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第二章

39 記憶手掛かり

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 左右前後逃げ場をなくした狐のあやかし九尾は、比売に捕らえられて、拘束から逃れようとじたばたとする。いくら九尾きゅうびといっても水神には敵わないため比売ひめの霊力より少しばかり下だ、術が強力なため逃げれることはないだろう。
 それにこのあやかしは娘の記憶と何か関係がありそうだった。

「聞きたいことは山ほどある。ただ…ここだといつ人間が歩いて来るかわからない、1度屋敷に連れ帰って問いただそう」
「こんな女狐を屋敷に連れ込んで内部から探りを入れる計らいだったらどうするのよぉ」
「なら旅籠に行って部屋の中で話を聞くか」
「あたしがいつあんた達なんかについてくって言った⁉︎話もしないし旅籠なんかにも行かないからね‼︎やなこった!」

 ナギは冷ややかな視線をあやかしに向けながら、比売ひめに「お前が封印して持っている札をこいつに見せてくれ」と言うと比売は懐から難しい術がびっしりと書かれた札を取り出した。
 その札を比売から受け取るとナギは拘束されたままのあやかしのまえでひらひらと揺らす。

「この札の中にお前の言う大蛇様が封印されているぞ。酷く滑稽な様子だがこれを取り戻したければまずはそちらの言う娘の記憶を取り戻すということについて話を聞かせろ」
「大蛇様がそんなところに……⁉︎いや、けれど話したところで大蛇様が戻ってこなかったら意味がないし…」
「ナギっ‼︎複数の足音がこっちに向かってきてる!」

 あやかしが逡巡しているのも束の間、突然屋根の上にいた礼花れいかがナギ達に呼びかけた。
 比売はあやかしの首根っこを掴んで屋根に素早く登り、ナギは娘を抱き抱えて上へと移動した。
 けれどすでに屋根の上には複数人の人間に化けたあやかしがいて、比売と礼花が持っていた刀を鞘から抜き出すところだった。

「水神の当主様。どうかそちらの札を返してもらえないだろうか」

 複数人のあやかしの中から1人、男の声の者がナギ達の前に現れて、面で表情が伺えないが淡々とした口調で願い出た。

「お前らは仲間の1人がこちらの手中に収まっているというのに、仲間も助けず邪神を取り返すことしか考えないようだな。信仰心には感心するが道徳心には欠けるな」
「水神様ともあろうお方があやかしを人質に会話をされるのもいかがなものかと」

 確かに、と一瞬娘は思ったがナギが比売に目配せをしたのを合図に捕らえていたあやかしの術を解いた。あやかしは解放されたと確認するとすぐに九つの尻尾の狐の姿に戻って屋根を飛び、仲間達の元へと行く。

「返そう、乱暴をしてすまなかった。だが人間に害をなす邪神を手渡す訳にはいかないのでな」

 お互いの緊張感が高まったのを感じたが次の瞬間、ナギがふぅっと小さく息を吐き出すと辺りの騒音がしんっと静まり返った。
 結界だ。
 ナギは結界を張ったかと思うといつもの屋敷に帰る時の術を唱えへ帰ろうとしている。

「こ、こんな時に帰って大丈夫なの⁉︎」
「刀を持って戦っている俺たちの幻覚を見る術でもかけておけば良いだろう。見ろ、あの様子。何もない空間で刀を振り回しているざまは面白いだろう?」

 悪い顔をして笑ってる…。
 礼花と比売は空間の歪みに入っていきナギと娘もそれに続いた。ほんの一瞬の瞬きで景色はいつもの屋敷の玄関に戻っており、疲れがどっと全身を襲った。

「あのあやかし達ってあのままどうなるの?」
「もう結界は壊れているだろうから気づいた時には俺達がいないって感じだろうね」
「邪魔がはいったお陰で邪神を信仰してるあやかしを見つけることができたけど、ただの人間を見つけることは出来なかったわねぇ、それに夕刻に仮似声使いを探すこともできなかったしぃ……」
「また浅草に行かなければならないだろうが今度は上手くあやかし達をかわせないだろうな。なにか策を練って来るかもしれない」
「それにしても邪神が封印されてる札なんて私が浅草に来てまで持ち歩くはずないのに、あの女狐ってたら信じちゃってっ、可笑しくてしょうがなかったわぁ!」

 どうやらその札は屋敷に残っていた泣沢女が持っていたらしい。確かに、江戸に行くとは危険も伴うため、いつ札が盗まれるかわからない状況下で持ち歩くのは良くない。

「こちらも策を練ってから行こう。一昨日から屋敷内も慌ただしかったからな、ちゃんと状況整理をしてからまた探そう」

 ナギがそう言うと皆各々自分の部屋へと戻っていった。
 娘は自室に戻ると浅草の人混みで酔ってしまったのか頭痛が酷く、すぐに夜着の上で寝っ転がってしまった。だんだん眠気が襲って来ると、うとうとし出して浅い夢の中娘はゆっくりと目を閉じた。

「か………。か…う、花雨」

 夢の中誰かが娘に語りかけていた。美しい女の声に聞き覚えのある娘はその人物を確認するために目を開ける。
 いつぞや夢の中にでてきた奥方様が桔梗の花が咲き乱れている花畑の中に立っていた。

「きょ、梗夏きょうか……さん…?」
「そう。でもこの夢の共有も限りがあるから手短に説明させてちょうだい」

 そう言うと梗夏は娘の手を握り、目を見つめてきた。

「私の両親は元は邪神を信仰していた人間なの。ある日突然江戸に出かけたっきり戻っては来なかったけれど、それでも江戸で何か活動をしていたと思うわ。私の代から貴方達は水神の血が流れているけれど、元はと言えば大蛇様一筋だったのよ」
「そんな昔から……?」
「犬猿の仲なのはきっとこのせいね…少しは手掛かりになってくれたらいいのだけれど」
「ありがとう、とっても貴重な情報だよ!」

 梗夏は微笑むと娘の意識もだんだんと闇の中に落ちていった。次にゆっくりと目をあけるとやはりそこはいつもの自室の天井で、外は暗く、夜まで居眠りしていたのが分かった。

「頭が痛い…」

 娘の記憶の断片が少しずつ戻り始めていた。

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