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お姫様とシガツ
その5
しおりを挟むキッパリと言い切られ、マリネは「そんな……」とつぶやきを漏らした。
マインは心の中で『もう二度と来なくていいわよ』と思ったし、エルダもシガツが断ってくれて助かったと思っていた。
だけどそこでキュリンギが口を挟んだ。
「たびたびは確かに困るでしょうけれど、たまにだったら会いに来ても良いんじゃないかしら」
来るなと何度言われてもメゲずにここに通って来ているキュリンギとしては、恋する瞳のマリネの気持ちが良く分かった。
来るなと言われれば悲しい。けど会えなくなるのはもっと悲しい。迷惑をかけてしまうと分かっていても、会いたい時はあるのだ。
案の定エルダの顔が曇った。彼に嫌がられるのは本意ではないけれど、かといってキュリンギはマリネの気持ちを無下にもしたくはなかった。
「しかしそう気軽に来れる距離ではないでしょう」
エルダはため息を付きつつ告げる。
今回は視察という名目で他の街にも寄りつつこの村に来たようだが、ただ遊びに来るだけには少し遠いのではないか。護衛や侍女たちを、遊びに来る為に連れてくるのか。その辺りの事はちゃんと考えて言っているのか。
そうエルダは訊きたかったのだ。
しょんぼりとうつむくマリネの姿を見て、キュリンギは「せめて……」とシガツを見た。
「じゃあせめて、お手紙のやりとりくらいはしてあげてね。そのくらいなら修業の邪魔にはならないでしょう?」
キュリンギの提案に、シガツはちょっと考えてから頷いた。
「……あんまりマメな方じゃないから、返事は遅くなるとおもうけど、マリネがそれでいいなら……」
マリネが上げた顔を、パァッとほころばせる。
「ええ。それで良いですわ。シガツ様のお手紙、楽しみにしております」
にこにこと笑顔を向けられれば、シガツだって嬉しい。だからシガツもマリネに笑顔を向けた。
その様子にむくれているマインを見て、エルダは小さくため息をついた。
思い出してみれば、シガツがここの弟子になったばかりの時も、ソキをとられてしまうんじゃないかとシガツを敵視していた。今度はシガツがマリネにとられてしまうと感じているのだろうか。
ほんの半日、従姉が遊びに来たくらいでそんなヤキモチを妬かなくても良いだろうにとエルダは思うが、マインにしてみれば無自覚のヤキモチで止まらない。
むーっと不機嫌そうにそっぽを向きながら、マインはその話を聞いていた。
そんなマインの様子にニールは遅ればせながら気がついた。
先程までシガツがお姫様の従弟だというショックで自分の失礼だった行動に震えていたが、ふと気がついたマインの様子に更に頭をガンと叩かれた気がした。
ニールから見れば、マインの行動はどう見ても恋する女の子のヤキモチだった。
そんな。マインはあいつの事が好きなのか?
つい、シガツを睨みつけそうになって思いとどまり、うつむく。
落ち着け。あいつの方は好きな子はいないって言ってたじゃないか。それにあいつが隣の領主の孫なら、やっぱり目の前のお姫様か似たような身分の女性と結婚する事になるだろう。心配する事はない。
そうは思うものの、マインの気持ちがシガツに向いている事が腹立たしくて仕方がない。
さっさとお姫様と結婚してここから立ち去ってくれたら良いのに。
ついそんな風に考えてしまい、ニールはため息をついた。
それから少しして、マリネの連れて来ていた召し使いが「そろそろお時間です」と彼女に告げた。
「まあ、もう少しシガツ様とお話していたかったのに……。魔法の修業の様子もまだ見せてもらっておりませんし」
ほんの少し拗ねるようにマリネは言うが、それでも名残惜しそうにしながらも立ち上がる。
「伯父さんや伯母さんに、よろしく伝えておいてよ」
シガツの言葉にマリネはにこりと笑う。
「帰ったらすぐに、手紙を書きますわ」
そう言って手を振り、星見の塔を後にした。
マリネの来訪はシガツにとっては波乱だった。それでも、彼女に会えた事は嬉しかったし、別れるのは少し淋しい。
「うん。待ってるよ」
困った従姉ではあるけれど、それでもシガツは彼女の為に精一杯手を降った。
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