ゴブリンロード

水鳥天

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掛け声

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 レナは一直線に光った方向へ跳ぶように走る。暗闇から突然現れる木をすれすれにかわしながら最短距離でユウトへ向かう。

(良かった。まだ生きてる)

 駆け飛びながら握った短槍に力がこもった。

 木々の間からまた一瞬、光がもれた。レナは近づいていることに確かな自信を持つ。

 さらに光った。今度は光がやまない。何か様子がおかしいと一握の不安がよぎる。

 そして光は破裂するように膨張した。木々が影となり縦模様が浮き上がる。

 レナは驚き思わず近くの木の陰に身を隠した。何が起こったのか全く想像できない。考えを巡らそうとしたときには光は消えた。

 レナは周辺の様子を一度確認し、特に変わった様子がないと判断すると光が放たれた方向へ急ぐ。この異常な現象の後ではすでに道しるべの魔導灯には意味はなくそれぞれの隊員も同じ場所を目指して進行を始めていた。

 いくばくかレナは走ると木々が少ない開けた場所に出る。まず気づいたのは異臭。毛が焼ける匂いが立ち込めている。明らかにそこで何かが起こった。そして見渡すと中央付近に何かがある。魔導灯をかざして光を当てると、それは何かの塊に突っ伏した人、ユウトだった。

「ユウト!」

 レナは叫んだ。あたりに注意を払いながらユウトへ近づく。遅れて続々と隊員達も追いついてきた。

 レナは一番にユウトのそばに寄り膝をつき声をかける。

「ねぇ!聞こえる?返事して」

 声を掛けながら肩を軽くたたくが反応はない。次にレナはうつ伏せのユウトを仰向けにして地面に横たわらせると胸に手を置き口元に耳を近づけた。

 かすかに空気を吸う音に合わせて胸が上がるのが分かる。

「息はある!」

 次にレナはユウトの身体を観察する。左腕に大きな裂傷と服のあちらこちらが傷つき服が裂けている。他に目立った外傷は確認できなかった。

「様子はどうだ?無事か?」

 レイノスが駆け付けレナに尋ねる。

「息はあります。ただ浅いです。命にかかわるような負傷は確認できません」

「わかった。動かしても問題なさそうならひとまず救護テントに運び込む。ヨーレンはもうすぐ帰ってくる予定だ。レナ手伝ってくれ」

 レイノスは意識のないユウトを背負い、レナは後ろから支えながらその場を後にした。

 そのほかの隊員たちは周囲の警戒に余念がなく安全の確保を行う。ユウトが覆いかぶさっていた焼け焦げた何かの塊を魔獣の死骸であると判断したのち、皆はその場から撤収した。




 獣は待てなかった。あと一時の辛抱ができれば、油断しきった獲物を壊すことができたはずだったのに殺気のタガははずれ気取られた。

 あとには何もない。最良のタイミングを逃した後悔はひび割れた思考をついに砕けさせた。

 獣はもう何も考えられない。痛みからただ解放されたい欲望を体を動かすことしか許されなかった獣には直線的で緩急がつかない単調な攻撃を全力で行うしかなかった。

 そして狩られる側だったはずの獲物に強烈な反撃をくらわされる。

 濁流のような光と熱の中で消えゆく体の一部と共に締め付け続けた枷も蒸発する。残った体の一部が焼け残って地に落ちた。

 枷の縛りから解放されて獣はようやく思考の自由を許される。走り続けてきた体にはもう魔力は少なくもういくばくかの時間も残っていなかった。

 獣はそれでもよかった。最後にこうして思考を手に入れ、自身を認識することができる。もう安らかに機能停止を待つだけだと獣は思った。

 ふと自分を打倒した最後のゴブリンを考える。万全の状態であれば負けるはずのなかった相手。万全でなくても相手の方が不利だった。しかし最後まであきらめず、考え行動し、打開したことに尊敬する。これまで狩らされたきたゴブリンとはまるで違った。

 そして獣は考えてしまった。これまで狩らされてきたゴブリンと自身が重なって見えてしまった。あきらめ、死を待つだけのこの瞬間の自分はは生きることをあきらめ絶望したゴブリンたちと同じではないかと。

 獣は何か無性に掻き立てられる。それが何かはわからなった。ただこの先がなくても、惨めでも、無様でも、最後まで生きることにしがみつきたいと思った。

 獣は叫んだ。生きたいとただ叫んだ。

 残る少ない身体では空気を震わすことはない叫び。それでも獣はかまわなかった。最後まであがいて生き抜いたと自身を誇ってやりたかった。最後のゴブリンのように。

 薄れゆく意識の最後、何かが触れた気がして獣は眠りについた。
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