ゴブリンロード

水鳥天

文字の大きさ
上 下
160 / 213

咖喱

しおりを挟む
 進み続けるロードを乗せたヴァルが背丈のある草むらを抜けると開けた空間へと出ていく。その空間は草が押し倒されたようにして作られていた。

 ユウトは立った草を抜けてすぐ立ち止まってあたりを見渡す。思いのほか広く作られた広場ではハイゴブリンの四姉妹が一つの球を打ち上げて何やら遊んでいた。隅には大きな金属の塊がる。その形はタイヤのない車、トラックをユウトに連想させ、表面の光沢はヴァルに似ているとユウトは思った。

 そしてさらに奥でリナと思しき人物が加熱用の魔術具に乗せた鍋をのぞき込んでいる。ユウトにとって懐かしい香りはその鍋から広がっていた。

 立ち止まっているユウトを気にすることなく進むロードとヴァルに四姉妹は気づいて玉遊びを中断させて駆け寄っていく。それぞれがロードの足元でしきりに何かを伝え、ロードは静かに聞いていた。

 ユウトはそんな四姉妹の後ろを横切り、鍋の中身をかき混ぜているリナの元に向かってゆく。ある程度近づくと足音に気づいたのかリナは顔を上げてユウトを見上げた。

「あ、ユウトさん。来てたんだ」
「ロードに誘われてね。それで・・・気になってるんだけど、今作っている料理はなんだろう?」
「これね。ジヴァから教わった料理でカレーっていうの。随分と遠いところの料理で珍しい香辛料を使ってるわ。ユウトさんもよかったら食べていく?」
「うん、ぜひ食べたい」

 ジヴァの名前が出てきたことでユウトは一人、納得する。あの日、渡した自身の記憶を参考にしているはずだと考えた。

「ジヴァから作り方と材料は渡されているけど、なかなか難しくてようやく味が安定し始めてきたところでね。初めて使う香辛料の調節が難しかったわ」

 そう言いながらリナはどこか楽しそうにぐつぐつと煮立つ鍋をかき混ぜている。

「辛さはどんな感じ?あの子たちでも食べらるくらいなのかな」
「あら、この料理知ってるの?確かに始めは辛すぎて不評だったから香辛料の量を調節したりはちみつを加えてみたりしたわね」
「ああ・・・そうか。うん、たぶん知ってる料理なんだ。オレにとって故郷の味と言ってもいいかもしれない。二度と食べられない気がしていたからすごく懐かしくなってしまった」

 ユウトはそれまで意識して自身の出自に関してジヴァの他にその詳細を伝えることがなかったことに改めて気づいた。

 努めて隠していたわけではないが、なぜかわざわざ言う必要もないと思っていたことを自覚する。この世界はこの世界なりに積み上げてきたものがあって、比べようがなかったためかもしれないと感じた。

 大石橋の壮大さ、魔術具の技術はユウトの想像を超えている。自身の発想力や思考力程度では元居た世界の知識は別世界で活かしきれないなと思いふっと笑ってしまった。

「え?もしかしてどこか違ってたりする?ジヴァも作り方しか教えてくれないし」

 リナにその笑い声を聞かれ、リナは焦ったようにユウトへ尋ねる。

「いや、今のままで十分だと思う。異国で完璧な再現はどうやってもできない代物もあってね。それでも似たものは作れているはずだよ。オレは香りだけで昔を想い出せた。皆がおいしいって感じられる出来ならそれでいいんだ」
「そお?なら大丈夫かな。今の出来ならあの子たちには好評よ」

 リナはどこか不満そうにしながらも納得したように見えた。

「それならすごく楽しみだ」

 今度のユウトは本心からの笑顔で気持ちを伝える。より一層広がるいい香りに誘われるように姉妹たちが鍋の周りに集まってきた。

 四姉妹は慣れた様子で夕食の準備を進め、ユウトもそれを手伝う。四姉妹はユウトをどこか遠巻きに腫れ物を触るようなよそよそしさのままあれこれ指示をだした。

 あらかた準備も終わり、リナと鍋のすぐ隣に広げられた厚手の広い布が敷かれる。その上で履物を脱いだ四姉妹が一人ずつ木製の器と匙を持って並んで座り、ユウトも姉妹たちを対面にする位置で胡坐をかいていた。

 四姉妹はじっとユウトを観察するように見つめる。ユウトはなんともいえない居心地の悪さを感じながらリナを待った。

「さぁ、できたわ」

 リナの一声で四姉妹たちの注意はユウトから一斉に移る。一人ずつ順番に鍋の元に行ってはリナにカレーをよそいで行った。

 四姉妹の視線から解放されたユウトは視界の中にロードを探す。ロードはユウト達から離れたところでヴァルに乗ったまま佇んでいた。

「ユウトさんもどうぞ」

 ユウトはリナに呼ばれ鍋の近くへと寄ると器によそがれたカレーを渡される。黄味の強い色合いの液体の中には玉ねぎ、にんじん、じゃがいもとゆうとにとって見慣れた具材が見て取れた。肉もあり、それはどうやら鳥肉のように見える。添えられて浸かっているのはパンでだった。

 さすがに米まではジヴァでも用意できなかったか、とユウトは思いながら漂う香りを懐かしむ。

「ロードは食べないのか?」

 ユウトは動こうとしないロードをちらっと見てリナに尋ねた。

「ええ・・・ロードはもう食事を口にできる状態ではないの。かろうじて水を飲めるくらいでね」

 困ったような、悲しむような笑顔でリナはユウトに答える。

「そうか」

 その表情からユウトはそれ以上何も聞けなかった。

 ユウトは元居た位置に戻って座る。四姉妹はというと元居た位置に戻って座り、じっと手に持った器を身を炉していた。

「あれ?食べないのか」

 思わずユウトは疑問を口に出してしまう。すると四姉妹は一斉にユウトを注視した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

新婚初夜に浮気ですか、王太子殿下。これは報復しかありませんね。新妻の聖女は、王国を頂戴することにしました。

星ふくろう
ファンタジー
 紅の美しい髪とエメラルドの瞳を持つ、太陽神アギトの聖女シェイラ。  彼女は、太陽神を信仰するクルード王国の王太子殿下と結婚式を迎えて幸せの絶頂だった。  新婚旅行に出る前夜に初夜を迎えるのが王国のしきたり。  大勢の前で、新婦は処女であることを証明しなければならない。  まあ、そんな恥ずかしいことも愛する夫の為なら我慢できた。  しかし!!!!  その最愛の男性、リクト王太子殿下はかつてからの二股相手、アルム公爵令嬢エリカと‥‥‥  あろうことか、新婚初夜の数時間前に夫婦の寝室で、ことに及んでいた。  それを親戚の叔父でもある、大司教猊下から聞かされたシェイラは嫉妬の炎を燃やすが、静かに決意する。  この王国を貰おう。  これはそんな波乱を描いた、たくましい聖女様のお話。  小説家になろうでも掲載しております。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

貴方に側室を決める権利はございません

章槻雅希
ファンタジー
婚約者がいきなり『側室を迎える』と言い出しました。まだ、結婚もしていないのに。そしてよくよく聞いてみると、婚約者は根本的な勘違いをしているようです。あなたに側室を決める権利はありませんし、迎える権利もございません。 思い付きによるショートショート。 国の背景やらの設定はふんわり。なんちゃって近世ヨーロッパ風な異世界。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様に重複投稿。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

無名の三流テイマーは王都のはずれでのんびり暮らす~でも、国家の要職に就く弟子たちがなぜか頼ってきます~

鈴木竜一
ファンタジー
※本作の書籍化が決定いたしました!  詳細は近況ボードに載せていきます! 「もうおまえたちに教えることは何もない――いや、マジで!」 特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。 しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。 バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて―― こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。

処理中です...