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第2章 未来での再会

第18話 第2章 完 ~家族というもの~

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日は暮れているというのに明かりのつく気配はない。闇と静寂がただひたすら、その家屋を支配している。“静寂”は正しい表現ではないのかもしれない。時折、すすり泣く声がするからだ。
全ての原因は奥の一室から発せられている。一室の更に奥の中心には一人の少年の遺影がたたずんでいる。傍には遺体なき白木の棺・・・。
すすり泣く声の主はその少年の母親だ。“サヤカ・トキノ”、顔立ちは幼く二児の母と言われて納得する者などいない程若々しい。かつて表情一つ変えることなく多くの魔物や悪意あるものを屠った面影はどこにもなく、今では花壇の水やりが趣味の女性――のはずなのだが、それらの形容は全て無と化している。脱力した形で壁にもたれかかり、天井を見上げ焦点定まらぬ虚ろな瞳は宙をさ迷っている。目元は赤く腫れ、涙は流れることを止めようとはしない。
彼女を支える少年の父親、“トウマ・トキノ”にしてもそうだ。年齢より若く見える容姿のはずが、見る影もなくなっている。唇を噛みしめ涙を流さぬよう必死に耐えてはいるが瞳には涙を浮かばせている。生気の抜けた伴侶を優しく抱き抱え無言のままじっとしている。息子を助けようと直前まで無理をしていたのであろう。数多の秘境や迷宮を飲まず食わずで駆けまわり、装備も体も傷だらけのまま着替えることも手当てすることもなく、ただひたすら愛する人を支えようとしている。

かけられる言葉は何もない。家族を失う喪失は言葉一つで埋まる程浅くはない。

リアと少年の妹と思われる少女は、そんな二人に何もできない悔しさと失った悲しみに耐えるように抱きあい涙した。

“少年の遺体が消えた”、通常では起こり得ないことのはずだ。リアが入手した犯人の手掛かりと少年の遺言、話すべき重要な内容のはずだ。
そのはずなのに、少年の両親の姿を目に移した時、全てが霧散した。

喪失――大切な人を失うことは理屈で推し量ることなどはできない。してはいけないのかもしれない。




永遠に続くようにも伺えるその雰囲気も呼び鈴の音により傾き始める。
一般的な家庭によくある『ピンポーン』の響きは、その場に似つかわしくない音色だ。人によっては侮辱にも捉えられたかもしれない。
誰も応対しようとはしない。することもできない。
その音が、本当に絶望という闇を壊すことになることを誰もが知らなかった。

☆★☆

数分前に遡る。

「あと少しで到着するけど、緊張してる?」
「実は少し。」
「かくいうぼくもだけどね。」

何とも言えないぎこちない笑みを互いに浮かべながら、夜の街並みを二人で歩いていた。目的地は転移魔法陣サークルから比較的近くにあるようで、徒歩でも行ける距離だった。折角だし、景色を見ながら歩いて行こう、ということになった。
なんだろう?俺はこの景色を見たことがある気がする。この世界の自分と一つになったのだから、記憶があっても不思議ではない。引っかかることといえば数年前より更に昔に見たことがあるような気がすることだった。
頭を振り、思い出せない記憶というものはそういものなのだろうと努めて気にしないようにする。他にもっと考えるべきとことがあるのだから。

「なんとなくですけど、この風景みたことがあるような気がしたんですよ。」
「そうかい。」
「ええ、これから会う両親もそう思えるかもしれません。」
「そうだね。」

両親となる人を“父”、“母”として見ることができるのだろうか?
家族としてやっていけるのだろうか?
不安が尽きない。過去のどんな強敵と戦う時よりも緊張しているような気がした。

「着いたよ。まずはぼくから話すからね。準備はいい?」
「ええ、お願いします。」

目的地は城や豪邸というわけではなく、周囲の住宅と同じような形をした二階建ての木造建築物、庭は少し広めで花壇には色々な花が彩られていた。

深呼吸をし、ナオヒトさんが呼び鈴なるものを押すと来客を告げる電子音が鳴り響く。鳴り終わるも人が近づく気配はない。家屋からは人の気配は感じられる。無人というわけではない。二人で顔を合わせて頷き合い再度鳴らすが結果は変わらなかった。
このまま立ち尽くしても仕方がない。恐る恐る扉に手を伸ばすと鍵がかかっていないことがわかる。数回扉を叩き遠慮がちに扉を少し開いて家主にこちらの意思を伝えることにした。

「夜遅くにすみませーん。探索者協会からの紹介で来たものですが、どなたかいらっしゃいませんか?」

しばらくして、俺と同じか少し下位の年頃の少女が出迎えた。長い黒髪を三つ編みにしたおさげの女の子だ。普段であれば可愛い子に分類されるのだろうが、その目はふし目がちで「今は帰ってくれませんか?」と語っている。

「すみません。両親が今はちょっと・・・。今日は時間も遅いですし・・・。」
「そうだよね。でもどうしても会ってもらいたい人を連れ来ているんだ。」
震える心と体を奮い立たせ、俺はナオヒトさんの背から顔を出し、軽く会釈する。
「嘘・・・、兄さん!?でも・・・。」
「ご両親、お話できるかな?」

混乱した様子ながらも少女は了解し、奥へと駆けて行った。
「お父さん!お母さん!早く来て!いいから早く!」
少女の叫び声とともにバタバタと物音が聞こえる。
死んだ人間が玄関から現れれば当然の反応だろうことは想像するに難くはない。

程なくして、両親らしき人が現れた。ナオヒトさんが先に何かを話している。それにしても二人とも憔悴しきった様子だ。かつて旅をしていた時見かけた光景でもある。家族を失い残された人は皆同じだった。もっとも今は驚きで眼が見開いている。生気の感じられなかった瞳に光が戻りつつある。視線が合う。
俺はこの人たちを知って・・・いる?
ズキリ、と途端に激しい頭痛が襲い来る。魂の奥底から何かを無理やり引きずり出されるような痛み。埋没していたはずの記憶の一部が蘇る。この世界の自分のものではない。当の昔に失った俺自身の記憶だ。嬉しさ、悲しさ、懐かしさ、様々な感情が俺の中を駆け巡る。俺はこの人たちを知っている。

「カズヤ・・・なの?」
かあ・・・さん?」
「カズヤ?」
とう・・・さん?」

俺の問いかけに対して、肯定の意を込め頷くと二人ともその瞳に涙を浮かばせた。
対して俺はまだ混乱したままだ。なぜなら記憶の中の両親は・・・。

「死んだ・・・はずじゃ・・・なかったの?俺をかばって、俺の・・・せいで・・・?」

ゆっくりと近づいてくる両親。立ち尽くしたままのナオヒトさんと少女は固まっている。

「父さんも・・・母さんも・・・生きている。うっ・・・、良かった。本当に・・・良かった。ぐっ・・・。」

ついに俺の涙腺は決壊した。俺の発言にこの場の誰もが理解を示してはいなかった。もっともそんなことはどうでもよかったのかもしれない。少なくともこの人はそうだった。
俺が「母さん」と呼んだ女性はそっと近づくと俺を抱き寄せ髪を梳き始める。

「あなたの、お母さんよ。お父さんも・・・お母さんも生きている。カズヤ・・・あなたもね。みんな、みんな生きているの、ね?」

その場で涙せぬものは誰一人いなかった。父さんも加わり抱き合ったまま、しばらくの間そうしていた。


落ち着いたタイミングを見計らい。ナオヒトさんは「後日改めて」と別れを告げ去って行った。気を使わせてしまったようだが、感謝はしない。帰り際にそっと「今度、例の彼女さんを紹介してね?」と囁いて行ったからだ。

そういえば、この母さんに良く似たこの子は誰だろう。双子と言ってもおかしくない位よく似ている。母さんも幼い感じだが、更に幼くしたような・・・まあ。歳相応なのだけど、そういえば俺のことを「兄さん」と呼んでいたような気がするが気のせいだろうか。記憶上、俺は一人っ子のはずだ。妹はいなかったはずだ。そう考えていると目が合ってしまった。

「私のことは・・・分かる?」
「妹、妹なんだよね?」
ぱぁっ、と明るい表情になる少女。どうやら正解のようだが、このあと俺は失言することになる。
「母さんの。」
「ふへぇ。」
少女は間抜けな声をあげたが構わず続ける。
「母さんの妹、なんだよな。」

あれ?違ったのか。少女は下を向き顔を赤くしながら拳を握りしめ震えている。
父さんと母さんは笑うのを必死に耐えている。

「・・・さんの・・・。」
「?」
「兄さんのバカッーーーーーーーーーー!」

耳がキーンッ、とする。竜の咆哮より効いたかもしれない。少女はどうやら“ヒカリ”と言ってれっきとした俺の妹らしい。この世界の俺にはいたんだな。妹!

「兄さん、私のこと分からなかった。そうしたら分からないかな・・・。」
頬を膨らませながら呟くと奥に引っ込み手を引きながら連れてきた。そういえば先程から遠くの方で遠慮がちに様子を伺っていたな。家族水入らずを邪魔しないように気を使ったのだろう。

「兄さん!この子は分かる?」
背中を押して連れてきた人物を俺の前につきだす。腰までかかる長い黒髪が揺れる。分からないわけがあるはずない。この再会を何より俺は待ち望んでいたんだ。
答えはもう決まっている。

「リア。」
「「「「えっ!」」」」
「リア・シオウ。」

「ちょっと兄さん、私は分からなかったのに何でリアちゃんは即答なの!」
「これは驚いたな。」
「クスクス、こういうところ、トウマとそっくりね。」
三者三様に驚くが最後の一人は別のことで驚いたようだ。

「名前。“リア”って・・・。最近はわたしのこと“シオウ”で呼んでいたのに?」

そうだったのかと一人思考していると、母さんが突っついてきた「何かいってあげなさい。」とのお達しだ。言うことは決まっているので俺としては別に構わない。上目づかいで俺を伺う彼女にこう言い放った。

「リア、綺麗だ。可愛いと思う。」
「へ?えっ、えっと・・・。そのアリガト・・です。」
既視感があるものの素直な感想を口にした。あれ?なんかみんな呆れてる?

「兄さん、それは答えになっていない。それにそういうことは二人きりの時にしなきゃ・・・。」

うん?ああそういうことか。

「俺にとって“リア”は“リア”だからな。それでいいだろう?」
「う~ん。違うような気もするけれど、それでいいのかな。リアちゃんも嬉しそうだし。ほら。」

確かに顔中赤くなって固まっている。見ていると、とても愛おしく思えてくる。家族がいて、かけがえのない人がいるこの時間を俺は守りたい。

だから今は――

「改めてになるけど、その・・・ただいま。」
「「「「おかえり」」」」

こうしてカズヤは無事帰還し彼女を守る戦いに本格的に身を投じることになる。
そして、リアもまた、これから起こることに予感を感じていた。
彼女の瞳に映るカズヤの姿に、銀色の髪と光の翼を持つ剣士のそれが重なっていたのだった。































































































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