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さっきまで話をしてたのに、突然彼がいなくなっちゃった。
その4
しおりを挟む食事を終えると、途端にやる事がなくなった。食器の後片付けを始めたクロモに「手伝うよ」と申し出てみたものの、「まだいい」と断られた。理由を訊いたら、口もきけないくらいショックを受けて記憶を無くしたお姫様は次の日からそんな手伝いなんてしないって。
まあ、言われてみればそうかなぁ。退屈だけど、「まあ、いーや」って部屋でぼーっとしてたけど、ダメだ。退屈きわまりない。
やっぱり手伝うなり話し相手になってもらうなりしようと、クロモを捜してキッチンへと向かった。
ドアを開けるとそこには、ローブを身につけていないクロモの姿があった。その姿にドキリとする。
いやもちろん、ちゃんと服は着ていたけど、食事中でさえローブを着込んでフードを被ったままだったから、そうじゃない姿を見て一瞬別人かと思った。
たぶん洗い物をするのに邪魔だから脱いでいたんだろう。
だけどわたしが入ってきたのに気づき、慌ててローブを羽織るとフードを頭に被る。
「そのままでも良かったのに」
つい、つぶやくとジロリと睨まれた。
「何の用だ」
冷たいクロモの声。怒らせちゃった?
フワフワの金髪と澄んだ青い瞳は見ていてため息が出るくらい綺麗でわたしは好きなんだけど、それを言ったらクロモをますます怒らせちゃう気がしてそれは口にしなかった。
「えーと、部屋でボーッとしてても退屈だからやっぱりお手伝いするなりしようかなって思って来たんだけど。もうほとんど終わっちゃってるね。何か他に手伝える事ないかな」
キッチンはほぼ綺麗に片づいていた。けど、他にも何かやる事があるはずだ。掃除とか、洗濯とか。
だけどクロモは首を横に振る。
「いや、特にない」
断られ、がっかりする。けどそれでメゲるつもりはない。
「じゃあ、話ししてもいい? 邪魔はしないようにするからさ。あ、それとも何かしながら喋るのは苦手なほう? でも出来れば色々と打ち合わせとかしといたほうが良いと思うんだ。いくら記憶喪失って言っても、こっちの世界では常識な事をわたしは知らない可能性もあるしさ。そういうの、知っといた方がいいと思うんだ。ね、いいでしょ?」
首を傾げ、クロモを見る。クロモはしばらくの間黙ってたけど、諦めたようにため息をついて頷いてくれた。
今日は気候が良いからとクロモは外にあるテーブルと椅子に連れて行ってくれた。ちょっとおしゃれなオープンカフェみたいだなと思いつつ、木で作られた椅子に座る。
ちょうど木の陰になるように置かれていて、風も通っててとっても涼しい。
「で、何が訊きたい?」
ジュースのような物を差し出しながらクロモが訊く。
「ありがとう。キレイな色の飲み物だね。これってジュース?」
赤く透き通った液体が気になって、つい訊いてみた。果物を潰して作るジュースじゃ、こんな風に透き通らないよね?
「野いちごを砂糖に漬けて作ったシロップを水で薄めた物だ」
「シロップ! それでこんなに透き通ってるんだ。見てるだけでキレイで嬉しくなっちゃうね。これってここでは普通に飲まれてるものなの?」
口をつけるとふんわりと野いちごの香りが口の中に広がった。それと同時に疲れを癒してくれそうな甘みが喉を潤してくれる。
クロモも同じように一口、口を付けてから答えてくれた。
「いや、どうだろう。オレは好きだが」
「え? えーっと……。それってこのジュースはあんまり一般的じゃないって意味? その野いちごのシロップがあんまりたくさん売ってないのかな。野いちごのシロップで作ったジュースって言えば、飲んだことはなくてもなんとなくは知ってるものなの? それともほとんどの人がそういう飲み物があったのかって思うもの?」
こんなに美味しいんだから、けっこうみんな飲んでそうだと思ったけど、もしかしたらその野いちごのシロップがバカ高くて一般家庭に普及してないのかもしれない。
「知らん。それより訊きたい事があったんじゃないのか?」
冷たい言葉にちょっとヘコんだ。けど、口調と表情が違ってた事を思い出して沈んだ心を浮き上がらせる。
クロモはきっと、不器用……というか口下手なんだ。だからまあ、気にしないで大丈夫。
そう自分に言い聞かせ、にっこりと笑う。
「うん。えーっと。今みたいな事もそうなんだけど、他にもちょこちょこわたしのいた世界とこっちじゃ常識が違うと思うんだ。だからそういうの、少しでも知っときたいなって思って。今朝の寝間着の事だって、そうでしょ? わたしのいた世界じゃあのくらいのスカート丈なら普通に人前に出て平気なの。もっと短いので街中歩く女の子だっていたんだよ」
わたしの言葉にクロモが真っ赤になって驚いてるのが分かった。
「き、君の世界の女性は慎みというものがないのか」
動揺しながらクロモが言うけど。
「そんな事ないよ。そりゃあファッションだけ見たら、こっちの人にはそう思えちゃうのかもしれないけど。そういう格好してたって男の人と手も繋いだ事がない子だってザラにいるよ? そういえばこっちの世界って、わたしくらいの歳で結婚するのって普通なの?」
わたしの言葉にクロモは頷く。
「君が姫と同じ十六なら、充分適齢期だ」
「あ、うん。わたしも十六だよ。けど、わたしのいたトコロでは十六ってまだ子供なんだよね。一応女の子は親の許可があれば結婚出来るらしいけど、する子なんてほとんどいないよ。適齢期は二十歳すぎてからだし。三十代で結婚する人もいるよ」
クロモにとってはかなり衝撃だったみたい。
「再婚ではなく、初婚で三十代?」
つぶやく声が震えていた。
「うん。なんかテレビで晩婚化が進んでるって言ってた。あ、テレビってたぶんこの世界にはないよね。なんて言ったらいいのかな。えーっと、映像を遠くに飛ばす魔法ってある?」
わたしの質問にクロモは少し考えてから頷いた。
「俺は使った事はないが、そういう魔法もあるだろう」
「良かった。テレビってそれに似た感じのものなの。色んな人に見てもらいたい映像を作って飛ばしてる人達がいて、それを見たい人達がテレビっていう映像を受け取る物を買って、それを見るの。……分かるかな?」
似た魔法があるんなら分かりやすいと思ったのに、言っててだんだん自分でもよく分からなくなってきちゃった。
「……その話はまたにしよう。知りたいのはこちらの世界の常識だったか」
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