春風の中で

みにゃるき しうにゃ

文字の大きさ
上 下
73 / 92
お姫様がやってくる

9 ニール来訪

しおりを挟む



 星見の塔では魔法使い達があれこれ創意工夫を凝らしていた。

「今この呪文で意味の分かっているのは風を表す単語と吹けって命令の単語ですよね」

 こっちの呪文のこの単語は……と、どんどん意味を考え、調べ、組み替えて試し、なんとかソキの言っていたのに近い風を吹かせられるようになってきた。

 とは言ってもまだまだ不安は残る。

「本番までに一度、同じように練習出来れば良いのですが」

 今は花と一緒に木の葉などを花に見立てて練習に使っている。けどやっぱり本物の花と木の葉では違ってくる。

「お花、もうちょっと摘んでこようか?」

 ソキなら遠くの花でもひとっ飛びで行って風に乗せて持って帰って来れるだろう。だけど。

「いえ。本番用の花が足りなくなると困りますからやめておきましょう」

 師匠はそう言って首を振った。

 それでもやっぱり本物のお花で練習出来たら良いのにと思いながらマインが呪文を唱えていると、遠くにニールや村の子達の姿を見つけた。

「どうしたの? みんな。村も準備で忙しいんじゃないの?」

 もちろんいつだってみんなと遊びたいとは思ってる。だけどさすがに今、村が大変な事はマインだって分かってた。

 そんなマインに「大丈夫」と告げるようにニールは笑うと、近づいて来た魔法使いへと向き直った。

「こんにちは。星見の塔の魔法使い。今日は練習に使ってもらおうと思って、これを持って来ました」

 そう言って広げたニールの袋の中には、たくさんの花が入っていた。もちろん他の子達が持っていた袋の中身も全部摘まれた花だ。

「こんなに……。大丈夫なんですか、今摘んで。本番に花が足りなくなったりはしないんですか?」

 それに答えたのはエマだった。

「大丈夫です。今日摘んできたのはみんな、明日にはしぼんだり散ったりする花ばかりなので」

 ちゃんとまだ何日かもつ花やつぼみなんかは傷つけないよう気を付けて摘んだものばかりだ。

 ニールの提案を聞いた時には「またマインの事ばっかり考えて」と思ったけれど。

「それにこれは小さい子達の花を運ぶ練習でもあるんです。袋に花を詰め込み過ぎたり運ぶ時に振り回したりして花をつぶさないように気を付ける」

 ちゃんと他の子達の為にもなる。当日の朝袋を開けたら花が使い物にならなかったでは困るから。

 エマと話をした後もちろん村長にも話して許可をもらった。サールは弟が頼まれた事だけでなく自分で考えて行動した事をとても喜んでいた。

「ありがとう。みんな」

 満面の笑みを浮かべるマインを見て、ニールは天にも昇る思いだった。

「これで本番に近い形で練習出来る。助かります」

 エルダがお礼を言いながらエマから花を受け取ると、彼女は慌てて首を振った。

「言い出したのはわたしじゃなくてニールなんです。だからニールにお礼を言って下さい」

 実際に花を摘みに行ったり袋の詰め方を教えたのはエマや他の年長の子達だったけれど、ニールが言い出さなかったらこんな練習はしなかった。

 マインに会いに来る口実を作る為だったとしても、ちゃんとみんなの役に立つ提案だった事は素直にすごいなとエマは認めていた。

 エマの言葉を聞いてニールは「よく言った」と心の中でほくそ笑んだ。

 先程までの流れだと「みんな」の手柄になっていたが、これで一番の功労者はニールだとマインに印象付けられる。きっとマインも特にニールに感謝することだろう。

「そっか。ありがとうニール」

「助かるよ」

 マインとシガツがそろってニールへと向き直りお礼を告げる。別にシガツのお礼はどうでもいいが、マインにお礼を言われてニールの心は浮き立った。

「さあ、みんなの気持ちを無駄にしない為にもすぐに練習を始めましょうか」

 エルダが弟子達に向けて告げると、村の子供達は邪魔しちゃいけないと思ったのか、花を置くと「それじゃあ」と帰り始めた。

「待って。お花、キレイだよ。見ていかない?」

 そんな子供達に声をソキがかけた。

 ソキもシガツ達と一緒にずっとここにいたけど、村の子供達は恐れずこっちに来てくれた。それが嬉しかった。

「でも、邪魔になるんじゃない?」

 遠慮がちにエマが言う。

「そんな事ないよ。お姫様とその御付きの役をしてくれたら練習になるよ」

 自分の言葉に答えてくれた事が嬉しくて、ついソキはエマとの距離を詰めてしまった。するとエマがとっさに後ずさる。

「あ……」

 二人の顔が、同時に曇る。

 だいぶ慣れてきたとはいえ、エマはやっぱりまだソキが風の精霊だという事が、怖かった。ソキが悪い子ではないというのは分かっている。それでも本能的に怖いものはそう簡単には怖くなくならない。

 ソキも、エマの態度に傷つきはしたものの、彼女に悪気がない事は分かっていた。自分がつい、マインに接するのと同じようにエマに近づいてしまったのがイケナイのだ。

 微妙な空気が二人の間を流れていたが、それに気づかなかったのか、ヒョイとマインが首を突っ込んできた。

「そうそう。みんながお姫様や御付きの人の役をやってくれた方が距離とかの感覚が掴めるから助かるよ。それに当日、他の準備とかにまわっててお花の降るの見れない子達もいるでしょ? ほんとにキレイだから、見てってよ」

 にこにこと笑うマインの後ろから、星見の塔の魔法使いも微笑み頷く。

「そうですね。本番に花を撒く子は撒いてくれると嬉しいです。それを実際に飛ばしてみるのも良い練習になります。少し時間を取らせますが、是非練習に付き合って下さい」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

もう彼女でいいじゃないですか

キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。 常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。 幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。 だからわたしは行動する。 わたしから婚約者を自由にするために。 わたしが自由を手にするために。 残酷な表現はありませんが、 性的なワードが幾つが出てきます。 苦手な方は回れ右をお願いします。 小説家になろうさんの方では ifストーリーを投稿しております。

砕けた愛は、戻らない。

豆狸
恋愛
「殿下からお前に伝言がある。もう殿下のことを見るな、とのことだ」 なろう様でも公開中です。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

処理中です...