50 / 63
終わりの始まり その1
しおりを挟む美術館に戻り、戻ってきていた永嶋さんから美術品の説明を一通り受けた後、わたし達は美術館を後にした。
心の中では確信した筈なのに、ほんのちょっと時間がたつとすぐに不安になってくる。
これはたぶん、わたしの恋愛経験値が少ないせい。だからちゃんと言葉で「好きだ」って聞かないとすぐに自信がなくなってしまうのだ。自分からは「好き」って言ってないのに卑怯だよねと思いつつ、こうも思う。
わたしの方からはっきり「好き」って言ったら「あなたが〈唯一の人〉なんだからわたしを好きになりなさい」って強制しているようにも思える。もちろん今現在の「〈唯一の人〉候補なんだよ」っていうのも似たようなものではあるんだけど「まだ確定じゃないから」って言ってある分、逃げ道がある。けどわたしから言ってしまえばその逃げ道は完全に閉ざされてしまう。
そう思うとわたしの方から「好き」って言えない。うーん、良く出来た設定だ。
けど、彼の気持ちはかなりわたしに傾いていてくれてると思う。じゃないとあんな態度とらないよね?
そう思ったらやっぱり確認してみたくて。
美術館からの帰り道、どう確認しようと悩みながらちらりと透見を見た。
「やはり美術品から何かを読み解くというのは難しいですね」
結局これといった事が分からなかったからか、透見はそんな事を呟く。
「まあ、文字で書かれたものみたいにはっきりとはしないよね。同じ絵を見ても解釈ひとつで意味が違ってきちゃうし」
言いながらふと、あの絵を思い出した。一番記憶に残った〈救いの姫〉と〈唯一の人〉? の絵。
恋人同士にしては妙に距離が空いていると思ったけど。
「もしかしてあの絵、〈救いの姫〉が相手が〈唯一の人〉なのか確認してる場面だったのかな」
今のわたしみたいに気持ちは決まってても相手の気持ちが分からなくて、迷っている。
わたしの言葉に透見は首を傾げた。
「確認…ですか?」
「うんそう、確認。今わたしが迷ってるみたいに、あの絵を描いた時代の〈救いの姫〉も目の前にいる人が〈唯一の人〉だと思っていても、相手がどう思っているのか自信がなくて……。だからあの距離感で描かれているんじゃないのかな」
言い終え透見を見ると、彼は目を細め笑みを浮かべた。
「迷って、いらっしゃるのですか?」
囁くように透見の唇が動き、その手がわたしの方へと伸びてきた。
「そりゃあ、迷うよ。はっきりした記憶があるわけでもないし、ちゃんと言葉で気持ちを聞いたわけじゃないし……」
透見の行動に内心ドキドキしながらわたしは目を伏せた。と同時に彼の手がわたしの頬へと触れる。
「私の気持ちが、知りたいのですか?」
心地の良い透見の声が耳をくすぐる。親指の腹で頬を優しく撫でられ、その気持ちよさにわたしは目を閉じた。
「知りたいよ。わたしは……」
言いかけた所で、遠くから声が聞こえてきた。
「あー、いたー。て、姫様、透見。何してんのっ」
ビクリと目を開け、声のする方を見た。すると慌てた様子で園比が駆け寄ってくる。
「あーもう園比。二人の邪魔しちゃダメじゃない」
園比の後を追いかけてくるのは棗ちゃんだ。
透見はというと慌てる事なくわたしの頬から手を離し、二人の方へと向き合った。
「迎えに来て下さったのですか」
まるで何もなかったかのように二人に笑顔を向ける透見。一方わたしは、たぶんまだ顔が赤い。
「迎えに来て下さったのですか、じゃないよ。帰りは一緒に行動するって言ってたでしょ。なに無視して二人で歩いちゃってるのさっ」
ぷりぷり怒りながら園比が言う。けど、そうだったっけ?
「違いますよ。わたし達は今まで通り陰から見守る筈でしょ、園比。透見ならちゃんと姫様に魔術をかけて小鬼達に見つからないようにしてくれるんだから、万が一の時以外は二人きりにさせといてあげなくちゃ」
言いながら棗ちゃんは園比の手を取りグイグイ引っ張って行こうとする。
「ちょ、引っ張んないでよ棗ちゃん。手を繋いでくれるのは嬉しいけどさ、今はその万が一の時じゃんっ」
大きな声で主張する園比のその言葉にびっくりした。
「え? 小鬼がいるの?」
慌てて周りを見てみるけど、あの赤い髪をした小さな子供は見あたらない。
「そうじゃなくて! 透見、姫様に迫ってたでしょっ」
ぷうっと頬を膨らまし、睨むように園比は透見を見ている。ああ、びっくりした。でも、園比から見ても透見が迫ってるように見えたのか。そんな園比を棗ちゃんは呆れたように引っ張り続ける。
「そんなの当たり前でしょ? 透見は〈唯一の人〉かもしれないんだから。姫様に迫って何が悪いの。もし〈唯一の人〉じゃないって思ったらちゃんと姫様が拒否するわよ」
棗ちゃんはそのまま園比をずるずると引っ張って行く。園比はまだ納得していないように「それなら僕だって迫ってもいいじゃん」とか叫んでたけど、棗ちゃんが足を止める事はなかった。
そんな二人をつい透見と二人してぼーっと見送ってしまった。
「…ふふ。園比さんは本当に姫君が好きなんですね」
微笑ましいと言いたげな笑みを浮かべて透見は見ている。
「うーん。園比の場合、わたしが好きなんじゃなくて女の子なら誰でも好き、なんだろうけどねぇ……」
あれ? 園比にはヤキモチ妬いてくれないのかな、と思いつつ話す。いやでも前は妬いてくれたよね?
ちょっと考えて、透見にも多少余裕が出てきたのかな、と思う。だから身内に近い園比には、あの程度の事なら妬かないのかな……?
「今頃は棗さんにアプローチしているかもしれませんね。……園比さんももう少し本気でひとりの女性の事を考えるようになれば良いのですが……」
そんな風に心配しているあたり、今はライバルというより幼馴染みの心境の方が勝ってるみたい。
「本当だね」
すっかり通常モードに戻ってしまった雰囲気の中、透見の言葉に同意しながらわたしは彼の隣りを歩いた。
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
私、悪役令嬢にございます!
さいとう みさき
恋愛
鉄板の悪役令嬢物語にございます!
主人公トラックにはねられ女神様に会って自分がやっていた乙女ゲームの悪役令嬢に異世界転生させられちゃいます。
そして衝撃の事実、このまま行くと卒業式で国外追放か断頭処刑が待っている!
それを回避するには女神に言われた無事卒業して生き残らなければならない!?
あの手この手でフラグ回避して生き残れるか!?
二万文字以内で果たしてこの物語書き切るか!?
あんしん安定の鉄板ストーリー、サクッと読める「私、悪役令嬢にございございます!」始めますよぉ~!!
おまじないしたら恋の妖精さんが出てきちゃった。わたしのお願い叶えてくれる?
みにゃるき しうにゃ
恋愛
あみは中学生。幼馴染みのふみかと一緒に恋のおまじないをしてみたら、恋の妖精さんがでてきちゃった。
これで両想いになれる?
方言小説です。
と言っても、なまりはあるけれど方言は少ないかも? どうかな?
子供の頃テレビで新喜劇みたり隣の県のラジオを聞いて育ってるので他所の方言が混ざっている可能性あり。
自サイトに載せている『恋のあみあみパニック』と同じものです。
ハッピーエンドではありません。(またか!)
一応標準語訳バージョンも載せますが、方言を標準語に直訳したものなので、標準語バージョンだけ読んだらちょっと変だったり口調が可笑しかったりします。
世界一可愛い私、夫と娘に逃げられちゃった!
月見里ゆずる(やまなしゆずる)
ライト文芸
私、依田結花! 37歳! みんな、ゆいちゃんって呼んでね!
大学卒業してから1回も働いたことないの!
23で娘が生まれて、中学生の親にしてはかなり若い方よ。
夫は自営業。でも最近忙しくって、友達やお母さんと遊んで散財しているの。
娘は反抗期で仲が悪いし。
そんな中、夫が仕事中に倒れてしまった。
夫が働けなくなったら、ゆいちゃんどうしたらいいの?!
退院そいてもうちに戻ってこないし! そしたらしばらく距離置こうって!
娘もお母さんと一緒にいたくないって。
しかもあれもこれも、今までのことぜーんぶバレちゃった!
もしかして夫と娘に逃げられちゃうの?! 離婚されちゃう?!
世界一可愛いゆいちゃんが、働くのも離婚も別居なんてあり得ない!
結婚時の約束はどうなるの?! 不履行よ!
自分大好き!
周りからチヤホヤされるのが当たり前!
長年わがまま放題の(精神が)成長しない系ヒロインの末路。
俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛
ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり
もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。
そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う
これが桂木廉也との出会いである。
廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。
みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。
以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。
二人の恋の行方は……
青空ベンチ ~万年ベンチのサッカー少年が本気で努力した結果こうなりました~
aozora
青春
少年サッカーでいつも試合に出れずずっとベンチからみんなを応援している小学6年生の青井空。
仲間と一緒にフィールドに立つ事を夢見て努力を続けるがなかなか上手くいかずバカにされる日々。
それでも努力は必ず報われると信じ全力で夢を追い続けた結果…。
ベンチで輝く君に
オタク姫 ~100年の恋~
菱沼あゆ
ファンタジー
間違った方向に高校デビューを果たしてしまい、みんなから、姫と崇められるようになってしまった朝霞(あさか)。
朝霞は実は、ゲームオタクなのだが。
眠るたび、まだやっていない乙女ゲームの世界に入り込むようになってしまう。
その夢の中では、高校の先輩で、朝霞とはあまり接点のないイケメン、十文字晴(じゅうもんじ はる)が、何故か王子様として登場するのだが。
朝霞が王子の呪いを解くと、王子は文句を言い出した。
「どうしてくれるっ。
お前が呪いを解いたせいで、お前を100年愛する呪いがかかってしまったじゃないかっ」
「いや~。
どうしてくれるって言ってる時点で、なんにもかかってないですよね~……?」
(「小説になろう」などにも掲載しています)
40歳88キロの私が、クールな天才医師と最高の溺愛家族を作るまで
和泉杏咲
恋愛
1度諦めたはずのもの。もしそれを手にしたら、失う時の方が怖いのです。
神様……私は彼を望んでも良いのですか?
もうすぐ40歳。
身長155cm、体重は88キロ。
数字だけで見れば末広がりで縁起が良い数字。
仕事はそれなりレベル。
友人もそれなりにいます。
美味しいものはそれなりに毎日食べます。
つまり私は、それなりに、幸せを感じられる生活を過ごしていました。
これまでは。
だから、これ以上の幸せは望んではダメだと思っていました。
もう、王子様は来ないだろうと諦めていました。
恋愛に結婚、出産。
それは私にとってはテレビや、映画のようなフィクションのお話だと思っていました。
だけど、運命は私に「彼」をくれました。
「俺は、そのままのお前が好きだ」
神様。 私は本当に、彼の手を取っても良いのでしょうか?
もし一度手に取ってしまったら、私はもう二度と戻れなくなってしまうのではないでしょうか?
彼を知らない頃の私に。
それが、とても……とても怖いのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる