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第3話

その2

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 スミさんは、助け舟が来てホッとしていました。

 自分の姿形から、そういう目で見られることだろう事は覚悟していたのですが、王様主催のパーティーでまさかこんなふうにあからさまに声をかけてくる人がいるとは思っていなかったので、心の準備が出来ていませんでした。

 もちろん、オミがどこまで本気でスミさんに声をかけてきたのかは分かりません。オミがスミさんに手を出し囲おうとしているというのはスミさんや周りの人たちの勝手な思い込みで、単に物珍しいから声をかけてきただけなのかもしれません。

 それでもスミさんは、助けてもらった事でホッとしていました。けれどそれと同時に、反省もしていました。これくらいの事、自分で対処できなくてどうするのかと。

 これまではお嬢様自身が人前に出る事を嫌がっていた為、こういう集まりに顔を出す事はありませんでした。

 今も嫌がってはいますが、年齢を重ねれば嫌だから行かないとはいかなくなるでしょう。

 もしお嬢様付きのメイドを続けていきたいのなら、スミさんもこういう集まりに出る機会が増えるはずです。ならばこのくらいの事は自分でなんとかしなければなりません。

 そう思った矢先、今度は旦那様が手を差し伸べて下さいました。

「スミさん、あちらのジュースをミナに持っていってあげてくれるかい?」

「かしこまりました。旦那様」

 わざわざ遠い場所に置いてあるジュースを指定したのは、この場から抜け出す機会を与えてくれた旦那様の優しさです。

 感謝しながらスミさんはその場を離れました。



 王様や王妃様、それにたくさんの従兄弟達からあれこれと話しかけられ構われていたお嬢様でしたが、ふと壁際でざわめきが起こりそちらを見ると、スミさんが困った顔をしていました。

 スミさんの前にいるのはオミです。何かあったのでしょうか。

 助けに行かなきゃと、立ち上がりかけたお嬢様に声をかけてきたのはホシでした。

「弟がすみません。僕が行って止めてきます」

 ホシがオミに声をかけている間に、お父様がスミさんに声をかけてスミさんはその場を離れました。

 ホッとしているお嬢様の傍で、タカがポツリと呟きます。

「ほんっとオミは、軽い奴だな」

 ほんの少し侮蔑の含まれた声に、お嬢様はついタカの方を見てしまいました。それに気づいたタカが、ほんの少し慌てたように取り繕います。

「いや、オミも悪い奴ではないんですよ。それは僕も知っています。けど、ちょっと王族の自覚が足りないんですよ」

 タカにとって王族に産まれたというのはとても誇りなのでした。ですから王族の一員で従兄弟でもあるオミが、あんな風に品位を落とすような行為をするのはとても腹立たしかったのです。

 それでもタカがオミを嫌いにならないのは、オミの良いところも知っているからです。だから、自分のつぶやきのせいでミナにオミが嫌な奴と思われるのは、嫌でした。

 お嬢様はタカにコクリと頷き返しました。オミが悪い人ではないというのは、なんとなく分かりましたから。

「失礼いたします。こちら旦那様からお嬢様にとのことです」

 いつの間にかやって来ていたスミさんが、お嬢様にジュースを差し出しました。

 お嬢様はそれを受け取り「ありがとう」の意味を込めて微笑み頷きました。

「ミナちゃん笑顔も可愛いね」

 突然言われて、お嬢様はびっくりしました。タカに他意はなかったのですが、お嬢様はついスミさんの後ろに隠れてしまいました。

「あ、あれ? ごめん。何か嫌だった?」

 慌てるタカにスミさんがにっこりと笑って教えてくれます。

「お嬢様は照れているだけでごさいます。決して嫌なわけではございません」

 スミさんの後ろではお嬢様が「なんで言っちゃうのよバカーっ」とでも言いたげに、彼女の背中……というか腰のあたりをポカポカと叩いています。けれどお嬢様に甘えられて嬉しいのか、スミさんの翼はパタパタと楽しそうに揺れているのでした。



 誕生パーティーも終わりに差し掛かる頃にはミナお嬢様もだいぶその場に慣れ、年上の従兄弟達とも話をするようになってきていました。お父様やお母様はそれを見て、多少本人が嫌がろうと、たまにはこういう場所に連れて来なければいけなかったと反省をしたのでした。

 スミさんは、あれから他のメイド達と同じように目立たず他の人に絡まれる事もなくお嬢様の世話をする事が出来ました。時折チラチラと視線が気になる事はありましたが、それは仕方がありません。

 オミもあれからホシに釘を刺されたせいか、スミさんに声をかけてくる事はありませんでした。

 そうして無事、パーティーが終わりの時間を迎えた時です。王様が、とんでもない発言をされたのです。

「うむ。決めた。皆の者、よく聞いてくれ。ミナと結婚した者に、次の王位を譲る」


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