僕はただ、ソムリエールの南さんにかっこいい所を見せたいだけだ

1話

ここは都内某所にあるワインバー「サーバト」。


「また来ちゃったよ。」
僕の目の前にあるのは重厚なドア。黒くて重そうで、まるで入ってくるなと云われている様な感覚に襲われる。

しかし、そんな感覚に襲われながらも重厚な扉をゆっくりと押し開いた。

「いらっしゃいませ。あ、川端さん。また来てくださったんですね」

綺麗な黒髪を後ろで束ねた美人の店員さんが声を掛けてくれる。彼女は、ここの店員でソムリエールの南さん。苗字しか知らない。

おっとりとした、その声を聞くだけで心が落ち着いてくる。

「こ、こんばんは。前回呑んだワインが美味しくて、また来ちゃいました」

落ち着く？嘘だ。少なくとも今の僕の心臓はバクバクと高鳴っている。
彼女の整った眉毛だとか、陶器の様な肌とかに目を奪われていた。目を合わせようものなら、顔が赤くなることは請負だ。
今のセリフだって、昨日の晩から考えていたのだ。どうしたらスマートな大人を演じられるかと。

「わあ。嬉しいです。あのワイン、私がセレクトしたんですよ。」
「そうなんですか。それは……」
あ、やばい。カッコいい言葉が思いつかない。何か、何かないかと必死で思考を巡らせど、二の句が継げずにいた。
そんな僕を不思議そうに見つめる彼女を見ていたら、早く何かを言わなければとなんとか口を開く。

「……それは、グッドですね。」

あっれ～？今なんて言った？どうして日本語が不自由な人みたいな感じになったんだ。

「ふふ。どうぞ御掛けになって下さい。」
「あ、はい。」
特に気にも留めていないという彼女の柔らかい表情に救われて、カウンター席に腰かけた。