54 / 59
炎に消えた魔女
二話
しおりを挟む
記憶に残っているのは翻る艶やかな色で飾られたひらひらと舞うドレスのスカート。
身を乗りだし、手を差しのべようとした記憶が最後だ。どうしてそうなったのか、何が暁をそうさせたのか全く思い出せない。
否、思い出せる状況ではない。
「なに……これ」
多分気絶をしていた事も気が付いていなかった。本当は気絶なんてしてないのかもしれない。現実逃避の為に意識が記憶を削除したのを気絶と認識したのか、それとも今現在記憶を失っているのか。ここがこれが夢なのか。
体育館にいた筈だ。自分は演劇部の皆と練習をしていたのだ。
風が肌に絡む。気を失う前に感じたそれとは違うような、異様に乾いたひりひりと微かに痛む風だった。
暁は屋外にいた。正確に言えば、建物の屋外に面して並ぶ立派な石造りの柱で支えられたテラスのような場所の下にいた。テレビで見た古代の遺跡に似た構造のように感じるがそれにしては、そこまで経年劣化は感じない。
「どこなの」
座り込んだ儘呆然としていた。一歩も動ける気がしなかった。どこまでも柱で支えられた回廊は続くように感じられ、固く冷たい印象の壁には入口らしきものも見当たらない。一体自分はどうしてこんなところにいるのか。皆どこにいるのか。ドッキリなんて、素人には無理な規模だ。CGやちょっとした大道具ではないと、風と嗅いだ事なんてないくすんだ匂いが訴えてくる。
訳がわからず俯いて、目を閉じた。嘘だと思った。夢だと。何故自分が夢を見たのか、見ているのかを考えようと思えば直ぐに答えは出た。
「あ」
自分がこうなる直前の事を思い出した。目を見開く。
翻る華やかなドレスと華奢で、暁より年上には絶対に見えない小さな身体。自然とその身体を追って自分は駆け出していた。
落ちる。そう思った。
光が舞台から落下する姿が見えたのだ。危ないと思った時には、舞台の端にいた自分に何が出来たかなんて考える余裕もなく駆け寄って、飛び付こうとしたところで記憶は途絶えて何かかびたような匂いと、外の緑の強烈な気配に気圧されるような空間にいる。
「ゆめ、なの」
それにしては、何もかもがやけに立体的だ。床についた手には冷たい石の感触がぐっと拒絶してくるような存在感を示している。眉をしかめた。夢だとは思えないが夢でなければ理解が出来ない。
自分は光もろとも落下して、頭でも打ち今生死の境でも彷徨っているのではなかろうか。
だけど、それにしては。暁がふと感じた違和感を確信に変えるよりも先に聞き覚えのある名前を呼ぶ声がして、暁は顔を上げた。
「リリィ!何故こんなところに、姫様の一大事に……!」
数日間の練習で身に染みついた名前だ。リリィ。反射的にそちらを見上げれば厳つい顔付きの壮年の男がこちらへ向かって歩いてきていた。
「姫様がリリィがいないからと泣くので探しに来てみれば……」
静かだが明らかな不機嫌さとこちらの感情を締め付けるような声音に顔がひきつる。教師や両親などの大人からは基本的に模範的な真面目で勤勉な人間の暁にとっては、大人に威圧される事自体が不馴れなのもある。しかし、怯える理由はそれだけではなかった。
男の衣服は整えられた黒の外套に同じく黒のズボンと白い柔らかな素材に見えるシャツのような服を、外套の下に着ている。
誰だとか、何故自分が役名で呼ばれているのか言葉にして整理しようとするよりも先に男は大股でこちらに向かって歩いてくる。見た目より柔らかい素材で出来ているのか、濃い茶色のブーツの音は意外にも静かだった。
「何をぼーっとしている?早く来い」
「やっ、やだ……っ」
男は暁の地面におろした儘だった手の片方を掴むと、力を込めて引っ張り強引に立たせようとしてきた。見知らぬ人間に高圧的に怒鳴られた上、触られて拒否反応から恐怖に声が漏れる。無意識に振りほどこうとしたが、男の力は強く振りほどけなかった。
腕が引きちぎられそうな痛みに、涙が浮かぶ。よろよろと立ち上がり、立ち上がった為に唐突に暁は気付いた気が付いてしまった。
服が何だか重い。
気になって見下ろした自分の格好に遅蒔きながら驚愕する。そしてそれよりも遥かに重大な事実に暁は悲鳴をあげた。
「いやー!!」
演劇部の本気の悲鳴だ。男も虚を突かれたのか暁の手を離して耳を抑えながら喚いた。
「何だ、貴様どういうつもりだ?」
「こっちの台詞でしょふざけんなあ!!」
男にはまるで関係なかったが、人生でここまでの羞恥もない。真っ赤になった暁はスカートを抑えて男を睨む。
さらさらの髪が耳の両側から視界に入った。
自分はツインテールの儘。衣服もよくよく見れば衣装のまんまだ。夢でまでこの格好は異様だ。それだけじゃない。
服が重いのだ。暁の衣装は基本的には普通のブラウスやコスプレ衣裳などに手を加えたものだ。その為か衣装そのものは見た目よりも軽く通気性が良い。それなのに布もごわごわするし、スカートの生地もやたら分厚く感じる。
それより何よりスカートの中。
暁は変態でも好事家でもない。友人とも安くて可愛いものの話が一般的だ。誰に見せるものでもないが、やはりシンプルでも可愛いものを身に付けたい。安ければもっといい。
「何でこんなんはいてんの……!?」
声には出せなかったが、胸中で絶叫した。人前でスカートを捲って確認出来ないのが無念であるが、見なくてもわかる。
やたらとすかすかする。下半身の心もとない下着を暁は身に付けていた。この訳のわからない状況にて、一番のショックだった。泣きたい。
身を乗りだし、手を差しのべようとした記憶が最後だ。どうしてそうなったのか、何が暁をそうさせたのか全く思い出せない。
否、思い出せる状況ではない。
「なに……これ」
多分気絶をしていた事も気が付いていなかった。本当は気絶なんてしてないのかもしれない。現実逃避の為に意識が記憶を削除したのを気絶と認識したのか、それとも今現在記憶を失っているのか。ここがこれが夢なのか。
体育館にいた筈だ。自分は演劇部の皆と練習をしていたのだ。
風が肌に絡む。気を失う前に感じたそれとは違うような、異様に乾いたひりひりと微かに痛む風だった。
暁は屋外にいた。正確に言えば、建物の屋外に面して並ぶ立派な石造りの柱で支えられたテラスのような場所の下にいた。テレビで見た古代の遺跡に似た構造のように感じるがそれにしては、そこまで経年劣化は感じない。
「どこなの」
座り込んだ儘呆然としていた。一歩も動ける気がしなかった。どこまでも柱で支えられた回廊は続くように感じられ、固く冷たい印象の壁には入口らしきものも見当たらない。一体自分はどうしてこんなところにいるのか。皆どこにいるのか。ドッキリなんて、素人には無理な規模だ。CGやちょっとした大道具ではないと、風と嗅いだ事なんてないくすんだ匂いが訴えてくる。
訳がわからず俯いて、目を閉じた。嘘だと思った。夢だと。何故自分が夢を見たのか、見ているのかを考えようと思えば直ぐに答えは出た。
「あ」
自分がこうなる直前の事を思い出した。目を見開く。
翻る華やかなドレスと華奢で、暁より年上には絶対に見えない小さな身体。自然とその身体を追って自分は駆け出していた。
落ちる。そう思った。
光が舞台から落下する姿が見えたのだ。危ないと思った時には、舞台の端にいた自分に何が出来たかなんて考える余裕もなく駆け寄って、飛び付こうとしたところで記憶は途絶えて何かかびたような匂いと、外の緑の強烈な気配に気圧されるような空間にいる。
「ゆめ、なの」
それにしては、何もかもがやけに立体的だ。床についた手には冷たい石の感触がぐっと拒絶してくるような存在感を示している。眉をしかめた。夢だとは思えないが夢でなければ理解が出来ない。
自分は光もろとも落下して、頭でも打ち今生死の境でも彷徨っているのではなかろうか。
だけど、それにしては。暁がふと感じた違和感を確信に変えるよりも先に聞き覚えのある名前を呼ぶ声がして、暁は顔を上げた。
「リリィ!何故こんなところに、姫様の一大事に……!」
数日間の練習で身に染みついた名前だ。リリィ。反射的にそちらを見上げれば厳つい顔付きの壮年の男がこちらへ向かって歩いてきていた。
「姫様がリリィがいないからと泣くので探しに来てみれば……」
静かだが明らかな不機嫌さとこちらの感情を締め付けるような声音に顔がひきつる。教師や両親などの大人からは基本的に模範的な真面目で勤勉な人間の暁にとっては、大人に威圧される事自体が不馴れなのもある。しかし、怯える理由はそれだけではなかった。
男の衣服は整えられた黒の外套に同じく黒のズボンと白い柔らかな素材に見えるシャツのような服を、外套の下に着ている。
誰だとか、何故自分が役名で呼ばれているのか言葉にして整理しようとするよりも先に男は大股でこちらに向かって歩いてくる。見た目より柔らかい素材で出来ているのか、濃い茶色のブーツの音は意外にも静かだった。
「何をぼーっとしている?早く来い」
「やっ、やだ……っ」
男は暁の地面におろした儘だった手の片方を掴むと、力を込めて引っ張り強引に立たせようとしてきた。見知らぬ人間に高圧的に怒鳴られた上、触られて拒否反応から恐怖に声が漏れる。無意識に振りほどこうとしたが、男の力は強く振りほどけなかった。
腕が引きちぎられそうな痛みに、涙が浮かぶ。よろよろと立ち上がり、立ち上がった為に唐突に暁は気付いた気が付いてしまった。
服が何だか重い。
気になって見下ろした自分の格好に遅蒔きながら驚愕する。そしてそれよりも遥かに重大な事実に暁は悲鳴をあげた。
「いやー!!」
演劇部の本気の悲鳴だ。男も虚を突かれたのか暁の手を離して耳を抑えながら喚いた。
「何だ、貴様どういうつもりだ?」
「こっちの台詞でしょふざけんなあ!!」
男にはまるで関係なかったが、人生でここまでの羞恥もない。真っ赤になった暁はスカートを抑えて男を睨む。
さらさらの髪が耳の両側から視界に入った。
自分はツインテールの儘。衣服もよくよく見れば衣装のまんまだ。夢でまでこの格好は異様だ。それだけじゃない。
服が重いのだ。暁の衣装は基本的には普通のブラウスやコスプレ衣裳などに手を加えたものだ。その為か衣装そのものは見た目よりも軽く通気性が良い。それなのに布もごわごわするし、スカートの生地もやたら分厚く感じる。
それより何よりスカートの中。
暁は変態でも好事家でもない。友人とも安くて可愛いものの話が一般的だ。誰に見せるものでもないが、やはりシンプルでも可愛いものを身に付けたい。安ければもっといい。
「何でこんなんはいてんの……!?」
声には出せなかったが、胸中で絶叫した。人前でスカートを捲って確認出来ないのが無念であるが、見なくてもわかる。
やたらとすかすかする。下半身の心もとない下着を暁は身に付けていた。この訳のわからない状況にて、一番のショックだった。泣きたい。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
心の中に白くて四角い部屋がありまして。
篠原愛紀
青春
その日、私は自分の白い心の部屋に鍵をかけた。
その日、私は自分の白い心の部屋に鍵をかけた。
もう二度と、誰にも侵入させないように。
大きな音を立てて、鍵をかけた。
何色にも染めないように、二度と誰にも見せないように。
一メートルと七十センチと少し。
これ以上近づくと、他人に自分の心が読まれてしまう香澄。
病気と偽りフリースクールに通うも、高校受験でどこに行けばいいか悩んでいた。
そんなある日、いつもフリースクールをさぼるときに観に行っていたプラネタリウムで、高校生の真中に出会う。彼に心が読まれてしまう秘密を知られてしまうが、そんな香澄を描きたいと近づいてきた。
一メートル七十センチと少し。
その身長の真中は、運命だねと香澄の心に入ってきた。
けれど絵が完成する前に真中は香澄の目の前で交通事故で亡くなってしまう。
香澄を描いた絵は、どこにあるのかもわからないまま。
兄の死は香澄のせいだと、真中の妹に責められ、
真中の親友を探すうちに、大切なものが見えていく。
青春の中で渦巻く、甘酸っぱく切なく、叫びたいほどの衝動と心の痛み。
もう二度と誰にも自分の心は見せない。
真っ白で綺麗だと真中に褒められた白い心に、香澄は鍵をかけた。
僕は 彼女の彼氏のはずなんだ
すんのはじめ
青春
昔、つぶれていった父のレストランを復活させるために その娘は
僕等4人の仲好しグループは同じ小学校を出て、中学校も同じで、地域では有名な進学高校を目指していた。中でも、中道美鈴には特別な想いがあったが、中学を卒業する時、彼女の消息が突然消えてしまった。僕は、彼女のことを忘れることが出来なくて、大学3年になって、ようやく探し出せた。それからの彼女は、高校進学を犠牲にしてまでも、昔、つぶされた様な形になった父のレストランを復活させるため、その思いを秘め、色々と奮闘してゆく
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
きみにふれたい
広茂実理
青春
高校の入学式の日に、イケメンの男子高校生から告白されたさくら。
まるで少女漫画のようなときめく出会いはしかし、さくらには当てはまらなくて――?
嘘から始まる学校生活は、夢のように煌いた青春と名付けるに相応しい日々の連続。
しかしさくらが失った記憶に隠された真実と、少年の心に潜む暗闇が、そんな日々を次第に壊していく。
最初から叶うはずのない恋とわかっているのに、止められない気持ち。
悩み抜いた二人が選んだ、結末とは――
学園x青春xシリアスxラブストーリー
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる