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第一章 誰が為の戦い

第一幕 戦場

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「今宵も、皆の顔をみれて嬉しく思う。楽しい宴にしよう。我が愛する臣民に乾杯。」

席に着つくや、イスタール王の宴の挨拶がホールに響き渡る。

いつ間に渡されたのか、グラスを持つ手を掲げてイスタール王はリナと同じ銀の短い髪、感情が読み取る事の出来ない無症状の顔で挨拶をする。

横に座るマーガレット王妃は赤い髪を結い上げて、髪の色に映える赤いドレスを身にまとい、扇で口元を隠し表情は読み取れない。

ホールにいた人達もグラスを掲げ、王と王妃に敬礼した。

リナも敬礼していると、マーガレット王妃の声がホールに響いた。
すると、楽士の音色と喧騒が鳴り止み静寂が訪れた。

「リナ・ユグドラシル、ユーリ・マグワイヤーここにまいれ!」

マーガレット王妃の甲高い声に呼ばれて、おうぞ専用席の前に進み出てリナとユーリは膝をついた。

ホールの人達はこの光景を何度も見たことがある様に、またかと笑っている。
その笑い声の中、マーガレット王妃が扇を口元から離し声をかける。

「卑しい我が娘リナ、昨日の戦いはさぞ楽しかったのかしたら?大好きな戦場で大活躍だったのでしょう?」

口元に蠱惑的な笑みを貼りつけて、マーガレット王妃は話しだした。
リナは答えず膝をついて下を向いたままだ。

「運よく生き残り、今日もこの宴で再会する事ができてわらわは心から嬉しく思います。」

事情を知らない人間が聞いたら驚くであろう、マーガレット王妃のリナへの態度。
この態度には理由があった。

リナはマーガレット王妃の実の娘ではない。

リナの父親はイスタール王だが、母親
は前王妃である今は亡きシルビア王妃なのた。シルビア王妃はイスタール王に深く愛され、優しく慈悲深い王妃であった。しかし、リナが八歳の時にこの世を去った。

王妃が亡くなった翌年、世継ぎの男児がいないことからイスタール王は現王妃であるマーガレット王妃と再婚する。
マーガレット王妃は、立后した翌年第一王子カイルを産んだ。
イスタール王は、賢帝と誉れ高かったがシルビア王妃を亡くしてからは、愚王と言われる程、政治への情熱や残された娘や新しい家族へ愛を注ぐ事を辞めてしまった。

それ程までにイスタール王はシルビア王妃を愛していたのだ。


リナとマーガレット王妃の確執も年々酷くなるが、イスタール王はいっさい諌めたりはする事ない。それが余計にマーガレット王妃のリナへの態度を悪化させていた。

マーガレット王妃は公爵家の娘として産まれ、イスタール王が王太子の頃から妃になるべく厳しく躾られた。
誰もがマーガレットが王妃になると思っていた。

しかし、現実はイスタール王は平民の誰ともわからぬ娘を愛し、その娘を貴族の養子にしたのち自分の妃にしたのだ。

パッとでのシルビア王妃だったが容姿は妖精を見た事がない人々でも妖精がいる!と言った程美しい美貌。

そして、王妃だからと奢る事はなく、使用人達や民に優しく、産まれてきた娘と王を愛し、慈善院や病院活動にも積極的で沢山の人々に好かれた王妃だった。

そんな愛されたシルビア王妃の娘であるリナを、マーガレット王妃は疎んでおり、愛してくれない無関心なイスタール王の事もあって確執は年々深くなってしまっているのだった。


「お母様、私が生きて戻ってこれたのは運などではなく当たり前の事かと思います。
なぜなら戦場で真っ先に死ぬのは、王族ではなく民達なのですから。」

リナは俯いていた顔をあげマーガレット王妃をまっすぐ仰ぎ見た。

「戦場が楽しい場所などと思う者は、狂人しかいないでしょう。戦場は何もかもをなくす場所。多くの者にとっては涙すら流す事なく終わります。戦場はこの世の地獄なのです。」

いつも人々の喧騒、楽士の奏でる音色が溢れるホールに、静寂がみちている。

リナの凛とした声だけが、ホールに響いていた。

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