劇中劇とエンドロール

nishina

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可愛そうなお姫様の話

二十二話

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 少しばかり混乱していたのかもしれない。真っ直ぐで素直なきらいのある歌乃が他人の名前まで持ち出して嘘を吐いてばれないとも思えない。恐らく暁の目にも分かる程不自然な態度になると思う。それに暁と梓が喧嘩した現場に歌乃はいなかった。確か早々に部室を出たところを暁も見ていた覚えがある。ならば彼女の言っている内容は事実であり、山吹は暁を庇うような発言をしていたのを信じるのが無難だろう。
 そこまで考えてふと思い出した事がある。あの日、口論していたのは暁と梓だけでなかった。
 いきなり黙ってしまった暁を不安そうに見つめていた歌乃に、暁はその疑問をその儘口にした。
「あのさ歌乃ちゃんて柏くんとそんな仲良かったっけ」
「いや、普通ですよ。どっちかというとわたしがあいつを練習とかに付き合わせてるだけで」
「それだけ?」
「それだけって、他に何かあります?あ!付き合ってるわけじゃないですから!!柏はお芝居上手いって皆言うし、同じ歳で色々相談しやすいってだけですよ!?」
「あ、なるほど……そういう事か」
 暁は真面目で冗談の通じない歌乃と、皮肉屋でマイペースな山吹に親しくなる要素は無いと思っていたが、歌乃が勤勉で努力を惜しまない情熱的な部分と、山吹が理由は不明だが演劇部としては即戦力の実力を持ちながらも一年生で新入部員という他者からとっつきやすい立場だったところにあるようだ。
「ごめん変な事言って。柏くん、クラブの中でちょっと浮いている気がしていたけど、歌乃ちゃんが仲良くしてるなら良かった。わたしも、馴染めるようにしなくちゃいけないね」
 コンプレックスを刺激されたとはいえ、山吹が演劇部で孤立しやすい立場にいたのを分かっていたが、自分も彼から距離を取る選択をしていた。先日の休憩時間での会話こそ、他人をこそこそ嗅ぎまわった挙句陰口に勤しんでいたようなものである。
 しかし歌乃はあっけらかんと暁の言葉を否定した。
「そんな心配しなくて良いと思います。あいつ、演劇部に入部したのもお芝居したいだけだって言ってたし。わたしが練習お願いするのも面倒くさそうですもん。
 構われる方が嫌なんじゃないかな」
 そこまで言ってから、今のは悪口じゃないです、とぶんぶん買い物袋を持った手を振る歌乃にそうか、と頷き返す。とはいえやはり先日の自分達の行動は褒められたものではない。胸中で反省する。
「まあまあむかつく事言われるんですよ。口ちゃんと動いてる?とか、声の入れ方がヘタクソとか、話しながら動きが付いてけないとか……ぎったぎったにされて、滅茶苦茶腹が立ったけど、熱心に教えてくれるんですよ。だから、あいつが入部してくれて有り難いです」
 拳を握ってあの野郎などと男のような口調でぶつぶつ言っている歌乃をまあまあと宥めながら、あの山吹にもいいところがあるのだと……いや、自分が彼を悪く取り過ぎていたのだ、きっと。
 歌乃の真面目が過ぎてしつこかったり、大袈裟な言動に付き合ってくれるのだから山吹は人が良いのではないか。
「良かった、歌乃ちゃんが柏くんと仲良くしてくれているみたいで」
「いや、なかよかないですよ。劇の練習手伝わせてるだけですし」
「いやいや、良いと思うよ」
 話が奇麗にまとまったと思ったのだが、歌乃は突然真面目な表情を作って暁を見上げる。
「そんな事どうでもいいですよ!それより先輩、悪口は良くはないけどあんまり頼るなって、あのひとに言った方が良いと思います!」
 覚えていたのか、と思いながらも暁は曖昧に頷いた。はっきり言うとなればそれこそ山吹に目撃された時点で言いたい事は言った。寧ろ言い過ぎたくらいだ。だから今こんな風に気まずくなっているのだ。
「皆に心配かけてごめんね、大丈夫だよ」
 本当は大丈夫なんて言い切れる要素など何もない。梓は暁の存在など特に気にしていないような気がする。このまま時間が過ぎれば自分達が仲が良かった事も忘れ去られるのだ。それで良いのかもしれない。梓にとって自分がその程度だというのなら。
「だから、大丈夫だよ」

 歌乃に向けたわけではない一言は、小さな呟き過ぎて歌乃に聞き咎められる事もなく空気の中に溶けて消えた。


脚本が程なく完成したという報告が入り、部員に配役や役割が細かく記載された台本が配られた。当然だが配役に特に変化もなく、梓と仲直りする為の行動も起こせない儘だった。
 今まで自分が梓を守って頼られ、依存されているのだと無意識下で驕りを持っていたのかもしれない。それなら尚更自分から声を掛けられる勇気も出ない。考えてみれば梓程の美女なら幾らでも守ってくれる人も出てくるだろう。そう考えると話し掛けるのも怖い。用済みだと切り離されてもおかしくないだろう、そんな風に考えてしまうのだ。
 芝居に集中しなければならない。重要な役を任せてくれた三年生の為にも頑張らなくては。
 それでも同じ部活に所属している以上視界に入れば気になってしまう。

 結局、本格的な練習が始まって、舞台用の衣装が完成するまでになっても暁は吹っ切れてはいなかった。

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