20 / 48
呪いの言葉こそが呪い
3
しおりを挟む
心配しているかもしれないからと、一度祖父母の元に顔を出す為に料理屋へと向かおうかとも考えて立ち止まる。
今の自分の格好を見下ろして嘆息する。
「これでは顔出しにくいな」
『確かに淑女にあるまじき風体ではあるな……』
誰の所為だと思ってる。とは思っても口には出来ない。ルドヴィカは水晶玉の言葉なぞ聞こえない振りをして唇を曲げる。
ドレスは泥にまみれているし、頭の上で水晶玉がころんころんと動き回った所為で朝には整えられていた髪も乱れている。
何よりドレスをふんだんに汚した孫娘の姿を見たら余計に心配するだろう。祖母には汚さないように言ったのに、とお説教されるかもしれない。
「まあ、良いか」
少しばかり悩んだものの、ルドヴィカは真っ直ぐに自宅に戻る事にした。祖母に顔を見せるにしても、明日大学から戻ってからでも良かろう。
ルドヴィカの自宅は父テオの営む時計屋の工房兼自宅になっている。その為周囲には店や市場があって日が沈みかけた時間帯でもかなり明るい。
『こんななのか、町って。古くて……広いな』
先程断りを入れたので、カレルの言葉は一人言だろうと判断し、ルドヴィカは返事をしなかった。なんと返せば良いのかわからなかったのもあるのかもしれない。
自分達庶民の生活や立場に興味も、関心もないのだろう。そう思っていたが彼の言葉には、そういった、庶民を見下すような響きは感じられない。それがどんな意味を持つのか、ルドヴィカには察する事が出来ないでいた。
足早に町を歩く。祖父母の代からこの町で暮らしているのもあって、ルドヴィカは自分の愛想のなさとは裏腹に、地元民から可愛がられている。この格好でいると何か何かと問い詰められそうだったからだ。
「どうしたの? ルシカその格好……って何か薄汚れてない?」
そんな事を考えているそばから、母親と同年代の洋裁を営んでいる女性に呼び止められた。
ルドヴィカのドレスは控えめに見ても、薄汚れているなんて控え目な言葉では表せない程に酷い有様となっていたが、こちらが一応若い娘だから気を遣ってくれたのかもしれない。
しかし今のルドヴィカには彼女の気遣いに答えるどころか、そこに勘付く余裕すらありはしない。更に歩みを早めると、彼女に向かって大声をあげつつ、大通りを駆け抜けた。
「ごめん急いでるから、それじゃあ!」
「いや、あんた……早く汚れ落とさないと大変な事になるよ、それ」
「うん。後で持っていくからお願い!」
呆気に取られた様子の彼女とすれ違い、大通りから広場に向かう途中に並ぶ何軒もの商店が立ち並ぶ場所に向かう。その中のひとつ、時計屋を示す看板を掲げたのがルドヴィカの自宅兼工房だった。
店の奥が自宅になっている為、裏手にまわるとそちらにも入口がある。ルドヴィカがそちらにまわったところで、喧しい話し声がするのに気付いた。
『なんだか剣呑な雰囲気を感じるんだが』
頭上の水晶玉が言う通りだ。ボリュームの大きな話し声はどう考えても、自宅の細く長い扉の向こう側から聞こえてくる。
本来両親はともに良く言えば平和主義、悪く言えば事なかれ主義の温厚に物事が進む事を何より良しとする人物だ。それはお互いに対しても同じで、ルドヴィカは両親が喧嘩しているところなんて見た記憶は殆どない。
「カレル様……大丈夫だと思いますが、落ちないように気を付けてくださいね」
何が起きているかはわからないが、狼藉者が暴れていた場合ルドヴィカの身にも何か起こらないとも限らない。
わかった、と声が届いたところでルドヴィカはドアノブを掴む。
ルドヴィカの家は二階建てで、中で工房と自宅が繋がっている。細かく高価な部品も多い為に基本的に工房へと向かう扉には鍵がかかっており、ルドヴィカは立ち入りを禁止されていた。
居間に向かうと、騒ぎの原因は直ぐにわかった。
母リアノルが父親を挟んで、一人の女を激しく糾弾しているのだ。
「とにかく今度という今度は許さない、もう絶対にこんな事は止めて、止めなさい!」
女の方は怯える様子もなく、だからといってリアノルと堂々と渡り合うつもりも一切ないのだろう。父親の背に隠れるようにしている。ルドヴィカのいる場所からはその表情まではわからない。
「ただいま。何をしてるの、声が外まで聞こえてるんだけど」
両親と、女がルドヴィカの方に顔を向けた。
父親の背後から、覗き込むようにして顔を出した女の顔は笑っていた。
今の自分の格好を見下ろして嘆息する。
「これでは顔出しにくいな」
『確かに淑女にあるまじき風体ではあるな……』
誰の所為だと思ってる。とは思っても口には出来ない。ルドヴィカは水晶玉の言葉なぞ聞こえない振りをして唇を曲げる。
ドレスは泥にまみれているし、頭の上で水晶玉がころんころんと動き回った所為で朝には整えられていた髪も乱れている。
何よりドレスをふんだんに汚した孫娘の姿を見たら余計に心配するだろう。祖母には汚さないように言ったのに、とお説教されるかもしれない。
「まあ、良いか」
少しばかり悩んだものの、ルドヴィカは真っ直ぐに自宅に戻る事にした。祖母に顔を見せるにしても、明日大学から戻ってからでも良かろう。
ルドヴィカの自宅は父テオの営む時計屋の工房兼自宅になっている。その為周囲には店や市場があって日が沈みかけた時間帯でもかなり明るい。
『こんななのか、町って。古くて……広いな』
先程断りを入れたので、カレルの言葉は一人言だろうと判断し、ルドヴィカは返事をしなかった。なんと返せば良いのかわからなかったのもあるのかもしれない。
自分達庶民の生活や立場に興味も、関心もないのだろう。そう思っていたが彼の言葉には、そういった、庶民を見下すような響きは感じられない。それがどんな意味を持つのか、ルドヴィカには察する事が出来ないでいた。
足早に町を歩く。祖父母の代からこの町で暮らしているのもあって、ルドヴィカは自分の愛想のなさとは裏腹に、地元民から可愛がられている。この格好でいると何か何かと問い詰められそうだったからだ。
「どうしたの? ルシカその格好……って何か薄汚れてない?」
そんな事を考えているそばから、母親と同年代の洋裁を営んでいる女性に呼び止められた。
ルドヴィカのドレスは控えめに見ても、薄汚れているなんて控え目な言葉では表せない程に酷い有様となっていたが、こちらが一応若い娘だから気を遣ってくれたのかもしれない。
しかし今のルドヴィカには彼女の気遣いに答えるどころか、そこに勘付く余裕すらありはしない。更に歩みを早めると、彼女に向かって大声をあげつつ、大通りを駆け抜けた。
「ごめん急いでるから、それじゃあ!」
「いや、あんた……早く汚れ落とさないと大変な事になるよ、それ」
「うん。後で持っていくからお願い!」
呆気に取られた様子の彼女とすれ違い、大通りから広場に向かう途中に並ぶ何軒もの商店が立ち並ぶ場所に向かう。その中のひとつ、時計屋を示す看板を掲げたのがルドヴィカの自宅兼工房だった。
店の奥が自宅になっている為、裏手にまわるとそちらにも入口がある。ルドヴィカがそちらにまわったところで、喧しい話し声がするのに気付いた。
『なんだか剣呑な雰囲気を感じるんだが』
頭上の水晶玉が言う通りだ。ボリュームの大きな話し声はどう考えても、自宅の細く長い扉の向こう側から聞こえてくる。
本来両親はともに良く言えば平和主義、悪く言えば事なかれ主義の温厚に物事が進む事を何より良しとする人物だ。それはお互いに対しても同じで、ルドヴィカは両親が喧嘩しているところなんて見た記憶は殆どない。
「カレル様……大丈夫だと思いますが、落ちないように気を付けてくださいね」
何が起きているかはわからないが、狼藉者が暴れていた場合ルドヴィカの身にも何か起こらないとも限らない。
わかった、と声が届いたところでルドヴィカはドアノブを掴む。
ルドヴィカの家は二階建てで、中で工房と自宅が繋がっている。細かく高価な部品も多い為に基本的に工房へと向かう扉には鍵がかかっており、ルドヴィカは立ち入りを禁止されていた。
居間に向かうと、騒ぎの原因は直ぐにわかった。
母リアノルが父親を挟んで、一人の女を激しく糾弾しているのだ。
「とにかく今度という今度は許さない、もう絶対にこんな事は止めて、止めなさい!」
女の方は怯える様子もなく、だからといってリアノルと堂々と渡り合うつもりも一切ないのだろう。父親の背に隠れるようにしている。ルドヴィカのいる場所からはその表情まではわからない。
「ただいま。何をしてるの、声が外まで聞こえてるんだけど」
両親と、女がルドヴィカの方に顔を向けた。
父親の背後から、覗き込むようにして顔を出した女の顔は笑っていた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

白い結婚をめぐる二年の攻防
藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」
「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」
「え、いやその」
父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。
だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。
妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。
※ なろうにも投稿しています。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

ただの魔法使いです
端木 子恭
ファンタジー
「将来店を買って本屋をする。それだけでいいんです」
魔法使いのグラントはささやかな願いのために生きている。
幼い頃に孤児として貧民街に流れ着いた彼は、野心とは無縁の生活をしていた。
ある冬の日、グラントはおつかい帰りに吹雪で遭難しかけ、助けてくれたシェリーと友達になる。
そこから彼の日常が変わっていった。
ただの魔法使いなのに、気づけば騒動に巻き込まれている。彼の願いとはかけ離れて。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った
五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」
8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる