祓い屋木暮と飯田くん

あたか

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祓い屋との出会い

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 今日はもう帰っていいよ。上司の言葉が頭の中を無限にループする。そこに優しさは含まれていなく怒りと呆れしかなかった。いや、暴言を吐かれても可笑しくないくらいの事はやってしまっているのだから、優しいと言えば優しいのかも知れない。
 最近は仕事でミスをしてばかりだ。動物が大好きで憧れのトリマーになりたくて、どうにかして見習いとして雇ってもらったのにいったい自分はどうしてしまったのだろう。
 飯田文人(イイダフミト)は最近の自分自身に異変と違和感を感じていた。何もない所で転んだり、親友の豊川からの連絡もパタリと途絶え──遊びに行く約束をしていたため喧嘩をしたわけじゃない──、普段は絶対吠えない犬が自分にだけ噛みつく勢いで吠えてきたり、洗ったはずのタオルが洗濯機に戻っていたり、消毒したはずのスリッカーブラシやコームがゴミ箱に入っていたり……。そのせいでトリミング時間が長引いてしまうし、タオルが足りないと怒られてしまうしで申し訳ない気持ちと焦りで精神的に削られる毎日。今日も飼い主さんにトリミングに時間がかかっていることを電話で報告し謝罪をしたばかりだ。──どうしてだろう。ちゃんとタオルは洗ったはずだし乾燥機にもかけたのに……。スリッカーやコームだって洗って消毒して干して……。
 文人は嫌がらせも疑ったが、上司である松井さんはそんなことをする人ではないし、アルバイトの篠原さんも嫌がらせをするような人ではない。むしろ二人とも真面目で仕事に誇りを持っている人で、そんな事に時間を割いている暇はない!仕事しよ!というような人間である。なので嫌がらせや虐めの可能性は低い。それならどうして?まさか霊現象とか?その手のことにめっぽう弱い文人は、瞬時にいやいや!それはないでしょ!と心のなかで否定をする。そして最終的に無意識のうちに自分がやってしまっているという考えに落ち着いた。

「はぁ……」

 ──やっぱり俺疲れてるのかな。
 交差点、信号が青になり周りの人間につられるように歩きだす。文人の溜め息は日本社会は誰も気にしない。皆疲れ切った顔で横断歩道を渡る。ああ体が重い。肩が痛い。まるで何かを背負っているような感じだ。風邪か?それともインフルエンザ?でも関節の痛みはないし、咳も喉の痛みもない。じゃあこの体調の悪さは何だろう?
 文人の足取りはだんだんとふらついてきて危なっかしくなる。歩道の僅かな段差にさえ躓いてしまい、途中で電柱に掴まって立ち止まった。突然障害物となった文人に周りは迷惑そうな目を向けるが本人はそれどころではない。頭の中は不安と焦りでいっぱいだった。──もしかして俺ヤバい病気とか……?

「……そんな、まだ二十歳なのに」

 やっとやりたい事も見つけて、まだ見習いだけど任せてもらえる事も増えてきたのに……ついてない……ついてなさすぎるだろ俺。

「あー、君ついてるね!」

 これまでの人生やこれからトリマーとして活躍していく未来を想って目を潤ませていると、緊張感のない男の声が文人の耳に入ってきた。誰に言っているんだろうと顔を上げれば黒いスーツの男が「君、ついてるよ」と、今度は面と向かって言ってきた。体にフィットしたスリムスーツが似合うその男の唇がゆるりと弧を描く。

「え……えっと、ついてる、とは……?」

 ゴミか何かですかね?と自分の服装を確認する。何もついていない。じゃあ顔についてるとか?とペタペタ顔を触っていると男が鼻で笑った。

「違う違う、ついてるっていうのは霊的なアレね」
「……ま、まさか憑いてるってことですか!?」
「うん、だからそう言ってる」
「うぇ!?ま、マジですか……?俺霊とか本当無理なんです!」
「祓ってあげるよ、俺が」
「…………ふざけてます?」

 軽いノリで言っているような感じに見えて文人は怪訝な顔をする。なんだこの人、というのがありありと表情に表れていて、男が胸元のポケットから名刺を一枚取り出す動作を注意深く見つめた。

「大丈夫、怪しくないから。ちゃんとした祓い屋です」
「祓い屋……こぐれ、つかさ?」

 名前を読み上げて男を見上げる。事務所も構えているようだがちゃんとした祓い屋なのかは疑わしい。文人の中で祓い屋のイメージは和装だったからだ。でもどう見ても目の前の男、木暮はホストのようにしか見えない。スリムスーツが良く似合うハンサムが文人を見下ろして言った。

「最近変な夢とか見ない?」
「ッ!」
「それか夜寝てる間に誰かに触られたりとか~」
「な、なんでそれを知って……!」

 木暮はやっぱりかと笑った。菫色の目がスッと細められ文人は少しドキッとする。まるで何でもお見通しだと言われているようで居心地が悪い。

「そこの公園でいいからちょっと座って話さない?」

 木暮は道路を挟んだ向こう側の小さな公園を指差す。夕暮れを過ぎた公園に人はいない。虫が飛び回る街灯がベンチを照らしていた。
 どうする?と訴えかける菫色の瞳に文人は拳をグッと握った。祓い屋だなんて信用してもいいのだろうか。分からないけれど、"アレ"について何か解決策があるのなら話してみるのもありかも知れない。

「分かりました」

 文人の返事に木暮はにんまりと笑った。
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