ゴブリンロード

水鳥天

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新旧

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 その者は全身をマントで覆い椅子の背もたれに身体をあずけて座っている。ユウトは何か不穏な感情を抱かずにはいられなかった。それは不安と懐かしさが入り混じっている。ユウトは自身の経験とゴブリンの身体の感覚が離れていく気がした。

 向かい合った椅子のどちらも見渡せる側面にジヴァが座っている。閉じていた瞳をゆっくりと開け、ユウト達に視線を向けた。

 屋根を打ち付ける雨音が室内を反響している。その音をジヴァの悪意の混じる透き通る声が遮った。

「何をしている。席は用意した。早く座るといい」

 自身の感覚に戸惑い硬直していたユウトははっと気づき歩みを進めて席に着く。意識的に対面を直視するのを避けていた。

 横一列に全員が座る。腰を下ろしたユウトは心拍数のあがる心臓を落ち着かせるように下を向いてゆっくりと呼吸をした。そして落としていた視線を上げて対面に一人座っている者に目を向ける。手も足も見えないかったがその全体像から想像するにユウトには子供のようにしか見えなかった。

「さて、揃ったことだし始めるとするかね。わしはあくまで仲介だ。この場を提供するだけ。
だからここで暴れることは許さないよ。いいね。ではあとは好きにするといい」

 ジヴァはそう言うと深く体を包んだその者に視線を向ける。それを感じ取ったのかどうかわわからないがその者は身体を包んだマントから尖った鋭利な爪、緑の肌をした指と続き手を出してフードを取った。

 そして現れたのは身体の大きさに似つかわしくない風貌の顔。その顔をユウトは覚えていた。異形の顔はこの世界で最も間近に見た顔かもしれない。大きな鼻、黄色い瞳に深い緑をした肌のゴブリン。表情のない顔で目が据わっていてどこか生気が感じられなかった。

 ユウトが驚きと観察で頭がいっぱいになっているその時、ユウトの隣の席に着いていたガラルドの椅子がガタッと激しく床板とぶつかり合う。その音にユウトは驚き横を向いた。

 ガラルドは立ち上がることもなく椅子に座っている。座っているというより縛り付けられているようにユウトには見えた。それはジヴァとこの部屋でやり取りとしたときのことを思い起こさせる。見えるか見えないかというほどの細い糸で縛り付けられる感覚。ガラルドの身体と密着した椅子はミシとうなりが上がった。

「許さないと言ったはずだよ。ガラルド」

 ジヴァは重く、小さな声で語る。ガラルドの兜で覆った顔の表情はユウトから読み取ることはできなかった。

「それで、取引の内容はなんだ?ゴブリンの将来だとバルから聞いているけど」

 ユウトはこの場の重く張り詰めた空気を換えようと目の前のゴブリンに声を掛ける。その問いかけに答えるようにゴブリンは語り始めた。

「我はロード。ゴブリンロード。絶滅を前に種の意思から生み出されたゴブリンを統べる長。我の使命は種の存続。そのための取引を望む」
「御託はいらん。さっさと本題に入れ」

 ユウトの想像していたゴブリンに似つかわしくない流ちょうな語りをガラルドは一蹴する。

「わかった。我を含む旧世代ゴブリン全ての命と引き換えに新世代ゴブリンであるユウト達の生存権を要求する」
「新世代?どういう意味なんだ」

 自身を例にだされた新世代という言葉の意味がユウトにはとても気にかかる。

「詳しく説明する。旧世代ゴブリンとは貴殿方がこれまで敵対してきたゴブリンだ。他種族の雌でのみ生殖を行い生存と拡大を行う種だ。新世代とはユウトのような新しく作られたゴブリンだ。区別をつけるために旧世代をローゴブリン、新世代をハイゴブリンとしている。
 我を含むローゴブリンも元は作られた種族だ。他種族に寄生しなければ繁殖できない体質、残忍で感情を逆なでするような行為を率先して行うよな性質、そのどれもがそう仕組まれて作られた魔物だ。
 そして攻撃の手段としてこの国へ放たれた。貴殿方はこの攻撃に対処し、滅亡が見えてくるほどゴブリンという種族は追い込んだ。その時、我は覚醒した。誰かの意思ではなく滅亡という外部圧力によって生まれた突然変異だろう。我は明確な思考、理性を持ち、すべてのローゴブリンへの絶対の指示力を持つ。その能力を持って外圧に耐えることができる性能と他種族との共存を可能にする仕様へ作り変えたゴブリン。ハイゴブリンを作った」
「待ってくれ。言いたいことはわかった。でもそれならゴブリンをひっそりと滅亡させハイゴブリンだけで暮らしていけばいいはずじゃないか。どうしてわざわざ取引なんて持ち掛ける必要がある?」

 ユウトは話しの切れ間を待ち、感じた疑問を口に出す。 

「その通り。本来は時間を掛けて静かに新旧の移行を完了させる予定だった。しかしローゴブリンの製作者は我の存在に気づいたのだろう。危険因子とみなして排除を目論み刺客を放った。それが魔獣や魔鳥だ。すでに多くのローゴブリンが排除されている」
「そうか。それで最近のゴブリンの遭遇率の急激な低下と魔物の出現率の増加か。ゴブリンを魔物が駆逐していたのか」

 ヨーレンは納得するように声を漏らした。

「刺客として放たれた魔物に対処する術を我は持たない。穏便に移行を済ませる時間は急激に少なくなってしまった今、早急に魔物を討伐するために手を借りる必要に迫られた」

 ユウトはロードの話を聞きながら感情の起伏を読み取ろうと努める。しかしロードからは焦りも怒りも悲しみさえも感じ取れない。ただただ客観的な視点で物語を語るように言葉を発し続けていた。
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