80 / 92
星見パーティー
その3
しおりを挟む今も昔も、夜空にはたくさんの星の子達が瞬いています。
星の子達はいつでも地上を見下ろすのが大好きです。
たくさんの星の子達の中でも、ひときわ輝いている星の子が南の空におりました。その星の子は他の子とは区別されて星姫様と呼ばれていました。
星姫様も他の星の子と同じようにいつも地上を見下ろしていました。
「ああ、いつか地上に降りてあの湖の水に足を入れてみたい」
星姫様のお気に入りは地上に見える大きな湖で、いつも月のお母様の光をキラキラと反射してとてもキレイなのでした。
いつもの様に星姫様が地上を見下ろしている時でした。
「よろしければあの湖に降りてみられますか? ただし、他の星の子や月のお母様には言ってはなりませんよ」
どこからか、声がします。
「だあれ? 本当に降りられるの?」
星姫様が尋ねると、ふと笑う気配がしました。
「もちろん降りられます。誰にも内緒に出来るなら」
内緒って言われても無理だわと、星姫様は思いました。だっていつだって他の星の子達も周りにいるし、月のお母様がみんなの事を見てくれています。この会話だって聞かれているに違いありません。
そう思って辺りを見渡して、気が付きました。今日は厚い雲が辺りを覆い隠して、他の星の子も、月のお母様の姿さえ見えません。
「どうされますか? 今を逃せば次はいつになるか分かりません」
きっと雲が辺りを覆っている今がチャンスなのでしょう。
そう思うと居ても立ってもいられなくなり、星姫様は見えない相手の手を取り、地上へと舞い降りました。
地上はとても素敵な所でした。湖の水はとても冷たくて気持ちが良くて、いつまでも足をつけていたいと思いました。
「今なら雲が全てを隠してくれますから、よろしければ身体も水につけてご覧なさい。それはそれは気持ちが良いですよ」
言われるままに衣を脱ぎ、身体を水につけますと、初めての感覚に震えてしまいました。しかしやがて慣れますと、それは本当に気持ちの良いものでした。
ひととき水の心地良さにひたっておりますと、湖の岸辺から声をかけられました。
「星姫様、星姫様、そろそろ上がってきて下さい。だんだん雲が薄れてきています」
天を見上げると確かに、まだ月のお母様のお顔は見えませんが、ほんのりとその明かりが漏れ始めています。
「大変」
星姫様は慌てて湖を上がり、脱ぎ捨てた衣を探しました。けれどどうしてだか、どこにもその衣がありません。
「早く早く。月のお母様が姿を現せば、貴女を天へと帰してあげられなくなります」
見えない人に急かされて星姫様は衣を探しますが、やはりどこにもありません。
「ああ、月のお母様……」
夜空に月のお母様が顔を出し、見えない人の声は聞こえなくなりました。
はじめ、月のお母様に叱られると身を縮こまらせた星姫様ですが、衣を着ていない星姫様を月のお母様は見つける事が出来ません。
ホッとしたのも束の間、このままでは天に帰れない事に気づいた星姫様は慌てて月のお母様に呼びかけました。
しかし月のお母様は、星姫様の声は聞こえるのですが、どこにいるのかが分かりません。
「とにかく衣を探しなさい」
お母様はそうおっしゃったのでした。
湖の近くに、ひとりの男が住んでおりました。その男の人は衣服を売る商売をしておりました。
その日は商売で遅くなり、家へ帰るため暗い夜道を急いでいました。その途中で、不思議な光が湖の方へと降りるのを見つけたのです。
気になって湖へと向かいますと、そこにはキラキラと輝く見たことのない布地の衣装が落ちていました。
「なんてキレイなんだろう」
衣服を売る商売をしていますから、当然その見たこともない服に興味を持ち、欲しくなりました。
「空高くから落ちてきたから、きっと風に飛ばされたのだろう。持ち主も諦めているに違いない」
男の人は丁寧にその衣装をたたむと、大事に鞄の奥へとしまい込み、再び家へと急ぎました。
翌朝、再び商売道具の衣装を持ち、仕事へと行く途中で、湖の方から泣き声が聞こえてきました。
どうしたんだろうと行ってみると、そこにはとてもキレイな娘さんがひとり、裸で泣いていたのです。
どうしたのですかと尋ねますと、娘さんは泣きながら答えました。
「衣を盗まれてしまいました。どうやって家に戻れば良いのかも分かりません」
昨夜自分が持って帰ってしまった衣装がそれだとは夢にも思わなかった男の人は、きっとこの娘さんは人さらいにあって身ぐるみ剥がされてしまったのだろうと同情しました。
「私は衣服を売る商売をしています。よろしかったらこれを着て下さい。そして私の家へいらっしゃい」
そうして娘さんが、天に輝く星姫様だと知らないまま、男の人は自分の家に招き入れたのでした。
衣の行方も帰り方も分からないまま、男の人の家で暮らしていく内に、二人は恋仲となり、夫婦となりました。
やがて二人の間に子供も出来、家族がだんだん増えました。
星姫様は子供達の寝物語として、自分の身の上話を何度も繰り返しました。そしていつも最後には「こんな可愛い子供達と優しい旦那様に囲まれて幸せよ」と締めくくるのでした。
旦那様になった男の人は最初、それを面白い作り話だなぁと思って聞いていました。しかし繰り返し聞いている内に、もしかして本当の事なんじゃないだろうかと思い始めました。
今も大切にしまってあるあの輝く衣装こそ、星姫様の衣ではないのかと。
男の人は慌ててその衣装を星姫様が絶対に触らない商売道具の中に隠しました。見つかれば「盗んだのは貴方だったの? どうして今まで隠していたの?」と怒られ嫌われてしまうかもしれません。そして衣を渡せば天へと帰ってしまうかもしれません。
怒られるのは仕方ないかもしれませんが、星姫様がここからいなくなるのだけは、絶対に嫌でした。
しかし後ろ暗いことがあると、顔を合わせるのが辛くなります。
男の人はやがて、遠くの街にまで商売をしに行くようになり、朝早く家を出て夜遅くに帰ってくる事が多くなりました。
そしてとうとう、遠くの国まで商売に行くこととなり、何日も家を空ける事になりました。
その頃には一番上の男の子も大きくなり、家の手伝いをしておりました。
そこで男の子を呼び、言いました。
「留守を頼むよ。ここにある商品は好きに売って構わないからね。ただし、一番奥の箱の中にあるものだけはダメだ。絶対に売ってはいけないよ。もし万が一、父さんが旅の途中で命を落とすような事があったら、母さんに渡しなさい」
そうして父親が旅に出てひと月が経ちました。男の子はずっと箱の中身が気になっていました。
父親が帰ってくるのはまだまだ先の話です。
とうとう我慢しきれなくなった男の子は、ちょっと見るだけとその箱を開けてしまいました。
中にはそれはそれは美しい、光り輝く衣と一枚の手紙が入っていましいた。
そうして男の子は、本当の事を知ったのです。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
もう彼女でいいじゃないですか
キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。
常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。
幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。
だからわたしは行動する。
わたしから婚約者を自由にするために。
わたしが自由を手にするために。
残酷な表現はありませんが、
性的なワードが幾つが出てきます。
苦手な方は回れ右をお願いします。
小説家になろうさんの方では
ifストーリーを投稿しております。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
女官になるはずだった妃
夜空 筒
恋愛
女官になる。
そう聞いていたはずなのに。
あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。
しかし、皇帝のお迎えもなく
「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」
そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。
秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。
朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。
そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。
皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。
縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。
誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。
更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。
多分…
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる