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第1章
05話 名もなき島にて⑤
しおりを挟むそうまで言われると断りづらい。
本当は英雄でもなんでもない。
そんな名前に何の影響力もないとは思うが、
その名前をつける事でここの人たちが、
少しでも安心して暮らせるというのなら、
好きに使ってくれればとも思う。
しかし、それでは本当にこの村を救いながら、
何かしらの理由があって言い出せずにいる人に申し訳ない。
今は理由があって名乗り出る事ができないのだとしても、
いずれ本当の事を明かしたい時に、それがタケルの手柄だと
勘違いされたままでは困るだろう。
「じゃあ、本当の英雄が名乗り出てくれるまでの間だけ、
という条件であれば、名前は好きに使って頂いて結構です。
でも、本当にそんな名前をつけても、何の役にも
立たないと思いますよ?」
そう言うと村長は有り難そうに感謝した。
「ところでタケル様。タケル様はコロンの町へ行かれるつもりだと
お聞きしましたが……」
そうそう、この村にいても魔物の襲撃に怯え続けるのなら、
衛兵や冒険者のたくさんいる大陸の町に住んだ方が、
安心して生活できると思って、船を作るつもりでいたのだった。
今となっては、魔物の脅威が弱まったここに居たいくらいなのだが……。
「よかったら、私が大陸まで船でお連れしましょうか?」
漁師風の村人が、手を挙げてそう言った。
島の近郊で魚を獲る為、小さいながら船を持っているのだという。
いよいよこの島で生きる事に見切りをつけようと言う事になったら、
島から出る船が必要だからと、魔物に壊されないように
細心の注意を払いつつ、船を保有しているのだという。
滅多な事では大陸に行こうとしない村人たちだったが、
タケルの為ならば、大陸に向けて船を出させて貰うという好意に甘え、
タケルは船に乗せて貰う事にした。
この村に永住してもいいという気持ちではいたが、
確かに、自給自足も心許ない現状では、
大した労働力にもならない自分の食い扶持は
バカにならないはずだ。
これまでお世話になって、更に迷惑をかけるのも心苦しい。
タケルは気持ちを切り替え、
見た事聞いた事もない見知らぬ大陸の町に行って、
ピー助と2人、安心して暮らせる場所を求める決意を固めた。
____________________________________
一方その頃、タケルの目指す大陸を2つに分かつ山岳地帯にある小さな村が、
巨大な魔物たちの襲撃を受けていた。
タケルと同い歳くらいの背丈をした青年レオは、狩りから戻って
その襲撃に気づき、必死に家族や知り合いを探して走り回ったが、
生きている住人は皆無だった。
「父ちゃん、母ちゃん! ばあちゃん、じいちゃん!」
大声で家族を呼びながら走ったが、返事はない。
ようやく自分の家にたどり着き、家族を探そうとするが
家は崩壊していて、見るも無残な状態だった。
ふと、うめき声を聞こえてくる。
レオが慌てて瓦礫をかき分けると、そこには魔物に背中をえぐられ、
息絶えそうな祖母の姿があった。
祖母を守るようにして息絶えている父、母、そして体を切り裂かれた祖父の半身も
瓦礫の間から見えた。
魔物の一匹がレオに気付いて走ってくる。
レオは祖母を背中に背負い、追ってくる魔物を振り切って、村を抜け出して行った。
やがて、村の様子が一望にできる山の高台に着くと、自分が生まれ育ったその村が、
魔物たちによって蹂躙し尽くされているのを目にして、絶望の叫び声をあげた。
「レオや……東…東へ……行きなさい」
背負っていた祖母をそっとおろし、急いで傷の手当てをしようとするが、
その傷はすでに、手の施しようのない状態だった。
「そこに、お前と共にこの世を救う仲間がいる……仲間と共に旅をして世界を……」
そういうと、祖母は安らかな顔で息を引き取った。
大好きな孫に苦しむ死に顔を見せたくなかったのだろう。
その顔は微笑んでいるようにも見える。
「ばあちゃん…」
レオは涙を堪えると、村を襲っている魔物たちを睨み、そして東を見定めた。
いつか世界を救う冒険者となる為に、旅立つつもりでいた。
まさかこんな形で村を離れる事になるとは、今朝まで想像もしていなかった。
生まれた時から山暮らし。本でしか読んだ事のないこの広い世界に足を踏み出す。
右も左もわからない。どんな敵やどんな仲間が待っているのかもわからない。
それでも、この世界を魔物の脅威から救う為、レオは覚悟を決めて旅立って行くのだった。
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