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透見と小鬼とそれから……? その2
しおりを挟む「コッチ」
「コッチ」
いつの間にか現れた何人もの小鬼たちがわたしを取り囲み、手や服を引っ張り連れて行こうとする。みんなに気づかれないよう小さな声で、気配を消しながらわたしを連れて行こうとする。
実際には手を引っ張られて一分もたっていなかったのかもしれない。だけどわたしにはそれは随分長い間のことに感じた。
胸が苦しくて息が出来なくなりそうになる。何か言わなくてはと思うのに、喉が詰まってしまったように声が出ない。
「姫君!?」
透見の切迫した叫び声が耳に飛び込んできた。気づいてくれたんだ。続いて呪文を唱える声が聞こえる。他のみんなも気づいたのだろう、身構えこちらにやって来る音がする。
透見の放った魔術に何人かの小鬼が吹き飛ばされた。その反動で小鬼たちの手がわたしから離れる。
「姫、こちらへ」
いつの間にかすぐ傍に来ていた戒夜がわたしの肩を押し小鬼から引き離した。
「あ」
足が震えそうになる。それでも必死にグッと力を入れ、なんとか倒れずにすんだ。
「安全な所へ」
言われ、小鬼のいない方へと足を動かす。すでに剛毅や園比が小鬼達と対峙し、透見が魔術で援護していた。それに戒夜が加わる。
小鬼の数はだんだんと増えているように感じた。
「ちっ。油断してたぜ」
剛毅が両手に持ったナイフを操りながら舌打ちをする。
「ええ? 油断大敵! だよ。まあ僕も姫様から目を離しちゃったのはうっかりだったけどさ」
ペロリと舌を出した後、園比がブン、と小鬼に向かって大剣を振るった。……あんな大剣、どこから出したんだろう。
けどまあ魔術が存在する世界だし、剣が魔法みたいに出ても不思議はないのかも?
戒夜は肉弾戦派だから、無手でガンガン小鬼に向かっている。
「ご安心下さい姫様。みんないますからすぐに終わります」
にこり棗ちゃんが笑い、細くて短い棒を構える。名前は知らないけど、前に使ってた訓練用のじゃなくて先の尖った、アイスピックみたいなやつ。
棗ちゃんの言葉にわたしはほっとした。
そうだ。今日はみんないるんだ。
わらわらと小鬼達は増えているような気がしたけど、それは気のせいかもしれない。みんなどんどん小鬼達を倒していくのが見える。きっとその内数も減ってくる。
そう思うと体の力が抜けた。まだみんな闘ってるんだから、安心するのは早いと思うのに、ヘナヘナとその場にへたり込んでしまう。
さすがにダメでしょと立ち上がろうとするけど足に力が入らない。
仕方ないからせめて邪魔にならないよう、少しでも遠くへ、とわたしはズリズリ這い出した。
けっこう離れたかな、と地面に這いずったまま振り向いた時だった。みんなの隙をついて一匹の小鬼がこちらにやって来るのが見えた。そのすぐ向こうには剛毅の姿があったけど、別の小鬼と闘っていてその小鬼に気づいていない。助けを求めようと口を開きかけた時、剛毅の手からナイフがはじき上げられたのが見えた。
そのナイフがこちらに飛んで来る。どうする事も出来なくて、わたしは目を閉じ頭を抱え、伏せた。
みんながわたしを呼ぶ声がする。絶対にナイフが当たると思ってたのに、痛みも衝撃もやって来ない。
わたしは恐る恐る顔を上げた。そして目に入ってきた光景に驚いた。そこには、お腹にナイフの刺さった小鬼の姿があった。
「え?」
なんで小鬼に? 確かに一匹、こちらに向かって来てはいたけど。
偶然小鬼に当たったんだろうか。でもだとしたら、どうして背中ではなくお腹に刺さってるの?
こちらを向いた小鬼が、苦しそうな顔をしたまま、にこりと笑う。
「……」
何かを言おうとしているけど、その声はわたしに届かない。
「姫君!」
透見が呪文を唱え、ふわりとわたしの体を何かが包み込む。小鬼がわたしの姿を見失い、悲しそうな顔になる。
「大丈夫ですか?」
透見がやって来て、小声で囁く。それと同時にやって来た戒夜に、目の前にいた小鬼は蹴り飛ばされていた。
いつかと同じように透見に手を引かれ、気配を殺しながらその場を離れる。屋敷の場所が見つからないよう用心しながら、最短の距離ではなく遠回りしながら歩く。
みんなと小鬼達が闘っている場所からかなり離れてからやっと、透見は立ち止まり、わたしの手を放した。
「……」
いつもだったら安全な場所に着いたらすぐに声をかけてくれる透見が、何も言わない。
そういえば、どんな時でも優しい笑みを絶やさずわたしに向けてくれていたのに、逃げている途中もそれがなかった。無表情……ううん、少し苦しそうな顔をしたまま、わたしの方に視線を向けてくれなかった。
もしかして、と考えさっきの小鬼の事ばかり気になってた自分が悔やまれる。
「透見、どこか怪我してるの?」
さっきの乱戦でどこか小鬼にやられてしまったのかもしれない。
だけど、心配になって伸ばしたわたしの手を透見は拒否するように首を振った。
「いいえ。私は怪我などしておりません」
でも、と言いかけたわたしに、透見は勢いよく頭を下げた。
「申し訳ありません姫君。私の失態です。第一に姫君の安全を考え、守りの魔術を掛けるべきでしたのに……」
苦しげに、透見が言う。
「そもそも神社を出る前に術を掛け直すべきだったのです。そうすれば小鬼に見つかって姫君を危険な目に遭わせる事もなかった」
下唇を噛み、辛そうに透見が呟く。
「え? や、透見は悪くないよ? 小鬼がいつ襲ってくるかなんて誰も分かんないんだし、透見は一所懸命闘ってくれてたじゃん?」
そう言って慰めようとしたけど、透見は頑なに首を横に振る。そんな透見の姿に、ちょっとキュンとしてしまった。なんていうか、わたしの事でそこまで落ち込んでくれる事が、なんとも嬉しい。
けどだからって、ううんだからこそ、彼を落ち込んだままにさせておくのは可哀想だ。
現実のわたしなら絶対にこんな事はしない。しないけどこれは夢の中の事だから。
わたしはすっと手を伸ばし、彼の背中へと手をまわした。
驚いたように透見の体が固くなるのが分かった。けど、決して逃げようとはしなかったので、わたしはそのまま優しく、彼を抱きしめる。
「大丈夫だよ。わたしはみんなに、透見に守られて、この通りちゃんと無事だったんだよ?」
ゆっくりと彼の背中を撫でると幾分彼の体から力が抜けるのを感じた。
少しは気持ち、落ち着いてくれたかな? だといいんだけど。
ほんの少しほっとして、ふと透見の背中の広さに気づいた。いつも優しげににこにこ笑ってるし、外見的にもどちらかというと中性的で剛毅のように『男』って感じじゃないもんだから、ちょっと意外に思ってしまった。
透見もしっかり男の子なんだ。
〈唯一の人〉候補に選んどきながら今更そんな風に思うのも失礼な話かもしれないけど、なんかドキドキしてきた。
それに気づいたのか透見がふと顔を上げ、そっとわたしを引き離す。
「すみません姫君。恥ずかしいところをお見せして……」
ほんのり頬を染めて、でも少し笑顔も取り戻して透見が言う。
「ううん。人間誰しも後悔する事や落ち込む事はあるよ。けど、必要以上に自分のせいだって思う事もないんだよ」
わたしもにこりと笑って透見を見る。……というか、半分ニヤケてたかもしれない。だって、透見かわいいんだもん。
そんなわたしに気づいたのか、正気に返ったように透見はぱっと背を正した。
「姫君に気を使わせてしまって……。申し訳ありません」
「いやいや。だから、いつも気を使ってもらってるのはわたしの方なんだし……。えーとまあ、とにかく、そろそろ帰ろうか?」
このまま話を続けると不毛なやりとりをしそうな気がして提案する。透見もちょっとは浮上してくれたみたいだし、考えてみれば今、小鬼に追われている最中だし。
「そうですね。では、少し遠回りになりますが、こちらの道から……」
透見も同じように気づいたのか、いつもの笑顔に戻ってわたしを安全と思われる道へと導いてくれた。
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