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episode4.5

ソムリエ

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「一旦精霊界に戻って、魔力を回復させてくるよ。だから、明日の朝まで待っててっ。それならセシリアを来る時に使った、魔法の扉でお家まで送り届けられるから!」
「で、出来るだけ早朝にお願いしてもいいかしら?
「まかせてっ」

 キリリとした表情で応えてくれたモフさんが、何だか頼もしく思えてきた。ここはモフさんを信じるしかなさそうだ。

 私達の様子を見ていたクラウス様が「少しだけ待っていて貰える?」と言って、部屋を出た。すぐに戻ってきたクラウス様の手には、ガラスの小瓶が収まっている。
 どうやら応接室からお菓子を取ってきたらしい。

「はい、危険を察知して、僕の元にセシリアを連れて来てくれたお礼だよ」
「にゃー!ありがとう!」

 ガラス瓶にはキラキラと輝くガラス玉のような、砂糖菓子が詰め込まれている。
 クラウス様からお菓子を受け取ったモフさんは、綺麗な砂糖菓子を嬉しそうに眺めた。

 やはり産まれた頃から精霊が見えていたクラウス様は、彼らの性質を理解しているらしい。モフさんがお菓子好きな事も、把握済みのようだ。

「じゃあまた明日~」

 人間の様に、片手をヒラヒラと振ってさよならの挨拶をしてくれたモフさん。私達も手を振り返した。

「モフさんにお菓子を下さってありがとうございます。モフさんは甘いお菓子が好きだから、とっても喜んでいましたね」
「モフさん?」
「さっきの猫精霊さんの呼び名ですわ」
「精霊が自分で名乗ったの?」
「いいえ。名前を知らなかったので、わたしが勝手に呼んでいたのです。つい本人の前でも呼んでしまって、その時に一度本当の名前を尋ねたのですが、そのまま『モフさん』という名で呼んでいいと言って頂いて」
「という事は、セシリアが付けたって訳だね」
「そうなりますね」
「精霊に名前を付けちゃったのか」
「え」

 形のいい顎に手を当てて思案するクラウス様の言葉に、私の胸には僅かに不安の影が差した。

(もしかして私、また何かやらかした!!?)

「セシリアの部屋に現れたって言ってたから、もしやと思っていたんだけど、名前を付けちゃったんだね。多分猫精霊と契約を交わした形になっていると思うんだ」
「ええええっ、わ、私が名前を付けちゃったからですか!?」
「うん」
「ど、どうしましょう!?」
「あの精霊は僕が物心つく前から、既に王宮の庭園辺りに住み着いているからね。ずっとウロウロしてるのを見ていたから、悪い精霊ではないのも分かっているよ。
 ただ、中には悪意を隠して近づいて来る精霊もいるから、気を付けてね」
「はい、ごめんなさい……」

 善意の仮面を貼り付けて近寄ってくるのは、貴族だろうが精霊だろうが変わらないという事か。これからもっと用心しないといけない。

「彼は純粋な心で、セシリアを守ろうとしてくれているようだから今は素直に、可愛い出会いに感謝するとしよう」

 クラウス様の手が、私の頭をよしよしと撫でてくれた。


「そろそろ休もうか」

 そっと腰に手を回し、クラウス様は私を寝台に連れて行こうとする。私は抵抗するように、一歩もその場から動こうとしなかった。

「セシリア?」
「あの……もしよろしければ、今夜はそこの長椅子をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「どうしたの?」
「い、いえ、クラウス様の寝台をお借りするのは申し訳ないので……」
「気にする必要はないよ!僕はむしろ、毎晩この寝台でセシリアと共寝したいくらいなのに。さあ、二人でゆっくり休もうね」

 横抱きにされ、軽々と寝台へと運ばれてしまった。

 変態との共寝を警戒するのは当たり前なんだけど──無駄な抵抗に終わってしまった……。


 ◇

 眠りが浅かったのか、深夜に目が覚めてしまった。カーテンの隙間から漏れ入る月光のみが、ほんのりと室内を照らしている。

(クラウス様は……)

 共寝をしている時、目覚めると一番にクラウス様を確認する癖がついている。
 私の方が寝顔を眺められている事も多いけど……。

(あれ、クラウス様は?)

 ここは王太子宮のクラウス様の私室で間違いない。そして同じ寝台で眠っていた筈なのに、隣はもぬけの殻。眠っている筈のクラウス様が見当たらない。

(ん?そういえば何かスースーするような……)

 何となく体勢をそのままに、自身の下腹部に視線を向けると、寝衣のスカート部分が大きく捲れ上がっていた。

(な!!!?)

 足も、お腹も露わになっている。ついでに私の傍にはクラウス様が座り込んでいた。食い入るように露出した私の肌や下着を見つめてくる──張っ倒すぞ変態!

(どうしよう、早急にぶっ飛ばすべきか!?)

 いや、また屁理屈を並べられて誤魔化されでもしたら厄介だ。ここはパンツを剥ぎ取るまで待って、現行犯で取り押さえるべきかしら?などと思案していると、変態が何やら呟きだしたので、久々に狸寝入りのまま様子を伺う事にした。

「む、このショーツは……初めて見た。そして見た感じ、下ろし立てか……っ!」
「!!?」

 確かにこのショーツは下ろし立てで、今日初めて履いたけど……。いや、正解だからこそ気持ちが悪いのだ。

(パンツソムリエ……?)

 脳内に『パンツソムリエ』という謎の単語が浮かんできたが、彼は瞬時に脱がすのが得意な、パンツ脱がし職人だったはず。

 何なの?パンツ脱がし職人から、パンツソムリエにジョブチェンジしたの?
 それともクラスアップなの?単に新しいスキルを習得したの?進化なのか、スキルアップなのか……。

 とにかく、凄く気持ちが悪いです!!

「流石に下ろし立てを貰うのは気が引けるな……」

(だから貰うって何なのよ!一枚も上げてないわ!盗んでおいてしらじらしい!そもそも履き古した物も、盗んじゃ駄目に決まってんだろっ)

 彼の右手がゆっくりと伸びてくる。

(気が引けるとか言っておいて、結局欲望に負けるんかい!剥ぎ取ったら即ぶっ飛ばす)

 次の瞬間、右の手首を彼のもう片方の手が掴んだ。

「右手が勝手に……っ!?くっ、堪えるんだっ!」

 彼は一体一人で何をやっているのだろうか?クラウス殿下による変態劇場でも、見せられている気分だった。

(取ったらぶっ飛ばす取ったらぶっ飛ばす取ったらぶっ飛ばす)

 まるで呪詛かのように脳内で同じ言葉を繰り返し、呟き続けていた。

「そもそも僕は新品よりも、長期間何度もセシリアによって使用された物の方が好みなんだ……っ!」

 欲望に抗っているだけ、少しは成長したかもと思ったのも束の間、前言撤回。
 その刹那、ピタリと手が止まった。

「はっ!?そ、そういえば下着を新しく入れ替えたという事は、履き古した物はどうなってしまったというんだ!?ま、まさか、処分し……」

(人んちの下着の衣替え事情で悩むな変態!)

「勿体無い!!!」
「……」
「捨てるくらいなら僕にくれたらいいのに!何という事だ!くそっ、侯爵家のゴミ出しの日は一体いつなんだ!?」
「……」

(こんな一語一句気持ち悪い王子様いるー!!?あ、ここにいたわ)

 発言のヤバさに、そろそろ寝たふりをするのも限界を感じてきた。
 眠っているふりをしながら、パンツを奪われていた頃は良く耐えられていたものだと、我ながら感心してしまう。

「くっ……!」

 胸を押さえて痛みを堪えるような表情は、何とも麗し……何でパンツのためにこんな真面目な表情してんの?

「せめて生地の感触だけでも……確かめさせて貰うくらいならっ」
「やめろ!!」

 私の履いてるショーツを、クラウス様は撫で回し始めた。
 撫で回してくるその手を払いのけ、そして上半身を起こしたついでに、振りかぶって変態の頬に平手打ちをお見舞いした。

 バチーーン!!と真夜中の部屋に乾いた音が響き渡った。



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