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透見と静かに図書館デート その4

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 実を言うと、わたしは本を読むのはあまり得意ではない。

 いや、本を読まない訳じゃないのよ? 小説とかたまにだけど読むし、乙女ゲーだってノベル系の方が好きだし。

 ただ、興味があるものはぐんぐん読めちゃうんだけど興味のないものだとさっぱり頭に入って来ない。さっきの魔術のかかった頁みたいに読んだ端から忘れて何が書いてあるのかさっぱりって程じゃないんだけど、興味があるものに比べたらやっぱり頭に入って来ない。

 そんで今回の本はというと、興味がないって程ではないけど文章が硬かったりするもんだからエンジンの掛かりが悪い。

 むーっと眉間に皺を寄せながら読んでいたら、ムズカシイ顔をしたわたしに気づいた透見が声をかけてくれた。

「どこか分からない所でもありましたか?」

 そう言い、わたしの読んでいた本を覗き込んでくる。

「あ、ううん。単にわたしが硬い文章苦手だから時間がかかってるだけ。大丈夫だよ。気遣ってくれてありがとう」

 わたしの事を気にしてくれてるってのは正直嬉しい。けど、透見の邪魔しちゃ悪いもんね。

 そう思ってたのに透見がにこりと提案してくる。

「よろしければ私が噛み砕いてお聞かせしましょうか?」

 申し訳ないなぁという思いと、嬉しいかもという思いを抱きつつ、わたしはそれに頷いた。

 だって真面目に書物を調べるつもりだった透見にとってはかなり足手まといなんだろうけど、わたしとしては二人別々に黙々と本を読んでるんじゃ意味がない。

 少しずつでも会話して透見がどんな人なのか知って選択肢から外すかどうかを決めなくちゃ。

 そんなわけでわたしは、読みやすいようにと透見が座っている向かい側へと本を回した。すると彼はスッと手を出して「いえ」と微笑み、それを止めた。

「姫君にも本の文字を追ってもらいたいので、そちらに移りましょう」

 そう言うと透見は席を立ち、わたしの隣りの席へと移動してくる。そうして二人の間に本を置き、二人で覗き込む形になった。

 なんかこれって教科書を忘れてしまって隣りの席の男の子に見せてもらってるシチュエーションっぽい。ちょっぴり意識してしまう。

 だけど透見の方は全然そんなの気にならないらしく、いつもの静かな声で開いた本を読み始めた。



 透見がこの島の歴史を語り始める。いつも笑ってる彼の優しい声が耳をくすぐる。男性特有の低い、でも優しい声。

「空鬼は何度かこの島へとやって来ています。そしてその度、〈救いの姫〉が召還され〈唯一の人〉を呼び覚まして空鬼を追い払っているのです」

 それはここへ来た時にも最初に説明を受けた設定だったと思う。なので特に質問をする事もなく頷く。

「最初に空鬼の記録が残っていたとされるものが、この部分に書かれています」

 そう言い透見が頁の一部分を指さす。

 長い、綺麗な指だなぁ。

 自分の指が間接太くて不格好なせいか、綺麗な長い指を見ると、つい羨ましいなぁとか思ってしまう。

 女の人の場合だとそこでお終いなんだけど、男の人の場合その指で触れられるとどんな感じだろうなんて、邪な気持ちもほんの少し生まれてドキドキする。

 そんな不純なわたしに気づく事なく透見は説明を続ける。

「赤い髪をした空を飛ぶ鬼がこの地へ舞い降りた。鬼は何かを探すようにこの島を徘徊し、荒らしていった。人々が困り果てた時、一人の姫が現れた。余所の世界から来たという姫は眠れる〈唯一の人〉を呼び覚まし、その絶対的な力を持って鬼を退ける事に成功した」

 淡々と語る透見の横顔を見る。いつも柔和に微笑んでいるけれど、今は本を読んでいるせいか真剣な顔付きだ。

 前髪がかかる少し伏せた目が、やたら色っぽく見えてますますドキドキしてしまう。

「姫君?」

 ふと気づいたように透見がわたしを見た。

「あ、うん。な、なに?」

 誤魔化すように笑顔を作って透見を見る。透見はそれに気づいているのかいないのか、いつもの笑顔をわたしに向ける。

「今までの部分はよろしいですか?」

「あ、うん。今まで聞いてたのと同じ、空鬼が来て、姫が来て、〈唯一の人〉が覚醒して、空鬼を倒すんだよね?」

 特に変わり映えのない、伝説。

「けど、あれ? 空鬼って倒されてもまた復活するんだ?」

 ふと疑問に思った事を口に出す。

「はい。その事については次の記述にも載っています。ここです」

 透見の指さす先を、本を覗き込むように身を寄せる。現実の目の悪さがそのまま夢にも現れちゃってるもんだから、ちょっと遠くにあるだけでも小さな文字は見えづらいのだ。

 それに気づいた透見がすっとわたしの前に本を移動してくれた。のは良いんだけど。

「失礼します、姫君」

 そう言うと立ち上がりわたしに覆い被さるように背後に立って本を読み始めた。

 て、えええ? ちょっと待ってちょっと待って。なにこの乙女ゲーなシチュエーション。いや、乙女ゲーの夢なんだけどさ。でもこの願望丸だしなシチュはさすがに照れるんですけど?

「長い時がたち、再び空飛ぶ赤鬼がこの島に降り立ち、人々は驚愕した。その鬼が過去に退けた鬼そのものなのか仲間なのか、子孫なのか誰にも分からなかった。人々は再び姫に〈唯一の人〉を目覚めさせてもらう事を望んだが、誰も姫の居場所を知らなかった」

 淡々と透見は語ってる。けど、ちょっとこれは無理。冷静に聞ける状態じゃないよ。

 背後に透見の体温感じちゃうし、耳元で囁かれてるのも同然だし。集中して聞けってほうが無理でしょ。

 ドキドキしながら、それでもなんとか集中しなくちゃと話に耳を傾ける。

 透見の長い指が本の頁を捲る。その際彼の体がますます密着して、その腕がわたしの頬をかすめる。

 ああ、もうダメだ。これ以上はホント無理。

「あああの、透見。その、ちょっと、お手洗いに行ってきていいかな?」

 真っ赤になりながらわたしは言った。うまい言い訳じゃない事は分かってる。ていうか、この言い訳もかなり恥ずかしい。でも、こんなに赤くなってる理由がトイレに行きたいって言いづらい事を言ったからって、誤魔化せるかもしれない。そして実際わたしの顔が赤い事に気づいた透見も赤くなって戸惑うようにわたしの傍から離れた。

「すみません、気がつかなくて。場所は分かりますか?」

「あ、うん。司書のお姉さんに訊くから大丈夫」

 そう言うとわたしは慌ててその部屋を後にした。



 ドキドキしながら駆け込んだトイレの洗面所の鏡に、自分の姿が映り込んでショックと共にゲンナリする。

 自分が見えてない時は多少なりともヒロイン気分でいられるけど、現実の自分を見ちゃうと『誰がこんなブスでブタなおばさん相手にするんだよ』って思わずにはいられない。

 しばらく落ち込んで落ち着いて、それからやっぱり開き直る事にした。だってこれ夢だもん。夢くらい都合の良いように見て何が悪いのさ。

 でまあ、結局それからは個人個人で本を読む事にした。

 さすがにさっきの続きをってわけにもいかないし、開き直ったとはいえ恥ずかしいし、透見に説明してもらうのは分からない部分があった時だけにして、自力で読める所は頼らない事にした。だからしばらくわたし達はお互いに黙々と本を読んだ。

 で、分かったのは、この島には何度も繰り返し空鬼がやって来ていてその度〈救いの姫〉と〈唯一の人〉が現れてるって事。

 二度目の降臨の時、来るのが遅くなったせいで小鬼達はかなり島を荒らしてしまったらしい。だから姫は次に空鬼が現れた時の為、召還の魔術を人々に与えたらしい。

「わたしって何人目の〈救いの姫〉なのかな」

 何の気なしに、そんな事を呟くと透見は首を傾げ答えた。

「ここに書いてある〈救いの姫〉は全て貴女の事だと思っていたのですが、違うのですか?」

 え? そうなの?

 今度はわたしが首を傾げ、考える。

「でもこの記録って何百年も前からの話でしょ? 幾らわたしがおばさんだからって、さすがにそこまで生きてはないよ?」

 まあ異世界からの召還とかだと時間の流れが違うとかって設定もありえるけどさ。

「それに〈唯一の人〉はこの島の人なんでしょ? さすがに何百年も生きてる人はいないだろうし、〈救いの姫〉が同じ人なのに〈唯一の人〉が代替わりするのはどうかと思うんだけど……」

 まあこれが乙女ゲーの世界だとして、周回する度に〈唯一の人〉が変わるってのはありなんだろうけど、ストーリーの中にそれが組み込まれてるってのはどうかな。

 あ、いや待てよ。これループもののお話か? あーでも歴史として残ってるんならループとは言わないか。

 まあ、わたしの見てる夢だしね。矛盾どんとこいだ。

「〈唯一の人〉についてはその魂を引き継ぐ者と思っていたのですが。そうですね、姫君も本人ではなく魂を宿した者なのかもしれませんね。そう考えた方が記憶や自覚がなかった事も頷けます」

 ああ。そういう設定ならなんかありそうかも。

「うん、そうだね。そんな気がする」

 わたしが肯定すると透見も嬉しそうに頷いた。


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