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お姫様がやってくる
9 ニール来訪
しおりを挟む星見の塔では魔法使い達があれこれ創意工夫を凝らしていた。
「今この呪文で意味の分かっているのは風を表す単語と吹けって命令の単語ですよね」
こっちの呪文のこの単語は……と、どんどん意味を考え、調べ、組み替えて試し、なんとかソキの言っていたのに近い風を吹かせられるようになってきた。
とは言ってもまだまだ不安は残る。
「本番までに一度、同じように練習出来れば良いのですが」
今は花と一緒に木の葉などを花に見立てて練習に使っている。けどやっぱり本物の花と木の葉では違ってくる。
「お花、もうちょっと摘んでこようか?」
ソキなら遠くの花でもひとっ飛びで行って風に乗せて持って帰って来れるだろう。だけど。
「いえ。本番用の花が足りなくなると困りますからやめておきましょう」
師匠はそう言って首を振った。
それでもやっぱり本物のお花で練習出来たら良いのにと思いながらマインが呪文を唱えていると、遠くにニールや村の子達の姿を見つけた。
「どうしたの? みんな。村も準備で忙しいんじゃないの?」
もちろんいつだってみんなと遊びたいとは思ってる。だけどさすがに今、村が大変な事はマインだって分かってた。
そんなマインに「大丈夫」と告げるようにニールは笑うと、近づいて来た魔法使いへと向き直った。
「こんにちは。星見の塔の魔法使い。今日は練習に使ってもらおうと思って、これを持って来ました」
そう言って広げたニールの袋の中には、たくさんの花が入っていた。もちろん他の子達が持っていた袋の中身も全部摘まれた花だ。
「こんなに……。大丈夫なんですか、今摘んで。本番に花が足りなくなったりはしないんですか?」
それに答えたのはエマだった。
「大丈夫です。今日摘んできたのはみんな、明日にはしぼんだり散ったりする花ばかりなので」
ちゃんとまだ何日かもつ花やつぼみなんかは傷つけないよう気を付けて摘んだものばかりだ。
ニールの提案を聞いた時には「またマインの事ばっかり考えて」と思ったけれど。
「それにこれは小さい子達の花を運ぶ練習でもあるんです。袋に花を詰め込み過ぎたり運ぶ時に振り回したりして花をつぶさないように気を付ける」
ちゃんと他の子達の為にもなる。当日の朝袋を開けたら花が使い物にならなかったでは困るから。
エマと話をした後もちろん村長にも話して許可をもらった。サールは弟が頼まれた事だけでなく自分で考えて行動した事をとても喜んでいた。
「ありがとう。みんな」
満面の笑みを浮かべるマインを見て、ニールは天にも昇る思いだった。
「これで本番に近い形で練習出来る。助かります」
エルダがお礼を言いながらエマから花を受け取ると、彼女は慌てて首を振った。
「言い出したのはわたしじゃなくてニールなんです。だからニールにお礼を言って下さい」
実際に花を摘みに行ったり袋の詰め方を教えたのはエマや他の年長の子達だったけれど、ニールが言い出さなかったらこんな練習はしなかった。
マインに会いに来る口実を作る為だったとしても、ちゃんとみんなの役に立つ提案だった事は素直にすごいなとエマは認めていた。
エマの言葉を聞いてニールは「よく言った」と心の中でほくそ笑んだ。
先程までの流れだと「みんな」の手柄になっていたが、これで一番の功労者はニールだとマインに印象付けられる。きっとマインも特にニールに感謝することだろう。
「そっか。ありがとうニール」
「助かるよ」
マインとシガツがそろってニールへと向き直りお礼を告げる。別にシガツのお礼はどうでもいいが、マインにお礼を言われてニールの心は浮き立った。
「さあ、みんなの気持ちを無駄にしない為にもすぐに練習を始めましょうか」
エルダが弟子達に向けて告げると、村の子供達は邪魔しちゃいけないと思ったのか、花を置くと「それじゃあ」と帰り始めた。
「待って。お花、キレイだよ。見ていかない?」
そんな子供達に声をソキがかけた。
ソキもシガツ達と一緒にずっとここにいたけど、村の子供達は恐れずこっちに来てくれた。それが嬉しかった。
「でも、邪魔になるんじゃない?」
遠慮がちにエマが言う。
「そんな事ないよ。お姫様とその御付きの役をしてくれたら練習になるよ」
自分の言葉に答えてくれた事が嬉しくて、ついソキはエマとの距離を詰めてしまった。するとエマがとっさに後ずさる。
「あ……」
二人の顔が、同時に曇る。
だいぶ慣れてきたとはいえ、エマはやっぱりまだソキが風の精霊だという事が、怖かった。ソキが悪い子ではないというのは分かっている。それでも本能的に怖いものはそう簡単には怖くなくならない。
ソキも、エマの態度に傷つきはしたものの、彼女に悪気がない事は分かっていた。自分がつい、マインに接するのと同じようにエマに近づいてしまったのがイケナイのだ。
微妙な空気が二人の間を流れていたが、それに気づかなかったのか、ヒョイとマインが首を突っ込んできた。
「そうそう。みんながお姫様や御付きの人の役をやってくれた方が距離とかの感覚が掴めるから助かるよ。それに当日、他の準備とかにまわっててお花の降るの見れない子達もいるでしょ? ほんとにキレイだから、見てってよ」
にこにこと笑うマインの後ろから、星見の塔の魔法使いも微笑み頷く。
「そうですね。本番に花を撒く子は撒いてくれると嬉しいです。それを実際に飛ばしてみるのも良い練習になります。少し時間を取らせますが、是非練習に付き合って下さい」
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