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第一章

カリフローレ

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「という夢を見たんだ」

「なんだそれ」

ノアは同じ宮廷薬剤師として働くメイヤーに今朝方にみた悪夢を話した。
珍妙な農作物が大量に陳列し売られている光景を口実で話すのはとても難しい。
そして黒づくめの洋服の男に殺されているのだ。ノアは、自分は呪われているのではないかと思ってしまう。

「そういえば今日は、隣国の第二王子が本国の婚約者に面会する日だったわよね」

「初めての面会か。姫は可愛いから一発で心打たれるだろうに」

シャイン・マーカット姫は、本国の王女様。
隣国に嫁ぐらしく、今日の面会は隣国のシャル・アーリー王子とのこと。
初々しくも文の交換だけだった二人が、ようやくここまで来たかとノアは思う。
成長に感心していると、調剤室の外から騒がしく足音が聞こえる。
そう思った瞬間、調剤室の扉がいきおいよく開き侍女が切羽詰まった顔で入ってきた。

「シャル王子が毒を含み倒れました!解毒剤を至急用意してください!」

唐突な出来事に脳内がフリーズ状態になったが、メイヤーが急いで動き出したので現実に引き戻された。

「ノアは解毒剤、私は水とタオルを。急げ」

急いで薬包紙に粉薬を入れ、シャル王子がいる客室へと向かう。
シャル王子を暗殺しようとしている者が王宮内にいると分かると警備も一層厳しくなるだろう。薬剤師は薬を扱っているので疑われやすい。

「失礼します。宮廷薬剤師のメイヤー・レンモと申します」

「ノア・カリフローレと申します。解毒剤を持ってきました」

侍女が急かすように寝台へと案内してくれる。
口に解毒剤を含ませ飲み込んだのを確認したあと、ゆっくりと寝かせる。逆に激しい動きを取ると体内に毒が回ってしまうのでとても危険だ。
シャル王子が服毒をして、すぐ死に至らなかったのは毒に慣れているからだ。
王位継承権を狙っている王族が仕向けた暗殺が妥当なのか。
毒殺は王族につきもの。
そのために毒味役がいるのに、なぜシャル王子に中毒症状が出たのか不思議だ。

「まぁ、解毒剤を持ってきた自分達に疑いはかからないわね」

「そうっすね。それより調剤室戻らないと急いで出てきたんで鍵かけてないんじゃ」

「それを早く言って頂戴。ノアはここでシャル王子の面倒を見ていてね。それじゃあよろしく」

男らしくいようとしても隠し通せないオネェ感がメイヤーにはあったのであった。
それはさておきこの部屋にはシャル王子と侍女一人。薬剤師のノアがいる。部屋の外には見張りがいると思うが、王子様にしては警備が薄いと思った。

「お前、誰だ?」

どこから声が聞こえてきたか分からず、挙動不審になっているとまた声をかけられた。

「……首からかけてるそれは宮廷薬剤師の印だな」

声の主がわかった。
寝台に寝そべっているシャル王子の声だった。
侍女が、目が覚めた!と言いながら客室の外へと報告しに行っていた。
ノアはどうすれば良いか分からず、取り残されたこの空間から早く抜け出したくてしょうがなかった。

「あの、まだ動かないでください。毒が回ってしまうと危ないので」

「シャイン姫との面会はどうなったんだ…」

「それは…」

それはわからない。と言いかけた時シャル王子がノアの手を勢いよく掴む。

「今は何時だ?俺が倒れたばっかりに……、面会の後は問題の村へと調査へいかなくてはいけないんだ。薬剤師、看病をありがとう」

そう言うと、寝台から飛び起き客室の外にいる見張りに馬の用意をさせる。
もちろん王子の命令には逆らえない見張りは厩へと急ぐ。

「ちょっとまってください!安静にしないと毒が回ると何回言えば…」

「………別にこんなのどうってことない、そんなに心配なら一緒に来い。俺が倒れたらお前が看病しろ」

なんだこいつ。
堪忍袋の緒が切れそうになった。
隣の国の王子様にだれがついていくだって?

「丁度良いな。デラウェア村で村人が謎の病で死んでいる。薬剤師がいたら何か役に立つかもな」

「ですがデラウェア村は本国の領土ですよね?隣国のシャル王子がもつ案件とは思えないのですが」

「デラウェア村は境界線にある村だ。期待の婚約者だからということでオレが解決しなくちゃならなくなったんだ。雑談は程々に、命令だ薬剤師。来い」

逆らったら首が跳ねそうな勢いで睨まれたので、行くことにする。命大事。
紙に「少し遠方へ調査しに行きます」と走り書きし、侍女にメイヤーがいる調剤室へと届けるように伝えた。



乗馬の経験はないので、近衛兵の馬に乗せてもらいデラウェア村へと向かう。
突然の出来事に本日二回目の脳内フリーズ状態になったが、久しぶりの王宮の外は新鮮で悪くないなと思ったりもした。
王宮から出て、日が傾き始めた頃にデラウェア村へと着いた。
馬から降りるや否やシャル王子は少しふらついていたがしっかりと立つと村の者に声をかける。

「村長はいるか。サンセプト王国第二王子シャル・アーリーだ」

「よくぞ来てくださいました。シャル王子」

村の者に支えられながら、しわがれた年寄りが前へ出てきた。

「話は中でしよう。夜になると寒くなる、年寄りの体には障るだろ」

村長が住んでいる家へと入ると木製の年季のある椅子に座らされ暖かそうなお茶が出された。
もちろんシャル王子は口をつけない。毒味役がいないからだ。

「ここ最近村の者が次々と病にふせて亡くなっている……若い子供まで命を奪われていてのう。助けてくれないかい」

「そのために調査しにきた。村の者達に聞いて回らなくては話にならんな」

その日はもう夜なので村長の家の客室を借り朝まで待つことにした。一国の王子なので部屋の前には相変わらず見張りがいる。
ノアは部屋の寝台へと飛び乗り疲れを感じながらも眠気に勝てずそのまま寝てしまった。



朝起きると家の外が騒がしく窓を開けて見てみるとシャル王子が村の者達と親しげに話している。
自分は寝坊したのだ。
昨日の服装のまま寝てしまったので急いで部屋を出て外に出る。

「寝坊か薬剤師。良い度胸だな」

「すみません」

村の人達が一斉に笑い、より一層王子への嫌悪感が増した。

「お姉ちゃん、一緒に遊ぼうよ」

可愛い少女の子供がノアの服の袖を引っ張り遊びへと誘う。
昨日の話では若い子供も病気になってしまうと言っていた。この少女は至って健康そうで病気などもっていないように見える。

「お前女だったのか」

「は?」

なんだこの王子。
ノアは、性別も理解できないシャル王子より少女と遊ぶ方がまだマシだと思い、手を握り「一緒に遊ぼうか」と言う。

「お姉ちゃんに村を紹介してあげる!」

そう言うと、張り切った様子で村の奥へと連れて行かれたのだった。
連れて行かれたさきは、緑豊かな畑と緩やかな川が流れていた。

「すごいでしょ!野菜がいっぱい取れるんだよ!川が近くにあるから新鮮な水をたくさん吸って育ってるんだよ」

川では子供達が水遊びをしている。
こんなに豊かな村がなぜ病になり倒れている人がいるのか不思議なくらいだ。
少女は、川の方から一緒に遊ぼうと叫ぶ子供達に向かって、いいよと答えノアにじゃあねと告げると川の方へと行ってしまった。
自由な子供達だと感心する。
村を紹介するねと言われて来たものの、少女はそれを忘れて遊びへと行ってしまったのでこれから何をしようか考える。

「これは病ではなさそうだな」

横からいきなり出てきたシャル王子に嫌悪感を抱きつつ、病ではないと言う言葉に興味を持つ。

「それはどう言う意味ですか」

「呼吸困難、発熱、発汗、吐き気。全部毒の症状に似てないか?」

「言われてみればそうですね。でも何故そう思ったんですか?」
 
「長年の経験だな」

でも、その可能性は大いにある。ただ亡くなっている人の年齢層が幅広いのだ。
若い子供は好奇心で色々なものに触れてしまう。その点では毒というのもあり得る。
大人に関しては農作業で何か起こったか、はたまた違う原因があるか、の二択しか思い浮かばない。
隣に王子がいることも忘れて考えていると、
子供の少年が切羽詰まった顔で走ってきた。 

「アンが倒れた!!!助けて!!」

少年に連れられて行くと、河岸に顔色が悪い先ほどの少女が倒れていた。名前はアンと言うらしい。
脈拍を図るとまだちゃんと動いているが呼吸がとても荒く調子が悪そうだ。

「家へ案内して」

アンを丁寧に抱っこし、家へと急ぎ足で向かった。
アンの母親と父親に事情を話すと部屋へと案内され、寝台の上へ寝かせた。
王宮にいた時、急いで持ってきた応急処置用の鞄から解毒剤を出しアンに飲ませる。
顔色はすぐに良くはならないが、命だけでも助かったと思う。

「村の病の原因は完全に毒ですね」

アンの症状は毒の症状と同じだった。
先程まであんなに元気に話していた少女がいきなり倒れたのだ。調べるとしたらあそこしかない。

「川に行きましょう」

アンの看病はアンの母親がみてくれた。
ノアはシャル王子と先程子供達が遊んでいた川へと向かう。
川の水は透き通っていてとても綺麗だ。
だとすると水の中に生息する生き物になる。

「薬剤師、気をつけろ」

「毒を含んで安静にしていない王子に言われたくありませんね」

ズボンの裾を膝小僧の上まで上げて川の中へ入る。顔面を水面につけると水の中の様子が見えた。
しかし、毒をもっている生き物は見当たらない。

「原因は川ではないのかもしれない」

そう呟いた時ある薬草を思い出した。
水の中に生えていて、刺激すると毒を吐く薬草がある。何故薬草と呼ばれているのかと言うと、咲いた花には毒がなく疲労回復、腰痛、色々な病に効く薬になるからだ。
この時期はまだ蕾の状態なので刺激を与えると毒を吐く。
ここら辺は生えてくる条件に合っていない。
少し上流の方へ歩いて行くと丁度木陰に入っていて苔がたくさん生えている箇所を見つけた。
顔面を水面に潜らせると三、四本の原因となる薬草が見つかった。
けれど今は、毒草。

「原因を見つけました。この毒草です」

「水死麗花は毒を持っていないと聞いたが?」

毒草の名前は水死麗花という。

「蕾の時は毒を吐くんです。これは慎重に引っこ抜いて処分したほうがいいですね。水の流れに乗って毒が農作物に浸透すると野菜を食べた人がまた中毒症状に陥るので」

「薬剤師を連れてきて正解だったな」

働いた分の金をください。
とまでは言えず、喉の奥に引っ込めた。

調査は終わりデラウェア村の案件は無事解決になった。
最後にアンには会えなかったが無事であることを祈る。
ノアは近衛兵の馬に乗せてもらい、王宮へと帰る。

「ノアちゃん寂しかった~!」

「お仕事お疲れ様です、メイヤーさん」

「え、冷たい」

またいつもの調剤室で日々薬草の管理が始まる。なんだかんだ言ってここが一番落ち着くのだ。

「そういえばノア宛に文が届いてたわよ」

「は?」

文を受け取り見てみると、隣国のサンセプト王国の紋章の柄がついている蝋で封がしてあった。
嫌な予感しかしない。
封を切ると中から一枚の高級な紙が出てきた。
内容はこうだ。

『サンセプト王国の宮廷薬剤師として迎える』

死んでも行きたくない。






















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