春風の中で

みにゃるき しうにゃ

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和解と波乱の兆し

なんか、変?

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 朝日が昇ると同時にエルダは起き出し、星見の塔の上へと登った。弟子たちはまだ眠っている。風の精霊であるソキはどうしているか分からないが、少なくとも屋上へ出ても彼の傍にやって来なかった。

 朝日の向こうから、パタパタと一羽の小鳥がやって来る。スイと手を伸ばすとなんのためらいもなく小鳥はエルダの指へととまった。

「おはようございます」

 にこりと小鳥に笑顔を向け、それから彼は小鳥の足に結わえられていた紙を外した。

「もういいですよ。ご苦労様」

 声を掛けると小鳥は、我に返ったように慌てて空へと飛び立った。

 折り畳まれたその紙を開き、そこに書かれた内容に目を通したエルダは少なからず驚いた。

 本当に? と呟きたくなったが、信用できる相手だしそんな嘘をついても何の得もないだろう。そもそも別の相手に確認を取ればすぐに分かる事だ。

 エルダは紙を小さく折り畳み懐に入れると小さく息をついた。

 たぶん本人はこの事を、あまり声を大にして言いたくはないのだろう。

 これまでに言おうと思えば言う機会は幾らでもあったのに言わなかった事を思い出し、エルダはそう考えた。

 本人が言い出すか、何か問題が起きるまではこの事は胸にしまっておこう。

 そろそろ弟子たちが起き出す時間だ。

 エルダは星見の塔の傍の自宅へと戻るため、歩き始めた。



 ニールと仲違いをしてから数日が過ぎた。あの日ソキに言ったように、彼と話をしてどうにか仲直りをしたいと思っていたシガツだったが、あれからニールには会えずにいた。

 考えてみれば村の子達は出来るだけここには来ないよう言われているし、シガツも修業の毎日で村へ行く用事もない。偶然を期待しても会える機会などほとんどないだろう。

 ニールがシガツの言い分を気にしないで、もしくはシガツを許す気になって例の作戦とやらを伝えに来てくれたなら、シガツももう少しニールの態度を受け入れてみてもいいと思ったが、彼が現れる気配はなかった。

「どうしたの、シガツ。なんか元気ないね」

 一緒に畑の雑草取りをしていたマインが声をかけてくれる。

「そうかな」

 心配かけたくなくて、誤魔化して笑う。だけど誤魔化したのが伝わったのか、マインがむーっと眉を寄せた。

「なに悩んでんのか分かんないけどさ、話聞くくらいならわたしだって出来るよ?」

 そんな風に言わせてしまう程顔に出てしまっていたのかと反省する。

「ありがとう、マイン。けど、悩んでるって程じゃないんだ。村の子達とどうしたら仲良くなれるかなって考えてたんだよ」

 先日ニールが一人で来ていた事はさすがにマインには言えない。

「え? みんなもうシガツの事友達だと思ってくれてるよ。ソキの事だってすぐに仲良しになれるよ」

 にこにことマインは笑っている。きっとマインはこんな風に誰とでも打ち解けられるのだろう。

 少しうらやましく思いながらシガツはマインに「そうだね」と答えた。



 春の夜祭り以降、後片付けやなんかで何かと忙しく、星見の塔へと足を向ける機会がなかったキュリンギは、久しぶりにゆっくりとエルダに会いに行こうと朝から張り切ってパンを焼いていた。

 今日食べる分と、日持ちのするパン。今はシガツも増えたから、その分量も多くなる。

「けどそうね。無理にたくさん持って行かなくても、その分ちょこちょこ持って行けばいいのよね」

 会いに行く口実が出来たとばかりににこにこと、パンの生地を練る。

 そんなキュリンギの元へ、父親がやって来た。

「キュリンギ、ちょっと話がある」

 そんな風に呼ばれて良い話だった試しがない。キュリンギはため息をつき、父親を見た。

「何ですか? わたくし、忙しいんですけれど」

 彼女がそういう態度を取るのは分かっていたのか父親は気にする事なく告げる。

「大切な話だ。とにかく来い」

 そう言われて従わないわけにはいかない。相手は父親であり家長であり村長なのだから。

 せっかくエルダの所に持って行くパンを作っていたというのに。

 まだ練りかけだったパンの生地を置き、キュリンギは再びため息をついた。

 仕方がない。今日はパンを持って行くのは諦めよう。

 けれど父親の言う「大切な話」がもしくだらないものだったら、さっさとキリをつけて、そのままエルダの所へ行ってしまおう。

 キュリンギはそう決め、父親の元へと向かった。



 大人達の様子がおかしい。

 最初にそれを感じたのはニールだった。

 村長と兄が何か重要な話をする事は、それなりにある。村長は村を取りまとめているのだし、兄はその後継ぎなのだから。それにキュリンギさんが加わる事も、ごくたまにではあるがない事はない。

 だけどその三人ともが話し合いの後、戸惑った様子を見せ他の大人達をも呼びまた話し合いがもたれるなんて、少なくともニールは初めて見た。

「何があったの?」

 話し合いが終わった後で、ニールは兄に訊いてみた。自分もその内兄の補佐をする事になるのだから、教えてほしいと。

 だけど兄は首を横に振った。

「今はまだ言えない。きちんと確認しなければ。間違った事をお前に教えるわけにはいかないからな」

 にこりと笑って兄は「ありがとう」とニールの頭を撫でた。もう頭を撫でられるような子供じゃないと突っぱねたかったが、反発するのも子供っぽいかとニールはあえて受け入れた。

「じゃあ、はっきりと分かったら教えて下さい」

 そう兄に告げて別れたものの、ニールは納得していなかった。

「どーでもいい大人達は呼んで、なんで俺には教えられないんだ?」

 一人になりブスリと毒づく。あんな奴らより自分の方がよっぽど頼りになるのに。

 ムカムカしながら歩いているとお使いだろうか、荷物を抱え歩いているエマの姿を見つけた。彼女もニールに気づき、顔を曇らせる。

「機嫌悪そうね。何かあったの?」

 ため息をつきながらもエマはズバリと言ってくる。

 そういえばエマの両親も話し合いに呼ばれたはずだとニールは彼女を見た。

「村の会合の事、お前んち何か言ってたか?」

 ニールの兄は口が堅くても、村の大人達の中には口の軽い者もいる。エマの両親がそうとは思わないが、もしかしたらそう重要な件ではないと思い、エマに話しているかもしれない。

 だけどエマは首を傾げた。

「会合って、いつもの村の共有地の草刈りやらなんやの話じゃないの?」

 彼女が嘘をついているとは思えなかった。という事はエマの両親は彼女には何も話していないのだろう。

 少し考え、ニールは彼女に協力を仰ぐことにした。

「兄さんやキュリンギさんの様子が変なんだ。たぶん村長も。そのすぐ後に会合が開かれたから、何か通達があったかもって思ったんだけど……。兄さんに訊いてみても教えてくれないし。だから、何か分かったら教えてほしい」

 ニールの遊び仲間の中でもエマは一番年長だ。もうすぐ大人の仲間入りをするだろう。だったらエマの両親は何も言わなくても、他の大人達が何か教えてくれるかもしれない。

 そう期待を込めニールはエマにそう言った。


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