劇中劇とエンドロール

nishina

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可愛そうなお姫様の話

二十一話

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 真面目で努力を惜しまないのは歌乃の長所であるが、彼女の正義感は自分の主観が強く、新入生にも関わらず何度か部員同士でいざこざを起こしている。大きな揉め事には至ってはいないが彼女の委員長気質とでも言うべきか、他者の性格や能力に寛容ではない面が大きく作用している。

 あいつは大道具係なのに不真面目だった、あいつは部活をサボって帰った、あの子は面倒臭い係になるのが嫌で他の人に押し付けていた、など。その度に副部長の柚葉が俺から注意するからと伝えているものの火の付きやすさ故だろうか。気が付けば既に揉めている。本人は間違っている人間を正そうとしているつもりであくまで悪気がないから、強くも言い難い。今回、歌乃にとって問題を起こした対象である梓が先輩だから一応カチコミに行くような真似は控えたらしいのが幸いである。
 もし歌乃が梓のように割り振られた役割に不満が出たとしても、恐らくこの子は自分で何とかするだろう。それが妥協か、直談判か諦めからの辞退かまでは暁には予想出来ないがだからこそこの子はこうまで怒っているに違いない「一年生の自分ですら嫌なら自分で行動するのに、先輩の癖にあの人はなんて情けないんだろう」と。

 しかしそれはあくまでもっている人間の驕りだと、暁は思う。
 確かに歌乃は頑張り屋さんだ。体力作りも演技を磨く為の勉強も全力で取り組んでいると思う。だから誤解してしまっている。暁は正直に言えばこの後輩には才能というものを軽視し過ぎていると思っていた。
 どんなカテゴリにしろ、頑張ろうが勉強しようが才能が無ければ結果など付いて来ない。歌乃が扱き下ろす梓だって見目麗しい立ち姿と美貌があったからこそモデルという一部の人間にしか認められない仕事をしていた訳だし、その美しさは暁どころか光や歌乃にもない才能と言っても良い特別な力だ。それと同じで歌乃には演じる事について才能があると思う。誰もが見てわかる程でもないかもしれない。しかし
本人が努力して向上しようとするなら部内でも認められていくだろう。だからこそ今回脇役とはいえど山吹と並んで名前のある役に抜擢されたのだ。
 頑張らないからいけない、とぷりぷり怒っている歌乃に自覚がなさそうなのが少し不安でもある。頑張ったから。努力が認められたから今回メイド役を得たと歌乃は思っていそうなのだ。幾ら頑張っても今回名前のある役を貰えなかった者もいる。歌乃と彼等の厳然とした差は才能だ。彼女にはきっと暁よりも才能がある。本人に言ったところで否定するのは目に見えていたけれど。
 
 自覚のない才能の持ち主は残酷だ。
「歌乃ちゃんや、柏くんが才能あるから他の子が適当に見えるのかも知れないけど、皆それなりに頑張っていると思うよ?」
 さり気なく伝えてみようとしたが歌乃は不満そうに唇を曲げた。
「ええ……?そうなんですか?ってか、柏は知らないけど、わたしは才能なんてないし、よくわかんないです」
 口煩い先輩にはなりたくないが、穏やかに伝えたところで歌乃がすんなり納得してくれるとは思わなかった。それに努力を全て才能の前には無意味とも思わない。この子の言う事も間違っていない、というより暁はそう思いたい。
 自分は才能がない。歌乃の無自覚な独善性、努力至上主義な考えを否定するという事は中学生の時までは目を逸らせていた事実に、才能もないのに努力だけで選ばれる、報われる、夢が叶うと信じていた自分と向き合わなければ。
 心の奥底がひんやりと凍てつくような気がした。
 こんなところで、才能もないやつが、どうして。
「先輩、どうかしました?」
「何でもない。歌乃ちゃんの気持ちもわかるよ。でも、うん。人の陰口は良くない。良くないと思った事は副部長に注意して貰うのがいいよ。直接言うと喧嘩になっちゃうし」
「そ、そう、ですよね。すみません……黒神先輩に、むきになって、ごめんなさい」
 正論で誤魔化した。本心は自分の中の、自分に冷や水をかける嫌みたらしい存在から距離を取りたかっただけだ。
 それこそ現実逃避だとは、気付いていた。

 夢は叶う。何時か叶う。そうじゃないと今ここにいて、みっともなく夢にしがみ付いているわたしの存在意義はなんだ。傍らの、演劇を始めて数か月の後輩は既に役を得ている。死体役やら道具係からだった、わたしは何。

「そうだ歌乃ちゃん、柏くんが言ってたて言うけど彼わたしと梓の事、なんて話していたの?」
 話題を変えようとしたのに自分で泥沼にはまっていると知ったのは発言してからだ。声は皮肉な己の心を投影したみたいに冷たい。
「あ!違います違います!あいつそこまで悪口言ってないです!わたしが勝手に誤解しただけです」
 声が威圧するようなものだったせいだろう。それに加えて叱られた傍から振られた話題だというのも大きいか。自分と一緒になって同級生も陰口に勤しんでいると大好きな先輩に誤解されていると勘違いしてしまったらしい。歌乃はぶんぶんと首を振ると、しどろもどろながら弁明を始めた。
「あの、配役を決めた日、だらだらしていたら近くで先輩と黒神先輩の話が聞こえてきちゃったんだって。そしたら、黒神先輩が尾根先輩を羨ましがって、えと、一方的に八つ当たりしてて……尾根先輩可愛そうだって。
 あの、先輩がリリィの役になったのは、脚本の人の指定だったんですよね?だから尾根先輩が良い役なのは、先輩の所為じゃないし……それに、あいつ言ってたから。あの役に尾根先輩ぴったりじゃんって」
 言葉がなかった。刹那、柏山吹という少年の言葉だと言った、歌乃のその言葉が信じられなかった。 
 柏山吹を正直苦手だと思っている。有名俳優の息子だとか子役経験ありとかいう噂を抜きにしても彼の言動は軽くて、ちゃらちゃらしていて生意気だ。それなのに、演劇部では早々に実力を発揮している。
 何より彼の口は他者に厳しい、辛辣だ。悪気がないとかそういう問題じゃなく他人の気持ちなんてどうでもいいんだろう。妹の、由香だけで十分だ。自分に、自分の夢に努力に心に辛辣な存在は。
 
 その山吹が自分の心に気遣うような言葉を投げかけるとは思えなかった。
 喜ぶべきなのだろうか。声が無いように何も口に出来ない。ようやっと出てきた言葉は平坦な感情に乏しい相槌だけだ。
「そうなんだ」
「はい、ちょっとは悪い言い方してたかも知れないけど、尾根先輩は黒神先輩に気を遣う必要なんて絶対ないと、わたし思います」
 頷けなかったのは歌乃の言葉が耳に入っていなかったからだ。
 悪意を抱いていた。敵意を感じていた。それらは自分の思い込みだったのだろうか。混乱する。

 
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