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第1章
01話 名もなき島にて①
しおりを挟む見知らぬ島の浜辺で、タケルは意識を取り戻した。
海からは太陽が昇り始め、その朝日で海面がきらきらと光っている。
砂浜には、見た事のないカニや貝のような生物がいる。
そして、足元にはなんとも可愛らしいスライムが眠っていた。
「あぁ、そうか俺……異世界に召喚されたんだ」
自分の部屋でヘッドホンをして毛布を頭から被り、
時間を忘れてゲームに没頭していたところ、
突然、西洋のお城のような場所で寝ていた。
その後の記憶は少し曖昧だった。
どうして砂浜で寝ていたのか、ここが何処なのかすら
わからない。
「イタタタ……」
寝ている状態から、体を起こそうとすると、
筋肉痛のような痛みが全身を駆け巡った。
体中を痛みが襲っているが、傷跡は見当たらなかった。
召喚された影響なのか、その後どこかに飛ばされて
叩きつけられたからなのか原因はわからなかったが、
タケルは、その痛みに耐えかねて動くのを諦めた。
「ん……?」
寝たままの状態から、自分の袖や胸当てを見て、
タケルは自分の目をこする。
「なにこれ…」
自分の部屋から何処かの城に召喚された時は、
確かに着古した部屋着姿だった。
それなのに、なぜかタケルは高価そうな旅人の装備を
身につけていた。
腰には、高価な剣も所持している。
「うーん……困った。状況をまったく思い出せない」
タケルは、寝たままの状態で必至に記憶を探ってみた。
覚えているのは、魔王たちを倒す素質のある
勇者のパーティ候補者として城に召喚されたのに、
自分だけがその素質が無いとわかり、
少なからずショックを受けていた時までだった。
魔王を倒す為に召喚されながら、その素質が無くて
捨てられちゃったパターン?
だとすレバ、一歩間違えただけで死んじゃう
ハードモードパターンだ……。
そう思うと、長閑に見えた静かな海辺が、
一瞬にして危険地帯に見えてくる。
これ、やばいかもしれないな……。
落ち着け、冷静になれ、持ち物は? お金はある?
手持ちの物を調べると、ズボンの右ポケットの中から
小さなカードが出てきた。
冒険者証と書かれたそのカードには、ランクGタケル・キクチと
書かれてある。
更に腰に紐で縛られある布袋の中に金貨、銀貨、銅貨が
数枚ずつ入っていた。
それがどれほどの価値なのかはわからなかったが、
ひとまず、水や食料を買えるくらいにはなるだろう。
近くに町があればの話だが……。
タケルは寝たままの状態で、一度深呼吸をすると、
若干の落ち着きを取り戻し、少し冷静に戻る。
そもそも、ここは本当に異世界なのか?
元の世界の何処かに戻ってきてるんじゃないかという
思いが芽生えたのだった。手を顔の前に持ってきて、
「ステータス、オープン」
と唱えてみた。
城で大臣に指示されてやった通りにステータスの表示を
出してみたところ、
その時にも出た「自分の名前や職業、HPやMP」といった
ステータスが空中に表示される。
「ここが異世界な事だけは、間違いないなぁ…」
そこには、タケル・キクチ テイマー レベル1と表記され、
従魔として、レベル1のミニスライムが記載されあった。
スライムをテイムした記憶など、タケルにはなかったが、
その4文字を見た瞬間に、タケルの動きが固まった。
「スライム……?」
タケルは元の世界で、部屋に閉じこもって
ゲームをしたり漫画を読みふけって日々暮らしていたのだが、
ロールプレイングゲームや冒険モノと言われる漫画は、
特にタケルの大好物だった。
その中でも、タケルはスライムと呼ばれる魔物に愛着があり、
部屋にはその大きなぬいぐるみや、ガチャガチャで全種類、全色の
ミニサイズのねんどろいどをコンプリートしたりしたほどの
スライム愛好家だった。
タケルは痛む筋肉をほぐしながら、周囲を見渡してみた。
すると、ズボンの左ポケットがモコモコと盛り上がり、
ニュルッと小さなスライムが姿を現す。
「ほわっ!」
大きさは手のひらに乗るくらいのミニサイズ。
子供のスライムなのか、この世界での
スライムの平均サイズなのかはわからないが、
水風船くらいの大きさしかない。
そのミニスライムは、一瞬でタケルの心を鷲掴みにした。
「か、可愛い…」
そして、ぴょこぴょこと小さく飛び跳ねながら、
タケルの胸の上まで来ると、
「ピィ?」
と可愛く鳴いてタケルを骨抜きにした。
体の痛みも厭わずに上半身を起こすと、
そのミニスライムを両手で掬うように持ち、
じっくりと見つめると、
その愛くるしくか弱い存在の虜になってしまう。
「夢じゃないよね、これ……どうか、現実であってくれ」
冒険モノの漫画の中でも、タケルが特に好きなのは、
素質に恵まれて生まれた勇者が、困った村や町を救いながら、
世界中を冒険し、大魔王を倒すそんな物語だったが、
残念ながら、タケルにはその素質は皆無だった。
高校1年生の平均身体能力以下のままの状態で
この世界に召喚されてしまった以上、
英雄や勇者となって、正解を救う救世主モードは諦めざるを得ない。
それならせめて、もう1つの願望。かわいい魔物を手なづけて、
愛玩生物に囲まれて癒されるという妄想だけは成就させたい!
それだけでいい。否、それだけがタケルがこの世界で
生きる喜びなのだった。
「これだけでも、異世界来た価値あるわ…」
あまりの感激にタケルの目から涙が溢れてくる。
「生きてて良かった」
しばらくその感激に浸っていたタケルだったが、
やがて、視線の遥か先、ちょっとした入り江の
あたりから、煙が立っているのが見えた。
細く長い煙がいくつも立っている。
おそらく、炊事の煙だろう。
「村でもあるのかな?」
何の気なしにミニスライムに話しかけてみたタケルだったが、
つぶらな瞳で見つけられ、ふにゃふにゃになってしまう。
だが、いつまでもここで幸せに浸っている訳にもいかない。
タケルは意を決して、体の痛みに耐えながら立ち上がり、
煙の見える方角へとミニスライムを両手に乗せたまま歩き出した。
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