ゴブリンロード

水鳥天

文字の大きさ
上 下
91 / 213

対応

しおりを挟む
 マレイのように顔や髪を濡れていくのをラーラは気に留めず曇天の空を見上げる。その視界はすぐにさえぎられた。ノエンが片腕を伸ばすことで広げた自身のマントを立ち尽くすラーラに傘のように差し出して遮っている。ノエンは心配そうにラーラへ尋ねた。

「姉さま。工房長と何を話したんだ?」
「食えない人。導火線に火のついた爆弾を投げてよこしてきた」
「爆弾?」

 ノエンは例え話とわかっていてもその物騒な物言いに思わず聞き返す。

「ええ。あの大剣の技術は取り扱いが難しい。必ず何人もの権力者や商人達の思惑が絡んで揉めるわ。私はその隙をついて一つ稼ごうと考えていたの。でも工房長は私の目の前に独占交渉権をぶら下げてきた」

 ラーラは濡れた顔をてで拭いながら正面の虚空を見つめて語る。

「挑発じゃなく、本気の提案ってことか」
「あの足元を見透かした感じ。私たちが商人としての独立を目論んでいることも知っていたはず。ポートネス商会にではなくラーラ個人にだけ交渉権を譲ってもいいと言っていたわ」

 はぁ、と短くラーラは息を吐く。その顔の眉間には浅いしわが寄っていることがノエンには見て取れた。

「危険とわかっていてもこの機会を逃すようなら商人ではいられない。
 まったく。面倒なことに巻き込まれたものよ。無理矢理に博打の席へ着かされた気分だわ」

 不機嫌に悪態をつくラーラを見てノエンはふっと温和に笑った。

「でも姉さま、その賭けに負けるつもりはないんでしょ」
「もちろん。必ず勝って見せるわ」

 ぎらつく視線でラーラはノエンを見上げ、頼もしく答える。すでにその表情に不機嫌さはなく、いきいきした笑顔がマントの影から覗いていた。



 雨はその勢いを弱めることなく振り続ける。大工房の正面玄関にあたる二本の巨大な柱にも雨粒は降りつけられ流れ落ちる雨水がそこで警備にあたる兵士たちの足元へ続いていた。

「この雨だと今日の馬車の乗り入れは少なそうですね」

 数人の内の一人の若い兵士がそばに立つ初老の兵士へ言葉を掛けた。

「そうだな。ただ気を抜きすぎるなよ。大橋砦では魔物に襲われたらしいからな。騎士団連中が早々に退治したらしいが、ここも絶対に安全というわけじゃない」

 若い兵士は「はい!」と威勢よく返事をして返す。ちょうどその時、大工房へ向かってくる一大の荷馬車が雨の先から浮かび上がった。

 荷馬車は柱に近づくとそれまでの進行速度を落とし始め兵士たちの前で停車する。普段では通り過ぎていくだけの荷馬車の変わった動きに警備を任された兵士たち全員に緊張感が漂った。

「あの、ご報告なのですが・・・」

 若干殺気立った兵士たちに怯えたのか御者の中年の男がおそるおそる声を発した。

「報告?どうした。ゴブリンでも見たのか?」

 初老の兵士が御者の言葉に対して少し大きめの声で返す。

「い、いえ。ゴブリンではありません。先ほど街道沿いを変なモノが動いていたのを見かけたのでお知らせしようと」
「変なモノだと?ゴブリンではないんだな!」

 雨にかき消されまいと声を張り上げた初老の兵士に御者は気をされる。見かねた若い兵士が間に入った。

「変なモノとはどんなモノだ。見たままでいい。教えてくれ」
「はい。えっと、あんた方の腰より少し高いくらいの大きさの大きな卵のような何かが街道沿いを浮いてこちらに向かって移動していました」
「卵だと?いや今それはどうでもいい。こちらに向かってきているのは確かなんだな!」

 初老の兵士は御者の言葉を聞いて会話に割り込んみ大声で質問する。

「そ、そうです。馬車ほどの速さはないが確かに大工房へ向かっていた」

 それを聞いた兵士たち全員の緊張感はより高まりをみせた。

「わかった。乗り入れ場に割り込んで構わない。今話したことを本部に大至急伝えてくれ。知らせてくれてありがとう!急いで行ってくれ!」

 そう言うと初老の兵士は大きく手を振って馬車を進むめるように促す。御者は一度頭を下げてすぐに出発すると速度を増して雨の中へ消えていった。

 残った警備兵たちはそれぞれ武器をすぐさま抜き放ち、まだ何も見えない街道の先へ視線を集める。あたりは石畳の街道や草を打つ雨音だけが響き渡っていた。

 そして注視する方向に変化が現れる。丸みを帯びた輪郭が雨でかすんだ街道の端に浮かび上がった。

「おい!警報を発動。警戒度最大。全員臨戦態勢だ」

 初老の兵士は影を確認するとすかさず指示を出す。若い兵士は柱に寄ると柱に手を触れ小さくつぶやいた。

 すると触れていた柱の天辺が明々と赤白い炎と煙を吹き始める。その炎は雨に負けることなく燃え盛り、すぐにもう一本もそれに呼応するようにして同じ色の炎を上げ始めた。

 卵型した何かはそんなこともお構いなしに浮かせたまま進行してくる。そして兵士達からよく見えるとこまで進むと卵型から少しだけ飛び出していた二対の突起ので着地した。

 兵士たちは隙を見せず一定距離を保って武器を構える。降り続く雨の中、卵型した謎の物体から音が響いた。

「我、伝言者。『ユウト』ヲ此処ヘ、呼ビ、願ウ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

[完結]思い出せませんので

シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」 父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。 同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。 直接会って訳を聞かねば 注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。 男性視点 四話完結済み。毎日、一話更新

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜

mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!? ※スカトロ表現多数あり ※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

処理中です...