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炎に消えた魔女
六話
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物語冒頭に起こる事件がなんなのか。先程迄はらはらしながら壇上を見つめていた暁はわかりきっていた。
魔女の予言。そして、処刑。
読み間違えていたのかもしれない。暁を連れてきた男の剣幕は、姫様のお気に入りの侍女が身分をわきまえずに姫様の傍を離れ、うろうろしていたからではない。
彼女が、姫が、物語上で不安定な状況にあると誰が見てもわかる『シーン』の後だったのだ。騎士は大切な姫が傷付いているのを慰め、癒す為にいるという『設定』だったのではないか。
頭の中がそれ、その最悪の想像でいっぱいになってしまう。そうとしか思えない。そうじゃなくちゃ何故ここに自分がいるのが普通だとされているのだ。この世界で。
「尾根?どうした、顔色が」
柚葉の声が少し遅れて聞こえたのに、耳の中を通過したのに気が付く。ゆっくりと顔を上げて柚葉の顔を見た。やけに身体が重たい気がする。
「副部長……これ、この世界、本当に劇の世界だったら」
「う、うん」
暁の様子が尋常ではないと気付いた柚葉の声が動揺したように上擦った。自分の想像に追いたてられた暁には、しかし彼の動揺に勘付く余裕など微塵もなかった。
だって、この物語の肝は彼女の壮絶とされる死によって始まるのだ。
「劇の通りに全部の事が起きるかもしれないって、事ですか?」
暁のとりとめのない、沈んだ声音が押し出した言葉に常に余裕がある態度と他人への気遣いを欠かさないイメージのある柚葉が、ひきつった表情を浮かべた。
これまで全く予想だにしなかった、そこまで頭が回らなかったのだろう。
そして暁の言葉によって柚葉も気が付いてしまった。暁の言いたい事や、自分達に何が起きるかを。
「尾根、おい。それは」
「どうしよ、本当にどうしたら」
助けを求めるにも柚葉も含めこの場にいる全員が事態を完全に把握していない。しかし、今の状況で予測するなら、暁の想像は考えすぎだと切り捨てるには状況が逸している。
「梓が、死んじゃうかも……!」
小さく叫んだ事を暁は直ぐに後悔した。言葉にしてしまった事で、尚更自分が予言したような感覚に切り落とされた。そう、物語の中で魔女が可憐な姫君の破滅を予言したかのように。
一度口にしてしまえば、そうとしか思えなくなってしまう。この場に梓がいないのが不安を更に加速させた。
梓は何処にいる。光と柚葉はずっと一緒にいたようだが暁がこの映画に出てくるような大きな城の中で一人倒れていた事を考えると、梓も一人で何処かにいる可能性は高いと思う。そしてそれは梓に限らない。
「さが、探さないと、梓見付けて、隠さなきゃ、わたしみたいにおじさんに怒られるんじゃ済まないよ……!」
「いや、落ち着けよ尾根。黒神がいるかどうかなんてわからないだろ」
「いたらどうすんですか!?」
暁に近付き、少し強めた言葉で窘めてくる柚葉に暁は咄嗟に怒鳴っていた。落ち着けだとかふざけてる。こうしている間にもし、もし。
普段は演劇部でムードメーカーとして明るく振る舞い、部活動も熱心かつ先輩と後輩の間をよくわきまえている暁が、芝居以外で怒鳴る姿を初めて見た柚葉も動揺を露に怖じ気づいたように一歩下がる。後輩の暁が自分に激しく怒りを発した姿など見た事がない。
その姿も、暁の眼中にはなかった。
魔女の処刑。あれがもしこの世界では現実に起こるものだとしたら梓は配役が魔女だったという馬鹿げた理由でこの世界の住人に捕らえられ、火炙りに処されるのだ。
有り得ない、絶対におかしい。
「わたし、梓を探してきます」
こんなところで安全に、三人で困った顔をしてる訳にはいかなかった。一刻も早く梓を見付けなければ。
暁の宣言に、こちらの剣幕に呆けていた様子の柚葉が我に返ったかのように再び落ち着かせるような声音で話しかけてきた。
「ちょっと待て、黒神がここにいる保証はないだろ」
「いないって証拠もないじゃないですか」
「何もわかっていない状況で別々の行動は危険だ、この世界の理屈も正解も俺達は知らないんだぞ。下手な事して、トラブルになるかもしれない。落ち着け、兎に角」
「だから!」
きりがない。完全に頭に血が上っていた。冷静じゃなくなっている暁には、必死で落ち着かせようと話しかけてくる柚葉の姿すら、他人事なんだとしか思えないでいた。何せ彼の横には光がいる。大事な人の傍にいられて、自分の安全も取り敢えずは確保できている相手に自分の気持ちがわかる筈がない、という暁の思い込みが感情のコントロールを駄目にしていた。
「落ち着いて困った困った言ってる間に、梓に何かあったらどうしてくれるんですか!?」
頭の何処かで、尊敬する先輩に怒鳴り散らす自分に恥を知れという自分もいたかもしれない。しかし、そんな自分の存在はあまりにも小さく、暁の剣幕に怯えて後ろで常より更に身体を縮める光の姿すら視界には入ってなかった。
「尾根……」
「すみません、怒鳴ってすみません……だけど、梓に何かあったら、わたし、困るんです。嫌なんです。死ぬ程後悔とかしたくないんです。
先輩達に……手伝って、とか言わないので」
本音は手伝ってと言いたかったが、今の暁に出来る彼らに対する精一杯の気遣いが、彼らを自分が行動することによるトラブルに巻き込まない事だった。それに姫とその騎士が辺りをうろつき出せば、絶対に『この世界』は二人を放って置かない。暁も先程のような目に遇うかもしれないが、まだましだ。
「……行ってきます。すみません」
謝る事しか出来なかった。それも、何かに謝るというよりは取り乱した故の取り敢えずの、言い訳のような謝罪だ。
頭の中に梓のおどおどした、悲しそうな、寂しそうな、それでも言葉に出来ない弱い姿が思い浮かぶ。あの子が今一人で沢山の人間に責められていたとしたら、見ていられない。耐えられない。
重い、何でこんな重たいんだと苛立ちながらも大きな扉を押し開く。くよくよなんてしてられなかった。
魔女の予言。そして、処刑。
読み間違えていたのかもしれない。暁を連れてきた男の剣幕は、姫様のお気に入りの侍女が身分をわきまえずに姫様の傍を離れ、うろうろしていたからではない。
彼女が、姫が、物語上で不安定な状況にあると誰が見てもわかる『シーン』の後だったのだ。騎士は大切な姫が傷付いているのを慰め、癒す為にいるという『設定』だったのではないか。
頭の中がそれ、その最悪の想像でいっぱいになってしまう。そうとしか思えない。そうじゃなくちゃ何故ここに自分がいるのが普通だとされているのだ。この世界で。
「尾根?どうした、顔色が」
柚葉の声が少し遅れて聞こえたのに、耳の中を通過したのに気が付く。ゆっくりと顔を上げて柚葉の顔を見た。やけに身体が重たい気がする。
「副部長……これ、この世界、本当に劇の世界だったら」
「う、うん」
暁の様子が尋常ではないと気付いた柚葉の声が動揺したように上擦った。自分の想像に追いたてられた暁には、しかし彼の動揺に勘付く余裕など微塵もなかった。
だって、この物語の肝は彼女の壮絶とされる死によって始まるのだ。
「劇の通りに全部の事が起きるかもしれないって、事ですか?」
暁のとりとめのない、沈んだ声音が押し出した言葉に常に余裕がある態度と他人への気遣いを欠かさないイメージのある柚葉が、ひきつった表情を浮かべた。
これまで全く予想だにしなかった、そこまで頭が回らなかったのだろう。
そして暁の言葉によって柚葉も気が付いてしまった。暁の言いたい事や、自分達に何が起きるかを。
「尾根、おい。それは」
「どうしよ、本当にどうしたら」
助けを求めるにも柚葉も含めこの場にいる全員が事態を完全に把握していない。しかし、今の状況で予測するなら、暁の想像は考えすぎだと切り捨てるには状況が逸している。
「梓が、死んじゃうかも……!」
小さく叫んだ事を暁は直ぐに後悔した。言葉にしてしまった事で、尚更自分が予言したような感覚に切り落とされた。そう、物語の中で魔女が可憐な姫君の破滅を予言したかのように。
一度口にしてしまえば、そうとしか思えなくなってしまう。この場に梓がいないのが不安を更に加速させた。
梓は何処にいる。光と柚葉はずっと一緒にいたようだが暁がこの映画に出てくるような大きな城の中で一人倒れていた事を考えると、梓も一人で何処かにいる可能性は高いと思う。そしてそれは梓に限らない。
「さが、探さないと、梓見付けて、隠さなきゃ、わたしみたいにおじさんに怒られるんじゃ済まないよ……!」
「いや、落ち着けよ尾根。黒神がいるかどうかなんてわからないだろ」
「いたらどうすんですか!?」
暁に近付き、少し強めた言葉で窘めてくる柚葉に暁は咄嗟に怒鳴っていた。落ち着けだとかふざけてる。こうしている間にもし、もし。
普段は演劇部でムードメーカーとして明るく振る舞い、部活動も熱心かつ先輩と後輩の間をよくわきまえている暁が、芝居以外で怒鳴る姿を初めて見た柚葉も動揺を露に怖じ気づいたように一歩下がる。後輩の暁が自分に激しく怒りを発した姿など見た事がない。
その姿も、暁の眼中にはなかった。
魔女の処刑。あれがもしこの世界では現実に起こるものだとしたら梓は配役が魔女だったという馬鹿げた理由でこの世界の住人に捕らえられ、火炙りに処されるのだ。
有り得ない、絶対におかしい。
「わたし、梓を探してきます」
こんなところで安全に、三人で困った顔をしてる訳にはいかなかった。一刻も早く梓を見付けなければ。
暁の宣言に、こちらの剣幕に呆けていた様子の柚葉が我に返ったかのように再び落ち着かせるような声音で話しかけてきた。
「ちょっと待て、黒神がここにいる保証はないだろ」
「いないって証拠もないじゃないですか」
「何もわかっていない状況で別々の行動は危険だ、この世界の理屈も正解も俺達は知らないんだぞ。下手な事して、トラブルになるかもしれない。落ち着け、兎に角」
「だから!」
きりがない。完全に頭に血が上っていた。冷静じゃなくなっている暁には、必死で落ち着かせようと話しかけてくる柚葉の姿すら、他人事なんだとしか思えないでいた。何せ彼の横には光がいる。大事な人の傍にいられて、自分の安全も取り敢えずは確保できている相手に自分の気持ちがわかる筈がない、という暁の思い込みが感情のコントロールを駄目にしていた。
「落ち着いて困った困った言ってる間に、梓に何かあったらどうしてくれるんですか!?」
頭の何処かで、尊敬する先輩に怒鳴り散らす自分に恥を知れという自分もいたかもしれない。しかし、そんな自分の存在はあまりにも小さく、暁の剣幕に怯えて後ろで常より更に身体を縮める光の姿すら視界には入ってなかった。
「尾根……」
「すみません、怒鳴ってすみません……だけど、梓に何かあったら、わたし、困るんです。嫌なんです。死ぬ程後悔とかしたくないんです。
先輩達に……手伝って、とか言わないので」
本音は手伝ってと言いたかったが、今の暁に出来る彼らに対する精一杯の気遣いが、彼らを自分が行動することによるトラブルに巻き込まない事だった。それに姫とその騎士が辺りをうろつき出せば、絶対に『この世界』は二人を放って置かない。暁も先程のような目に遇うかもしれないが、まだましだ。
「……行ってきます。すみません」
謝る事しか出来なかった。それも、何かに謝るというよりは取り乱した故の取り敢えずの、言い訳のような謝罪だ。
頭の中に梓のおどおどした、悲しそうな、寂しそうな、それでも言葉に出来ない弱い姿が思い浮かぶ。あの子が今一人で沢山の人間に責められていたとしたら、見ていられない。耐えられない。
重い、何でこんな重たいんだと苛立ちながらも大きな扉を押し開く。くよくよなんてしてられなかった。
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