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第一章
シャインマスカット
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今日も宮廷薬剤師は忙しい。ノアは作業する手を止めて、ふと窓の外を見つめると雨が降っているのに気付く。湿度が高いと薬草も腐るため保管に気をつけなければいけない。
ノアは1人で作業していた。今日も調剤室では薬草の匂いが漂っている。そう、嗅覚はいつも通りだ。違うものといえば、視界に入ってくる人物と耳に入ってくる声が普段と少し違っていた。
ノアは椅子に座って茶を飲んでいるメイヤーに視線を送る。ついでにその向かいに座っているシャイン姫の侍女、ノーチェ・ウォールナットにも視線を送る。
2人は調剤室で茶を飲み、恋の話に花を咲かせていた。
「シャル王子はなぜノアちゃんにばっかりかまうのかしらねぇ」
「薬剤師として重宝されているのではないでしょうか」
「嫌だわぁノーチェちゃん!絶対ノアちゃんのこと気に入っちゃって好きになったのよ。罪な女ねぇノアちゃんは!」
そしてバチンとウインクをかましてきた。
気持ち悪っ………!
ノアは乾燥した薬草を種類別に全て分けて薬棚に入れると、仕事をしていない駄目上司を注意しに行く。
「仕事してくださいメイヤーさん。それになんでノーチェさんまでここにいるんですか、シャイン姫の侍女なのに主人の元を離れては駄目なんじゃないですか?」
「今日はお休みをもらっています。丁度メイヤー様にお茶にどうかと誘われましたのでこちらに伺っている身です」
「実際そこにいるメイヤーとか言うやつはお茶なんてしてる暇ないんですよ」
「またそんなこと言って~、私がノーチェちゃんと恋話してるのに嫉妬して早く仕事に戻れって言ってる…」
「ちょっと黙っててもらえます?」
すぐ話が脱線するためノアはメイヤーを黙らせるとある案件を話す。
「そういえばなんですが、最近シャイン姫に送る薬の頻度が増えているんですが、何かあったんですか?しかも頭痛薬だし…」
「私も薬歴を見てて疑問におもったわ。軍に送る傷薬とか痛み止めはよくあるのにシャイン姫が不健康だなんて噂にも聞いたことがないのだけれど」
薬歴とは簡単に言えば薬剤師が調剤したり、患者に服薬指導した時などの内容を記録したものだ。メイヤーの言う通り薬歴を見るとシャイン姫が頭痛薬を使用する頻度が増えている。
シャイン姫付き侍女のノーチェに聞けば何かわかるのではないのかとこの案件を聞いてみたのだが彼女は首を横に振り「分からないのです」と言った。
「シャイン姫様のお世話をしている身ですので、自分も原因は何かとお尋ねしたのですが
教えてくれず……」
「あまりにも薬の使用頻度が多いとこちらも医師と一緒に診察しにいかなければならないのでそこのところお伝えしてもらえないですかね」
「かしこまりました、お伝えしておきます」
ノーチェは深くお辞儀をするとカップに入った茶を飲み干して部屋を出て行った。何故かまた面倒ごとな予感がしたノアは身震いをするとメイヤーの首根っこを掴んで調剤室へと連行したのだった。
次の日、いつもと同じように調剤室で薬を作っているとバタバタと足音が部屋の外から聞こえてきた。あ、これは何かあったなと身構えていると案の定部屋の扉が勢いよく開き、ノーチェが息を切らしてやってきた。
「シャイン姫がっ…!気を失って倒れてしまわれて……すぐに医師と一緒に来てもらえないですかっ!」
「分かったわ。すぐに行くからシャイン姫の側にいて頂戴」
そう言うとメイヤーは隣の部屋へと伝わる鈴を鳴らした。
調剤室にやって来たのは王宮医師を務めているコリアンダー・パクチ。コリアンダーは何故かみんなに嫌われていて、けれど顔はいいため一部の侍女からは好評だった。医学については王が選ぶくらいなので専門的に優れている。
「なんか最近王族ばっかりぶっ倒れてなーい?またシャイン姫でしょ?」
「そうなのよ。でも今はおしゃべりしてる暇はないわよ、気を失って倒れているって言っているけれど致命傷だったら大変だわ」
メイヤーはこういう時に限って真面目な上司に見える。
3人はシャイン姫の自室へと急ぐと、扉の前にはすでに複数人の侍女がいた。その中にはメイド服をきたアーリオ令嬢の姿も見える。
「失礼します、宮廷薬剤師のメイヤー・レンモと申します」
「同じくノア・カリフローレです」
「医師のコリアンダー・パクチだ。扉の前を開けてもらえるかな」
扉の前に群がっていた侍女たちは医師と薬剤師が視界にうつると皆安堵の表情を浮かべて扉の前を開けていく。部屋の中の様子を伺っていたのかソワソワしながらノア達の様子を見ている。
先程呼びに来たノーチェがシャイン姫が寝ている寝台の横に立っていた。ノア達に気づくととても焦った様子でこちらにやってくる。
「お越しくださりありがとうございます。あちらです」
シャイン姫が寝ている寝台へと行くとそこには天女かと思うほどの美少女が横たわっていた。窓から差し込む陽の光で輝く銀髪に真っ白いしみ一つない肌。苦しげに閉じられた瞼がなんとも言えない儚げさを醸しだしてた。
「息が乱れている様子はないし、血行が悪くなって肌の色が変わっているところもない。ただの気絶だろうね」
コリアンダーがそう言うと様子を伺っていた侍女達の安堵の声が聞こえてきた。王族が倒れたとなると考えていることは皆一緒なのだろう。
「毒を盛られたって思っただろうけど安心して。それよりも何故気絶した?何か衝撃的なことでもあった?」
「それなんですが、今朝方シャイン姫が叫びながら起床されて…そのまま意識を失ってしまったので原因が分からなくて」
「叫びながら…」
相当な悪夢でも見たのだろうか…。
ノアも最近変な夢ばかり見るが何故そんな夢を見るのか未だに原因が分からないでいる。
コリアンダーは悩ましい顔をする。そして睡眠の質を上げる薬をだしておいてとメイヤーに言うと部屋を出ていった。
ノーチェはコリアンダーが部屋を出るまで頭を下げていた。顔を上げるとノア達に近寄って来た。
「悪い夢を見られているんでしょうか…」
「そうかもしれないわね。私はこれから調剤室に戻って薬を調合してくるからノアちゃんはシャイン姫の側にいて頂戴。何かあったらすぐにコリアンダーか私を呼んでね」
「分かりました」
そう言うとメイヤーも部屋を出ていった。ノアはシャイン姫の様子を伺うと未だに瞼は閉じられたままだ。
「ここのところ頭痛薬を飲んでいたのは、悪夢から目覚めて頭が痛かったからですかね」
「起床後に飲んでおられました。きっとそうなのかと…」
数分後シャイン姫の容態は何事もなく、調剤室から戻ってきたメイヤーが薬を持ってきた。まだ目覚めていないので机に薬を置くとメイヤーがまた調剤室に誰もいないのは危険だからと言って部屋を出て行く。
ノアはというとシャイン姫の容態が悪化したときの保険として一日中側についていた。夜になるとノーチェが夜食を持って来てくれたが特に食べる気も起きなくてそのままにしていた。窓から見える月が満月ではないこと、部屋は意外と簡素なこと、何故か机の上には黄緑色の葡萄が置かれていること、何もすることがないとあらゆるところに視線が移るため少しだけ目が疲れる。
今夜は到底起きないだろうな……。
諦めて侍女に様子を見てもらおうと呼びに行こうと思い席を立ったその時、誰かに袖を引かれた。
この部屋にはシャイン姫とノアしかいないため誰というほどでもないかもしれない。
「目覚めましたかシャイン姫」
「ごめんなさい……本当は昼食が運ばれて来たあたりから意識は戻っていたの…」
なんとこのお姫様はずっと寝たふりをしていたらしい。
ノアは再び椅子に座り直すと改めてシャイン姫の顔を伺った。
まん丸の緑色の瞳は先ほど机に置いてあった葡萄のように輝いている。こんな美しいお姫様の横に薬臭い薬剤師がいてもノアの存在はそこらへんの塵でしかない。
こうやって会話している間にどんな夢を見ているのか聞き出そうと思いノアは話しかける。
「改めまして私は宮廷薬剤師のノア・カリフローレと申します」
「カリフローレ………」
シャイン姫はどこか懐かしむように口ずさんでいた。よくわからないがノアは話を続ける。
「つかのことお聞きしますが、何故気絶されたのですか?悪夢を見られていたのでしょうか…?」
「そう……そうなの、あれは悪夢。2度と経験したくないし思い出したくもない……」
「というと?」
「……知らない人が死んでしまう夢。突然地面が揺れて山積みにされてある箱に押し潰されて死んでしまうの。こんな話をしても意味がわからないのでしょうけれど…」
なんとシャイン姫もノアと同じで死んでしまう夢を見ていたなんて。やはり何かこの悪夢には原因がありそうな気がしてならない。
「実は私も見るんですよ。箱に押し潰されてはいないのですが、突然誰かに刺されて死んでしまう夢なんですが…」
「…………え?……あなたも…」
「なんなんでしょうかね。全く知らない人物の刺されているシーンなんて、ましてやこことは全く違う別の国みたいな場所で」
「そこは日本という国よ」
シャイン姫はノアの瞳を真っ直ぐに見つめて言った。どこか疑わしげに、探り当てているような様子に首を傾ける。
「に、にほんって言うんですか…?」
しばらくの間ずっと瞳を見つめられていた。ノアに何か言わせたいのだろうか。けれど駄目だと判断されたようでシャイン姫は深いため息をつくと愛想のいい笑顔に戻った。
「そうよ、日本というの。私は毎回夢の中で死んでいるけれどその国が大好きなのよ…」
消え入りそうな声でそう呟いた。けれど先ほどから日本という言葉を聞くたびにノアの中では何故がどうしようもない寂しさがうずめいていた。
「けど、おかしな国でしたよね。珍妙な食物に一面平な石の床、着てる服も全然違うし…」
「ふふ、おかしいわよね………ねぇ宮廷薬剤師さん。もし、貴方が日本という国に興味があるようでしたら私が教えて差し上げますよ。是非またこちらにいらしてくださいね」
シャイン姫との会話はどこか不思議だった。ノアは机に置いてある処方された薬をシャイン姫に飲むように説明すると別れの挨拶を告げて部屋を出た。
やけに長く幅の広い廊下を月明かりを頼りに歩く。
ノアは調剤室の鍵を開けて中に入るとそのまま今日はここで寝ようと決めた。メイヤーはすでに部屋に戻っており、ノアはそのまま長椅子に横になるとそのまま眠りについた。
薬歴に書かなければならないことが沢山あるのに………
そして今日も夢を見た。
中が冷んやりとした箱を開けると中には色とりどりの食物がはいっているが、どれも腐っているようだ。
「また腐らせちゃった……」
冷蔵庫の中は腐ったキャベツとほうれん草、賞味期限が切れている牛乳にコンビニスイーツが色々。栄養バランスが非常に乏しい状況に唸り声が出る。
貴重なバイト代を食費で消費するのは忍びない、かと言って自炊しないでいると便秘になったり肌が荒れたりで散々なのだ。
仕方ないからスーパーにでも行って肉と野菜を買い簡単に野菜炒めでも作ろうと思い、普段着の上からパーカーを羽織ると足早に家を出た。そういえば明日提出のレポートも終わっていないのに気づき、自炊している暇もないのでは?っと思っていると、自然と手は弁当に伸びていた。
そのままレジに向かおうとしてふと、1つだけ目を引いた果物があった。
「シャインマスカット…」
皮ごと食べられるシャインマスカットは一房が結構な良いお値段であり、節約している人にとっては買えるような果物ではない。
けれど瑞々しさがたまらなく美味であり程よい甘さが口の中で広がりこれまた洋菓子などに会うのだ。
買いたい衝動を抑え込むと自分はレジへと歩いていった。
シャインマスカット。
なんだか姫の名前と似ているな……。
ノアは1人で作業していた。今日も調剤室では薬草の匂いが漂っている。そう、嗅覚はいつも通りだ。違うものといえば、視界に入ってくる人物と耳に入ってくる声が普段と少し違っていた。
ノアは椅子に座って茶を飲んでいるメイヤーに視線を送る。ついでにその向かいに座っているシャイン姫の侍女、ノーチェ・ウォールナットにも視線を送る。
2人は調剤室で茶を飲み、恋の話に花を咲かせていた。
「シャル王子はなぜノアちゃんにばっかりかまうのかしらねぇ」
「薬剤師として重宝されているのではないでしょうか」
「嫌だわぁノーチェちゃん!絶対ノアちゃんのこと気に入っちゃって好きになったのよ。罪な女ねぇノアちゃんは!」
そしてバチンとウインクをかましてきた。
気持ち悪っ………!
ノアは乾燥した薬草を種類別に全て分けて薬棚に入れると、仕事をしていない駄目上司を注意しに行く。
「仕事してくださいメイヤーさん。それになんでノーチェさんまでここにいるんですか、シャイン姫の侍女なのに主人の元を離れては駄目なんじゃないですか?」
「今日はお休みをもらっています。丁度メイヤー様にお茶にどうかと誘われましたのでこちらに伺っている身です」
「実際そこにいるメイヤーとか言うやつはお茶なんてしてる暇ないんですよ」
「またそんなこと言って~、私がノーチェちゃんと恋話してるのに嫉妬して早く仕事に戻れって言ってる…」
「ちょっと黙っててもらえます?」
すぐ話が脱線するためノアはメイヤーを黙らせるとある案件を話す。
「そういえばなんですが、最近シャイン姫に送る薬の頻度が増えているんですが、何かあったんですか?しかも頭痛薬だし…」
「私も薬歴を見てて疑問におもったわ。軍に送る傷薬とか痛み止めはよくあるのにシャイン姫が不健康だなんて噂にも聞いたことがないのだけれど」
薬歴とは簡単に言えば薬剤師が調剤したり、患者に服薬指導した時などの内容を記録したものだ。メイヤーの言う通り薬歴を見るとシャイン姫が頭痛薬を使用する頻度が増えている。
シャイン姫付き侍女のノーチェに聞けば何かわかるのではないのかとこの案件を聞いてみたのだが彼女は首を横に振り「分からないのです」と言った。
「シャイン姫様のお世話をしている身ですので、自分も原因は何かとお尋ねしたのですが
教えてくれず……」
「あまりにも薬の使用頻度が多いとこちらも医師と一緒に診察しにいかなければならないのでそこのところお伝えしてもらえないですかね」
「かしこまりました、お伝えしておきます」
ノーチェは深くお辞儀をするとカップに入った茶を飲み干して部屋を出て行った。何故かまた面倒ごとな予感がしたノアは身震いをするとメイヤーの首根っこを掴んで調剤室へと連行したのだった。
次の日、いつもと同じように調剤室で薬を作っているとバタバタと足音が部屋の外から聞こえてきた。あ、これは何かあったなと身構えていると案の定部屋の扉が勢いよく開き、ノーチェが息を切らしてやってきた。
「シャイン姫がっ…!気を失って倒れてしまわれて……すぐに医師と一緒に来てもらえないですかっ!」
「分かったわ。すぐに行くからシャイン姫の側にいて頂戴」
そう言うとメイヤーは隣の部屋へと伝わる鈴を鳴らした。
調剤室にやって来たのは王宮医師を務めているコリアンダー・パクチ。コリアンダーは何故かみんなに嫌われていて、けれど顔はいいため一部の侍女からは好評だった。医学については王が選ぶくらいなので専門的に優れている。
「なんか最近王族ばっかりぶっ倒れてなーい?またシャイン姫でしょ?」
「そうなのよ。でも今はおしゃべりしてる暇はないわよ、気を失って倒れているって言っているけれど致命傷だったら大変だわ」
メイヤーはこういう時に限って真面目な上司に見える。
3人はシャイン姫の自室へと急ぐと、扉の前にはすでに複数人の侍女がいた。その中にはメイド服をきたアーリオ令嬢の姿も見える。
「失礼します、宮廷薬剤師のメイヤー・レンモと申します」
「同じくノア・カリフローレです」
「医師のコリアンダー・パクチだ。扉の前を開けてもらえるかな」
扉の前に群がっていた侍女たちは医師と薬剤師が視界にうつると皆安堵の表情を浮かべて扉の前を開けていく。部屋の中の様子を伺っていたのかソワソワしながらノア達の様子を見ている。
先程呼びに来たノーチェがシャイン姫が寝ている寝台の横に立っていた。ノア達に気づくととても焦った様子でこちらにやってくる。
「お越しくださりありがとうございます。あちらです」
シャイン姫が寝ている寝台へと行くとそこには天女かと思うほどの美少女が横たわっていた。窓から差し込む陽の光で輝く銀髪に真っ白いしみ一つない肌。苦しげに閉じられた瞼がなんとも言えない儚げさを醸しだしてた。
「息が乱れている様子はないし、血行が悪くなって肌の色が変わっているところもない。ただの気絶だろうね」
コリアンダーがそう言うと様子を伺っていた侍女達の安堵の声が聞こえてきた。王族が倒れたとなると考えていることは皆一緒なのだろう。
「毒を盛られたって思っただろうけど安心して。それよりも何故気絶した?何か衝撃的なことでもあった?」
「それなんですが、今朝方シャイン姫が叫びながら起床されて…そのまま意識を失ってしまったので原因が分からなくて」
「叫びながら…」
相当な悪夢でも見たのだろうか…。
ノアも最近変な夢ばかり見るが何故そんな夢を見るのか未だに原因が分からないでいる。
コリアンダーは悩ましい顔をする。そして睡眠の質を上げる薬をだしておいてとメイヤーに言うと部屋を出ていった。
ノーチェはコリアンダーが部屋を出るまで頭を下げていた。顔を上げるとノア達に近寄って来た。
「悪い夢を見られているんでしょうか…」
「そうかもしれないわね。私はこれから調剤室に戻って薬を調合してくるからノアちゃんはシャイン姫の側にいて頂戴。何かあったらすぐにコリアンダーか私を呼んでね」
「分かりました」
そう言うとメイヤーも部屋を出ていった。ノアはシャイン姫の様子を伺うと未だに瞼は閉じられたままだ。
「ここのところ頭痛薬を飲んでいたのは、悪夢から目覚めて頭が痛かったからですかね」
「起床後に飲んでおられました。きっとそうなのかと…」
数分後シャイン姫の容態は何事もなく、調剤室から戻ってきたメイヤーが薬を持ってきた。まだ目覚めていないので机に薬を置くとメイヤーがまた調剤室に誰もいないのは危険だからと言って部屋を出て行く。
ノアはというとシャイン姫の容態が悪化したときの保険として一日中側についていた。夜になるとノーチェが夜食を持って来てくれたが特に食べる気も起きなくてそのままにしていた。窓から見える月が満月ではないこと、部屋は意外と簡素なこと、何故か机の上には黄緑色の葡萄が置かれていること、何もすることがないとあらゆるところに視線が移るため少しだけ目が疲れる。
今夜は到底起きないだろうな……。
諦めて侍女に様子を見てもらおうと呼びに行こうと思い席を立ったその時、誰かに袖を引かれた。
この部屋にはシャイン姫とノアしかいないため誰というほどでもないかもしれない。
「目覚めましたかシャイン姫」
「ごめんなさい……本当は昼食が運ばれて来たあたりから意識は戻っていたの…」
なんとこのお姫様はずっと寝たふりをしていたらしい。
ノアは再び椅子に座り直すと改めてシャイン姫の顔を伺った。
まん丸の緑色の瞳は先ほど机に置いてあった葡萄のように輝いている。こんな美しいお姫様の横に薬臭い薬剤師がいてもノアの存在はそこらへんの塵でしかない。
こうやって会話している間にどんな夢を見ているのか聞き出そうと思いノアは話しかける。
「改めまして私は宮廷薬剤師のノア・カリフローレと申します」
「カリフローレ………」
シャイン姫はどこか懐かしむように口ずさんでいた。よくわからないがノアは話を続ける。
「つかのことお聞きしますが、何故気絶されたのですか?悪夢を見られていたのでしょうか…?」
「そう……そうなの、あれは悪夢。2度と経験したくないし思い出したくもない……」
「というと?」
「……知らない人が死んでしまう夢。突然地面が揺れて山積みにされてある箱に押し潰されて死んでしまうの。こんな話をしても意味がわからないのでしょうけれど…」
なんとシャイン姫もノアと同じで死んでしまう夢を見ていたなんて。やはり何かこの悪夢には原因がありそうな気がしてならない。
「実は私も見るんですよ。箱に押し潰されてはいないのですが、突然誰かに刺されて死んでしまう夢なんですが…」
「…………え?……あなたも…」
「なんなんでしょうかね。全く知らない人物の刺されているシーンなんて、ましてやこことは全く違う別の国みたいな場所で」
「そこは日本という国よ」
シャイン姫はノアの瞳を真っ直ぐに見つめて言った。どこか疑わしげに、探り当てているような様子に首を傾ける。
「に、にほんって言うんですか…?」
しばらくの間ずっと瞳を見つめられていた。ノアに何か言わせたいのだろうか。けれど駄目だと判断されたようでシャイン姫は深いため息をつくと愛想のいい笑顔に戻った。
「そうよ、日本というの。私は毎回夢の中で死んでいるけれどその国が大好きなのよ…」
消え入りそうな声でそう呟いた。けれど先ほどから日本という言葉を聞くたびにノアの中では何故がどうしようもない寂しさがうずめいていた。
「けど、おかしな国でしたよね。珍妙な食物に一面平な石の床、着てる服も全然違うし…」
「ふふ、おかしいわよね………ねぇ宮廷薬剤師さん。もし、貴方が日本という国に興味があるようでしたら私が教えて差し上げますよ。是非またこちらにいらしてくださいね」
シャイン姫との会話はどこか不思議だった。ノアは机に置いてある処方された薬をシャイン姫に飲むように説明すると別れの挨拶を告げて部屋を出た。
やけに長く幅の広い廊下を月明かりを頼りに歩く。
ノアは調剤室の鍵を開けて中に入るとそのまま今日はここで寝ようと決めた。メイヤーはすでに部屋に戻っており、ノアはそのまま長椅子に横になるとそのまま眠りについた。
薬歴に書かなければならないことが沢山あるのに………
そして今日も夢を見た。
中が冷んやりとした箱を開けると中には色とりどりの食物がはいっているが、どれも腐っているようだ。
「また腐らせちゃった……」
冷蔵庫の中は腐ったキャベツとほうれん草、賞味期限が切れている牛乳にコンビニスイーツが色々。栄養バランスが非常に乏しい状況に唸り声が出る。
貴重なバイト代を食費で消費するのは忍びない、かと言って自炊しないでいると便秘になったり肌が荒れたりで散々なのだ。
仕方ないからスーパーにでも行って肉と野菜を買い簡単に野菜炒めでも作ろうと思い、普段着の上からパーカーを羽織ると足早に家を出た。そういえば明日提出のレポートも終わっていないのに気づき、自炊している暇もないのでは?っと思っていると、自然と手は弁当に伸びていた。
そのままレジに向かおうとしてふと、1つだけ目を引いた果物があった。
「シャインマスカット…」
皮ごと食べられるシャインマスカットは一房が結構な良いお値段であり、節約している人にとっては買えるような果物ではない。
けれど瑞々しさがたまらなく美味であり程よい甘さが口の中で広がりこれまた洋菓子などに会うのだ。
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