劇中劇とエンドロール

nishina

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可愛そうなお姫様の話

十九話

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 何時か聞かれるだろうなとは予想していた。
「お前ら何時になったら仲直りすんの?」
 発言したのは一緒に買い出しに来た同級生の男子である。こちらは衣装班の手伝いの為、男子の腕力が重宝される重い物を運ぶ訳でもないのにどうしてついてきたんだろうと思ったが、お節介精神の賜物だったのだろう。暁は眉をしかめた。お前には関係ないだろうと余程言いたかったが、同じ部活動に在籍している人間が何時までもギスギスしていたら何か一言言ってやりたくなる気持ちも理解できない事もない。但し、梓ではなく自分の方に折れろと言いに来るのが癪に障るのは大人げないのだろうか。
「ずっと黒神しんどそうにしてるしさあ。何があったかしらんけど、仲直りしてやれって。お前だってしんどいんじゃないの」

 梓は気が弱く、大人しい少女だ。それに比べて演劇部でも端役だろうが死体役、もっと酷ければただただ演目を書いたプリントをコピーする係でも文句ひとつ言わず根気良くやり遂げ、はきはきと意見を言う暁の方に要望を口にしやすいのは理解出来る。納得出来るかどうかはまた別の話ではあるのだ。
 溜息を胸中で吐いた。納得なんかしたくはない。
「それはわたしじゃなくて梓の方に言ってよ。梓が何をどうして欲しいのか、わたしじゃわかんないんだから」
 もうたくさんだ。芝居をする事、演じる事だけを考えていたいのに耳障りな事が暁の脳内の神経をピリピリと引っ掻き回す。

 葵が執筆した小説が台本に書き起こす作業も大詰めとなった。それまでは役者陣に出来る事がほぼ無い為時代考証を元に舞台装置や衣装、小道具などの裏方の手伝いをするのが通例である。
 今この場に梓はいない。梓とは冷戦状態が続いているのもあり、暁が衣装班の買い出しに着いて行くのが決まった段階で、梓は大道具に使うペンキや木材の荷物持ちに立候補していた。見た目に反して、という事もなく梓は非力なので役に立つのかどうか暁は知らない。
 暁は何も知らない。
 梓は暁に今何を求めているのかさっぱりわからないのだ。謝罪が欲しいのか。謝罪の上、やはり魔女の役は嫌だと暁の口から副部長に進言して欲しいのか、なんとなく仲直り出来たらそれで良いのか。泣いてばかり、困った顔をして俯いてばかりの梓ばかり見ていた暁には皮肉ではなく、本当にわからなかった。
 今となっては釈然としないながらも率先して謝っておけば良かったとも微かに思う。最初はただ腹を立てていた暁だったが段々自分を必要としない生活に慣れてきているように見える梓が怖いように思えていたのだ。
 彼女にとって自分はたいした存在ではない。そう思う事に怖気づいている。
 何故だ、とも思う。彼女のお世話係はうんざりだったのではないのか。わからない。
 何にも考えたくない。女優への憧れも、そこに付随するみっともない己の汚い劣等感も、無責任にぽろぽろ涙を流すだけの梓も、嫌いだ。
 リリィという役目を果たす。今の自分にはそれだけで良いのに。
 うんざりどころか不機嫌な感情が露骨に顔に出ていたのだろう。話し掛けてきた男子はそれ以上何も言わず、誤魔化すみたいにお前の荷物持ってやると買い物袋を暁の手から奪い取ると、先を歩く他の買い出し集団に紛れて行ってしまう。一人取り残された形の暁の元に、すすすと新たな人間が近づいて来ていた。
「そんな感じ悪い顔してた?わたし」
「何がですか?先輩!」
「うわ、びっくりした」
 眉を顰めて目の前の団体を見据えてぼやく暁に、元気な声をお届けしてきたのは一年生の山木歌乃だった。先日、配役決めの段階で副部長に意見したところ、近くにいた山吹と舌戦になりなんとなく敗北を喫していた少女である。肩より少し長めに伸ばした柔らかな茶色い髪と瞳を持つ、一見すると女の子らしい印象の強い可愛い女の子だ。首からは高校生にしてはかなり子供っぽいちゃちなつくりの飾りが付いたネックレスをぶらさげているので尚更夢見がちな乙女かと思えば、そうでもない事は先日の山吹との口論からも伝わってくる。
「歌乃ちゃんか、びっくりしたわ……」
「そんな吃驚します?声でかいかもしんないです、わたし」
「しんない、じゃなくてかなりでかいよ」
「声量コントロール、慣れてきたつもりだったんだけどなー」
 そう言って頭を掻いてぴょこんと頭を下げてくる。吃驚させてすみませんでした!!と、これまた力の入った大音量で。鼓膜にびりびりくるが、悪気があっての事ではないので不快感はなかった。つい半年前までは中学生だった歌乃は、演劇部に入ったのは高校生になってからだ。練習熱心で真面目な態度は先輩方にも覚えは良く、だからこそ今回の劇で殆ど台詞のない端役だと言えど名前のある役に選ばれたのだと言える。
 今時珍しく年功序列に厳しく、しかし納得いかない事や道徳的に許せない事は相手が誰であろうと引かない、その気の強さは若干危なっかしさも感じられた。一つしか歳に違いはないというのに、山吹にはないものを歌乃からは感じる。若さというか幼さなのか、山吹が捻くれているだけなのかもしれないが。
 声量が制御できないのも、高校から演劇を学びだしたのをカバーしようと、独学でカラオケに行って発声練習などに勤しんだ結果、入部当初よりは声が良く通るようになったが、今度はそれが癖になってしまったらしい。体力作りの為朝晩やはり自主練としてグラウンドで走り込みを連日行い、結果ただでさえ慣れない一時間程かかる登校時間に加えた自主練の疲労で、高熱を出して倒れたりもした。やる事が極端なのだ。
「それより、何かあったの?もうちょっと前歩いてなかった?」
 前を行く演劇部集団を差して問うと、漫画のようなふくれっ面を見せてくる。歌乃の性格を知らなかったらぶりっ子かと疑わんばかりの見事に可愛らしさに溢れたむくれた表情に、笑いそうになる。やはりこの子は子供っぽい。
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