女は

『おかしくもないのにただ笑い声を上げる、という行為でしか感情表現をできない』

というのです。

(かわいそうに……
どれだけの虐待を受ければこんなことになってしまうっていうんだ)

その少女、根はとてもいい子なんですよ。
僕らがボランティアでやった絵本の読み聞かせを『楽しかった』と意思表示しようとするときにも笑い声を上げるしかない、他の子との違いはそれだけなんです。

いつのまにか来ていた施設長さんも話に参加してきました。

「この子も、ここで過ごすうちに心の傷もちょっとずつ癒えて行って、いつか別の感情表現を身に着けるときが来てくれるって信じてます。昔いたあの子のように」

施設長さんはここが開設したときからスタッフとして働いていたそうで、昔にも同じような症状の子がいたと話しました。その子は

『だんだんと普通に振舞えるようになっていき、大人になって施設を出て立派に独り立ちをしていった』

のだそうです。

「でもね、せっかく人生これからだというときに、事故で亡くなってしまったんです」

そう語る施設長さんの顔は悲しげで、けれど何か決意のようなものが感じられました。

「同じような症状の子が来たときに思いました。
これは、あの子の導きだって。
だから、きっと、いつか……」





ボランティア活動を終えて児童養護施設を後にしながら、僕は考えていました。

(笑うことしかできなかった子が昔、いた。
大人になって独り立ちをした後、不幸な事故で亡くなった。
あの公園の女性の幽霊は、もしかして……?)

そう思えばつじつまが合います。

『人は死んで魂だけの状態になると、必ずしもその人の死の直前の状態であるとは限らない』

と聞きます。

『幽霊になったことで、自分の人生のなかで一番つらかった時期を思い出し、その時の症状に戻ってしまっていた』

なんてことだって

(十分に考えられることなんじゃないか)

と思いました。僕はてっきり

(女性があの不気味な笑い声で不幸を引き寄せたのか、はたまた僕の身に降りかかる不幸を予知してそれを楽しむように笑っていたのか、どちらにせよ悪霊の類だ)

とばかり思っていました。
でも、もしあの女性が

『笑うことしか意思表示をする手段を知らない状態である』

ならば、もしかして

(僕の身に降りかかる不幸を知らせようとしてくれていたのでは……?
「気を付けろ」って、言ってくれていたのに、僕が勝手に飛び出して車にはねられてしまった。
そうなのかもしれない。そうなんじゃないか)





僕は気が付くと公園へ向かっていました。
ベンチには、やはりあの女性が座っていました。

僕は毎日通っていたときと同じく隣に座り、そして女性に話しかけました。

「退院できて、今ではすっかり元気になったよ。
君のこと、誤解してたみたいだ。
ごめん、怖がったりして」

やはり女性からの反応はありませんが、一通り伝えたかったことを話し終わって、気が済んでその場を後にしました。





そして後日、またあの児童養護施設へボランティアへ行く機会がありました。

僕はふと思い立ち、あの女性の墓参りがしたいと思いました。
あのベンチへ花や線香を供えることも考えましたけど、通行人に不気味さを感じさせてしまうかもしれませんし、
公園に勝手に置くと不法投棄扱いになりますからね。

それで、施設長さんに尋ねたんです。

「以前、ここを卒業してから事故で亡くなった子のお話を伺いましたよね。
彼女の墓参りをしたいと思いまして…… 施設長さんは場所をご存じですか?」

するとこんな答えが返ってきたんです。

「はい、ええ? 先日お話した子は男の子ですが」
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