劇中劇とエンドロール

nishina

文字の大きさ
上 下
50 / 59
可愛そうなお姫様の話

二十三話

しおりを挟む
 
 一度部活のない日に部長と鉢合わせした事があった。
 部室ではなく舞台の方だ。発表で使用されている体育館は他の運動部が普段は表立って使用する形になっている為、演劇部が少人数で使用する為の防音設備を備えた教室が許可した日には宛がわれている。
 その教室の簡易的な壇上で花色光が寛いでいるのを暁は見た事があった。
 小柄で華奢なのは、成長期が思うように来なかったのか食事や運動に興味が無いのか体質か。暁は知らない。多分柚葉くらいしか知らないと思う。今も昔も色素の薄い髪を肩までのばしているが、前髪も何時も長いので表情が見えにくい上に、髪が癖が強いのか突風にあったような状態でいっそ短めにするか結んだ方が良いと思ったが、友人でもなく、ましてや先輩だ。偉そうな事は言えない。
 そんな見るからに陰気そうな気配を纏う弱々しい少女が大規模な演劇部の部長を任されているのかといえば、やはり。

 その時は確か、暁は一年生の後期で冬休み前であった。試験も終わったので好きな話の朗読を一人でしてみようと思い立ったのである。
 部活動の一貫ではあるがカラオケに一人で行くのも抵抗があるし、家では妹始めうるさいと罵られるしそれは事実だ。故に顧問から許可を貰い、潜り込んだのだ。
 顧問は何も言わなかった。
 部屋の鍵も閉まっていたし、電気も消えていたので誰もいないと思い込んでいた暁の耳に鈴が鳴る、と漫画か何かで聞いたような言いまわしがぴったりな朗らかで明るく、それでいて不快ではない柔らかな高い声が入り込んできたのだ。
 誰かいるのかと、扉に嵌め込まれた硝子越しに覗いた先にいたのは田舎の牧歌的な少女になりきってはしゃぐ光だった。
 何故わかるのかといえば、年明け一発目に発表する作品の主人公が村娘が都会に憧れ困難を越え出奔するサクセスストーリーだったからだ。

 これまでの人生に陰が差した事などなく、またこれからもないと信じて疑っていないような、自信と無垢に彩られた声。誰もいない教室に、物語の主人公が現れたかのようにきらきらと笑顔を振り撒く光の姿が夕焼けに映える。
 光のようだった。
 髪がぼさぼさでも、小さな貧相と評されてしまうかもしれない体躯でもそれでも自分の未来や愛を自信満々に手にするつもりの、まだ何も知らない無知な娘だった。それが眩しかった。
 何も言わず鍵を手に、後にした。邪魔をしたくなかった。彼女の邪魔だけはしたくなかった。
 自主練等ではないと思う。光は簡単な役なら一瞬で説得力を出す演技が出来る。暁は一年生の部活動説明会で見た、演劇部の中心で輝いていた光を疑っていない。
 光は生きているのが楽しいんだと思った。田舎の少女として生きるのが嬉しくて楽しくて、だけどそれをどうしてか人前では表す事が出来ない。芝居、という大舞台がない限り。

 笑って欲しいなんて皆思っていると、仲良くしたいと思っていると、それでも普段の光は笑わない、応えない。俯いて前髪で顔を隠す。
 話し掛ける事が出来るのは柚葉だけ。
 笑って欲しい、お芝居を抜きにして。そう言えたら良いけれど彼女はきっと、理由はわからないがきっと、それは拒否するだろう。だから暁はそっとその場を去った。彼女が笑っている時間を長くしたかった。それには自分は邪魔だから。


 衣装が完成したとの報告があがり、一度舞台で衣装合わせも兼ねて稽古をしようという話になった。
 部員が多い部活動且つ、不定期な活動も含まれる事も多い為全員が揃う事は余りない。今回も主要人物の何人かは休みであった。ここ数日で体育館の使用許可が出たのが今日だけだったらしい。普段は運動部がフル利用しているから仕方ないと暁は思う。

 その中に最初部長であり主人公役の光もいた。
 主人公がいなくては話が成り立たないと、流石に柚葉が説得したらしく、彼女の姿もあるが隅で小さくなっている。梓とは違って背も高くない為空気に徹していたら本当にそのまま消えてしまいそうだ。
「じゃあ各々衣装に着替えてきてくれ。細かい装飾も多いから、壊しそうな部分や着方が戸惑うところがあったら、担当者に確認したり手伝って貰って」
 衣装班の責任者を務めている三年生の言葉に各々返事し、体育館の舞台近くにある更衣室に向かった時、暁は夢にも思っていなかった。自分がこんな目に合うなどとは。
「暁の衣装着替えるの難しいから手伝うわ」
「あ、ありがとう」
 暁の衣装を主に製作した部員が声をかけてくる。彼女に促され、更衣室に入ったが彼女が可愛らしいふりふりひらひらしたものを手に微笑んでいた事には、特に疑問は抱いていなかった。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

黄昏は悲しき堕天使達のシュプール

Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・  黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に  儚くも露と消えていく』 ある朝、 目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。 小学校六年生に戻った俺を取り巻く 懐かしい顔ぶれ。 優しい先生。 いじめっ子のグループ。 クラスで一番美しい少女。 そして。 密かに想い続けていた初恋の少女。 この世界は嘘と欺瞞に満ちている。 愛を語るには幼過ぎる少女達と 愛を語るには汚れ過ぎた大人。 少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、 大人は平然と他人を騙す。 ある時、 俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。 そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。 夕日に少女の涙が落ちる時、 俺は彼女達の笑顔と 失われた真実を 取り戻すことができるのだろうか。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

あの音になりたい! 北浜高校吹奏楽部へようこそ!

コウ
青春
またダメ金か、、。 中学で吹奏楽部に挫折した雨宮洸。 もうこれっきりにしようと進学した先は北浜高校。 [絶対に入らない]そう心に誓ったのに そんな時、屋上から音が聞こえてくる。 吹奏楽部で青春and恋愛ドタバタストーリー。

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

処理中です...