上 下
15 / 48

過去編:夏の華2

しおりを挟む
握り飯を入れた風呂敷を手に梗夏きょうかは家を出た。
夜は昼間と違ってとても冷える。ふと夜空を見上げた梗夏は疑問に思う。

「あれって……ほぼ満月なんじゃ……」

そう呟くと複数の足音が聞こえてきた。
暗闇の中、目を凝らしてみると村の男どもが向こうのほうから明かりを灯してやって来ている。
昼間に生贄に捧げると言われて夜に死ぬとか聞いていない。早すぎる。

「ん?あそこにいるのは………女だ。生贄の女が逃げてるぞっ!!!」

そしてあっさりと見つかってしまった。
青年に満面の笑みで生贄の儀式から逃げると言ってしまったばかりなのに。
足の速さはやはり男どもの方が優れていた。梗夏は逃げようとしたが腕を捻りあげられ痛みで動けなくなる。

「全く…お前が逃げたら他のやつが生贄になるんだ。わかってるな?」

確かこの男には可愛らしい娘がいたはずだ。どうせ自分の娘が生贄になるのを恐れているのだ。

「私の両親がいないことをいいことに好き勝手しやがってっ……!!許さないから!!!死んだら霊になってお前らを呪い殺してやる!!!」

薄々気づいていたことがある。
梗夏の両親は戻ってきていない、その理由が。

「呪えるものなら呪ってみろよ、その貧弱な力で何ができるってんだ?」
「お前の両親はな……」

『死んでるんだよ。都で』

気づいていたんだ。そんなこと。
けれど改めて突きつけられた現実に梗夏は泣きそうになる。
大人しく連行された梗夏は儀式が行われる沼へと連れて行かれた。
沼の少し離れた所にある小屋へと入ると田植えの時お世話になったおばさんがそこにいた。手には白装束をもっている。

「どうしておばさんがここに……?」

何も答えてくれなかった。
黙々と梗夏に白装束を着せていく。

「私ね、馬鹿なのよ」

おばさんは梗夏の髪を綺麗に梳かしていた。

「母さんも父さんも死んでるってわかってたけど、認めたくなくてずっと帰ってくるのを待ってたの。村の人たちに両親のことを聞いても苦笑いで返されるし、でも噂してるのを耳にして……」

梗夏の髪を梳かしている手が止まった。

「それに私好きな人ができたのよ」

助けに行くと言ってくれた青年のことを思い出した。
過去に想いを馳せていると、突如後ろから抱きしめられる。

「おばさん…….?」
「ごめんなさいっ………守ってあげられなくてごめんなさいっ………!」

梗夏は急に涙が込み上げてきた。
おばさんはよく家に食料を届けにきてくれていた。心配そうにまだ年若い梗夏に色々なことを教えてくれた。
梗夏はもうそろそろで死ぬ。怖くて怖くてたまらない。
おばさんの体温が恐怖で冷え切った梗夏の心を暖めてくれているようだった。

「極楽浄土でまた会いましょうおばさん」

足音が聞こえてきた。小屋に一人の男がやってきてこう言った。

「準備が整った。外に出るぞ」

外に出ると沼の周りには松明が置かれていて、沼のほとりに小さな船が浮かんでいる。
船の上には村長と村の男が1人座っていた。
梗夏の手足には重石がつけられ船に乗ると、ゆっくりと動き出した。
緊張した沈黙が続く。
沼の中心へと来ると村長が立ち上がり声を張り上げた。

「これより生贄を捧げる」

あっという間だったな。
両親にもう一度会いたい。美味しいものをたらふく食べたい。
好きな人ともう一度話したい。
そう思うと人生は短いと思った。もう少し、楽しんでおけばよかったと。
一歩、船から足を出したその時。

沼の底から唸り声が聞こえ、その瞬間水の入った桶をひっくり返したような雨が降ってきた。
船が大きく揺れ、梗夏が船から落ちそうになったその時。
沼から大きな影が出てきて何かが梗夏を拾い上げる。
ずぶ濡れの梗夏が顔を勢いよくあげるとそこには青年がいた。

「助けに来たよっ!!!!」

大きな、とても大きな龍の背に乗った青年が娘の手を強く握る。
夜なのにあたりがとても明るくなり、青年の笑顔が見える。
梗夏は嬉しさで泣きそうになりながらも必死の思いを伝えた。

「私貴方のことが好きよ!!!」

青年はとても嬉しそうに笑った。
これが当主様と奥方様が出会った時のお話。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お兄ちゃんの前世は猫である。その秘密を知っている私は……

ma-no
キャラ文芸
 お兄ちゃんの前世が猫のせいで、私の生まれた家はハチャメチャ。鳴くわ走り回るわ引っ掻くわ……  このままでは立派な人間になれないと妹の私が奮闘するんだけど、私は私で前世の知識があるから問題を起こしてしまうんだよね~。  この物語は、私が体験した日々を綴る物語だ。 ☆アルファポリス、小説家になろう、カクヨムで連載中です。  この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。  1日おきに1話更新中です。

神とゲームと青春を!~高校生プロゲーマー四人が神様に誘拐されて謎解きする~

初心なグミ@最強カップル連載中
キャラ文芸
高校生プロゲーマー四人は、幼馴染でありながら両想いの男女二組である。そんな四人は神様に誘拐され、謎解きをさせられることになった。 一つ、干支の謎。二つ、殺人事件の謎。四人は無事、謎解きをクリアすることが出来るのだろうか。 ※コメントと評価はモチベーションになりますので、どうかお願いします。気軽にコメントをくださると、作者はとても喜んで死にます。 〇コミックノヴァ編集部様、コミコ熱帯部様より注目作品に認定されました!! ーーー 変わらない日々を送っていた俺達は、皆でフルダイブ型VRの謎解きゲーをしようとした。しかし、普通にオープニングを進んでいたゲームは突如バグりだし、暗転する。暗転の末で強い光に目をやられた俺達の目の前には、可愛らしい容貌の神様が居た。その神様の目的は、四人を自分の暇つぶしに付き合わせること。最初こそ警戒していた四人だったが、同じ時を過ごす内に友情も芽生え、かけがえの無い存在になっていく。

鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜
キャラ文芸
ほっこりじんわり大賞にて奨励賞を受賞しました!ありがとうございます♪ 高校を卒業してすぐ、急逝した祖母の喫茶店を継いだ萌香(もか)。 気合いだけは十分だったが現実はそう甘くない。 奮闘すれど客足は遠のくばかりで毎日が空回り。 そんなある日突然現れた閻魔大王の閻火(えんび)に結婚を迫られる。 嘘をつけない鬼のさだめを利用し、萌香はある提案を持ちかける。 「おいしいと言わせることができたらこの話はなかったことに」 激辛採点の閻火に揉まれ、幼なじみの藍之介(あいのすけ)に癒され、周囲を巻き込みつつおばあちゃんが言い残した「大切なこと」を探す。 果たして萌香は約束の期限までに閻火に「おいしい」と言わせ喫茶店を守ることができるのだろうか? ヒューマンドラマ要素強めのほっこりファンタジー風味なラブコメグルメ奮闘記。

順応力が高すぎる男子高校生がTSした場合

m-kawa
キャラ文芸
 ある日リビングでテレビを見ていると突然の睡魔に襲われて眠ってしまったんだが、ふと目が覚めると……、女の子になっていた!  だがしかし、そんな五十嵐圭一はとても順応力が高かったのだ。あっさりと受け入れた圭一は、幼馴染の真鍋佳織にこの先どうすればいいか協力を要請する。  が、戸惑うのは幼馴染である真鍋佳織ばかりだ。  服装しかり、トイレや風呂しかり、学校生活しかり。  女体化による葛藤? アイデンティティの崩壊?  そんなものは存在しないのです。  我が道を行く主人公・圭一と、戸惑いツッコミを入れるしかない幼馴染・佳織が織りなす学園コメディ! ※R15は念のため

Hip Trap Network[ヒップ トラップ ネットワーク]~楽園23~

志賀雅基
キャラ文芸
◆流行りに敏感なのは悪くない/喩え真っ先に罠に掛かっても◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart23[全64話] ボディジェムなる腕に宝石を埋めるファッションが流行。同時に完全電子マネー社会で偽クレジットが横行する。そこで片腕を奪われる連続殺人が発生、犯人はボディジェムが目的で腕を奪ったと推測したシドとハイファ。予測は的中し『ジェム付属の素子が偽クレジットの要因』とした別室命令で二人は他星系に飛ぶ。そこは巨大な一企業が全てを支配する社会だった。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

怪しい二人 美術商とアウトロー

暇神
キャラ文芸
この街には、都市伝説がある。魔法の絵があるらしい。それらを全て揃えれば、何だってできるとされている。だが注意しなければならない。魔法の絵を持つ者は、美術商に狙われる。 毎週土日祝日の、午後八時に更新します。ぜひ読んで、できればご感想の程、よろしくお願い申し上げます。

古都あやかし徒然恋日記

神原オホカミ【書籍発売中】
キャラ文芸
浮見堂でぷうらぷうらと歩いていた俺が見つけたのは、河童釣りをしている学校一の美少女で――!? 古都をさまよう、俺と妖怪と美少女の、ツッコミどころ満載の青春の日々。 脱力系突っ込み大学生×学校一の変人美少女 あやかし系ゆるゆるラブコメ ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆大変申し訳ありませんが予告なく非公開にすることがあります。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。 ◆アルファポリスさん/エブリスタさん/カクヨムさん/なろうさんで掲載してます。 〇構想執筆:2021年、微弱改稿&投稿:2024年

同好怪!?

阿弥陀乃トンマージ
キャラ文芸
 静岡県静岡市にある私立高校、『海道学園』に勤務する、若い男性地学教師、村松藤次。  ある日職員室で昼食中の彼の下に、不良、優等生、陽キャという個性バラバラな三人の女子生徒が揃って訪ねてくる。  これは一体何事かと構えていると、不良が口を開く。  「同好怪を立ち上げるから、顧問になってくれ」  同好……怪!?そして、その日の夜、学校の校庭で村松は驚くべきものを目撃することになる。  新感覚パニックアクション、ここにスタート!

処理中です...