春風の中で

みにゃるき しうにゃ

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お姫様とシガツ

その1

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 お姫様の歓迎会と月見パーティーをした次の日。いつもと同じように朝食の仕度を終え、みんなで食べ始めたところで師匠が爆弾を落とした。

「今日午前中にお姫様が星見の塔にやって来ますから、みんな家で待機していて下さい」

「えええぇぇっっ」

 びっくりして大声を出すマインと、顔面蒼白のシガツ。ソキはどうしてそんなにマインが驚くのか分からず、首を傾げている。

「え? なんで? あ、もしかして魔法の修業の様子を見に来るとか?」

 今はもう魔物の数は減ったとは言え、いざという時の為に魔法使いは必要だろう。魔王がいた時のように必要に迫られていない分、若い子の魔法使いのなり手が少ないのかもしれない。

「さあ? 詳しくは聞いていませんが……。シガツ、逃げてはいけませんよ?」

 にっこり笑ってエルダが釘を刺す。

 何か理由をつけて塔から離れていようと思っていたシガツはガックリ項垂れて小さな声で「はい」と頷いた。



 それからマインはバタバタと慌てて「服をどうしよう」と悩み始めた。

「昨日の衣装……は、大袈裟すぎよね。けどお姫様が来るんならちゃんとした服じゃないと。春の夜祭用の余所行きで大丈夫かな」

 ブツブツ言いながら準備を始める。

 師匠もまた一応はお姫様をもてなさないといけないからと、とっておきのブレンドハーブティーを用意したり焼き菓子を出したりしている。

 そんな二人とは違いシガツは椅子に座ったままガックリと項垂れていた。

「お姫様来るの、嫌なの?」

 ソキがシガツの隣りに来て尋ねる。

 こんな風にシガツが落ち込むのは、彼の故郷が関わる時だとソキは知っていた。

「来るのは嫌じゃないよ。ただ……」

 その先は口ごもり、言葉にならない。

 ソキはシガツを元気づけたくて、「来て」と彼の手を引き外へと連れ出した。



 いつも魔法の修業をしている場所までやって来ると、ソキは立ち止まりシガツに「じっとしててね」と言って手を放した。

 何が始まるんだろうとソキの顔をじっと見ていると、にこりと笑って舞い上がるソキと共にシガツの周りに風が吹き、フワリとシガツの身体が少し浮き上がる。

「うわっ」

 バランスを崩しそうになるシガツの手を慌ててソキが握った。

 体勢を整えたシガツは、ほんの少し、膝くらいの高さとはいえ自分の身体が宙に浮いている事に気づき、感嘆の声を上げた。

「すごい、ソキ。いつの間に出来るようになったんだ?」

 バランスを取るため両手を掴み、向かい合った二人はどちらも嬉しそうに笑っている。

「初めて会った時に、手で抱えて飛んだでしょ?」

「ああ、オレが落っこちちゃったやつな」

「あの時はソキの手の力が足りなくてシガツを落っことしちゃったでしょ? けど、それまでシガツを抱えて空を飛べてた。ソキ、あんまり重たい物は風の力で飛ばせないって思ってたけど、シガツを抱えて飛べたんなら重たい物も風で飛ばせるんじゃないかって練習してたんだ」

 言いながら、限界が来たのかフワリと地面に着地する。

「もっと力がつけばもっと高く飛べるようになるんだろうけど、今はこれが精一杯」

 そう告げるソキの両手を握ったまま、シガツは笑顔で感謝する。

「充分だよ。ありがとう。宙に浮くってなんかすごい。嬉しい。ほんとありがとう」

 小さな頃に見た、まるで自分が精霊のように飛んでいた風使い。

 自分は風使いにはなれなかったけれど、ほんの少しでも宙に浮く事が出来てシガツは夢が叶った気がした。

 そして気づく。シガツは風使いになりたかったというよりは、空を飛んでみたかったのだと。

 シガツにお礼を言われてソキは「えへへ」と笑った。

「もっと高く長く飛ばせるようになるように、頑張るね」

 シガツに喜んでもらいたいから。

 ソキはもっと力をつけたいと願った。



 さあそろそろ家に帰らなければと思った時、ソキが「あ」と声を上げた。

「お姫様たち、そこまで来てるよ」

 ソキの言葉を聞こえる前にシガツもその目で確認出来た。

「じゃあソキはちょっと離れてて。オレは師匠にお姫様が来たこと伝えてくるよ」

 シガツの言葉に「うん」と頷きソキは塔の上へと飛んでいく。シガツは覚悟を決めたようにエルダの元へと知らせに行った。



 お姫様のお供は思っていたより少なかった。

 キュリンギとサールとニールの兄弟。それからお姫様の召し使いらしい男性と女性が一人ずつだった。

 村の視察をしていた時にはもう少しお姫様側の召し使いがいたのだが、今日は村に置いてきたらしい。

「ようこそ、星見の塔へ」

 シガツの知らせを受けたエルダがお姫様を出迎える。そんな師匠の後ろに立ち、目立たぬようにシガツも頭を下げたけれど、マリネの眼からは逃れられなかった。

「ああ、お会いしたかったですわ、シガツ様」

 瞳を潤ませ頬を染めて、礼儀も忘れてマリネはシガツの元へと駆け寄った。

「え? え? なに?」

 お姫様がシガツに抱きついている姿が信じられず、マインとニールはうろたえている。だけど大人達は少しはびっくりした様子を見せたが、すぐに普段通りに戻り止める事なくその姿を見守っている。

 そして抱きつかれた当のシガツは。

「久しぶり、マリネ。元気だった?」

 お姫様の名を当然のように呼び捨てにした。



 シガツは別にマリネが嫌いなわけじゃない。苦手とは思っているけれど、元気そうな姿を見れば安心するくらいには嫌いじゃなかった。ただ、マリネに会うことによって自分の身分がみんなに知られてしまうのが、嫌だったのだ。

 師匠や村長、キュリンギとサールもシガツが誰だか知っていた。マリネの召し使い達もマリネの行動を見ても驚かないところを見ると、予め知らせていたのだろう。

 だけど知らなかったマインとニールは訳が分からず混乱した。

 なんでお姫様はシガツに抱きついてるの? シガツはお姫様と知り合いだったの?

 呆然としている間にもお姫様は抱きついたままシガツを見つめ話しかける。

「わたくしは元気ですわ。父も母もカイルも。シガツ様こそお元気そうでなによりです。……とても、たくましくなられて……」

 うっとりとシガツを見つめるマリネの瞳になんだか嫌なものを感じてマインは我に返った。

「ちょ…ちょっとちょっと、何してるのよーっ」

 グイとシガツの腕を引っ張り、お姫様を引き剥がそうとする。

 一瞬彼女のボディガードが動きかけたが、直接彼女に触れなかったせいかそれ以上は動かなかった。

「そちらこそ、何をなさいますの?」

 冷たい目をマインに向ける。

 憧れのお姫様にそんな目を向けられちょっとショックを受けるマインだったが、それよりもシガツにお姫様がくっついている方が嫌だった。

「あー、違うんだ。オレがちゃんと説明してないだけなんだよ」

 マリネをなだめるようにシガツが言う。そして苦笑いしながらシガツはマインに説明した。

「オレとマリネは、従兄弟なんだよ」


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