春風の中で

みにゃるき しうにゃ

文字の大きさ
上 下
55 / 92
ニールとシガツ

その2

しおりを挟む



 夕刻近くに星見の塔へと向かう道をひとり歩きながら、ニールは少しドキドキしていた。魔法使いに見つかれば怒られるのは確実だし、そもそもこれまで星見の塔へ向かう時はたいてい誰かと一緒だった。ひとりでこの道を歩いたのは春の夜祭りの時、マイン達を迎えに行った時くらいだろうか。

 だけどさすがに今日は誰も連れては来られない。騒がれて魔法使いに見つかっては困るし、何より新入りのシガツと二人で話をしたかったのだ。

 シガツの事は、ハッキリ言って気に入らない。気に入らないけれど、それは自分よりもマインの身近なところにいるからだ。全然違う場所で出会ったなら、ここまで嫌いにはならなかっただろう。

 それを自覚したニールは冷静になって考えてみた。これまで、マインの近くにいる邪魔者という印象でつい皮肉を言ってしまっていたけれど、よくよく考えてみればシガツはそんなに悪い奴じゃない。だったらマインの事を打ち明けて、上手くこっちの味方につけてしまえば、二人の事を応援してくれるんじゃないか?

 シガツがすでにマインの事を好きになってたら無理だが、二人はまだ知り合って間もない。まだシガツにそんな気持ちは無いかもしれない。

 だったら今の内に釘を刺しとけばきっと、応援してくれなかったとしてもマインをそういう風に見ないのではないか。

 そんな気持ちが芽生え、ニールはシガツを呼び出す事にしたのだ。

 うまくいくかどうかは分からない。だけどシガツは来ると言ったのだから言うだけの事は言おう。

 そんな事を考えながらニールは待ち合わせの場所へと急いだ。



 修業が終わり、師匠は家へマインとソキは二人で花のたくさん咲いている辺りへと行ったのを見届けて、シガツは約束の場所へと歩き始めた。

 ニールはもう来ているだろうか。

 遠くから見る分には、ニールの姿は見えなかった。まだ来ていないのか、それとも師匠に見つからないよう木の陰に隠れているのか。

 何の話をするのか、半分期待、半分警戒しながらシガツはニールを目で捜しつつ約束の場所へと向かった。

 目的の場所につくと、やはり隠れていたらしい。茂みの中からニールがガサリと出てきた。

「よう」

 どう声をかけたらいいのか分からないといった様子でニールが声をかけてくる。そんなニールに照れくささを感じながらシガツは笑顔を返した。

「こんにちは。待たせちゃったかな」

 ニールの雰囲気からして、文句を言う為に呼び出したわけじゃなさそうだ。

 シガツはほっとしながらニールの言葉を待った。

「いや。今来たところだ」

 そう言いながら、ニールは目線をキョロキョロと動かす。

「他の人はいないよ。師匠は夕食の仕度をしに家に戻ったし、マインとソキは二人でちょっと遊んでくるって別の方向に行ったから」

 シガツの言葉を聞いて、ニールは安心したように頷いた。

「そうか。その、時間は取らせない」

 そうは言いつつニールは言い出しにくいのか、少しの間続きの言葉を紡がなかった。

 それでも辛抱強くシガツが次の言葉を待っていると、やがてニールは覚悟を決めたように口を開いた。

「オレは、マインの事が好きなんだ」

 顔を赤くしながらニールが告げる。

「え? そうなんだ」

 うん、気づいてたよとはさすがに言えなかったので、シガツは知らなかったフリをしながら返答をした。けどなんでそれをオレに言うんだろうと、不思議に思いながらシガツはニールを見る。ニールはそんなシガツにほんの少し睨みをきかせながら質問してきた。

「お前は、誰か好きな子、いるのか?」

 ここで冗談でも「マインが好き」なんて答えたら、きっと決闘を申し込まれてしまう。そう思わせる雰囲気をニールは漂わせている。

 つまり恋敵かどうかの確認がしたかったのか。

 シガツは小さく苦笑しながらニールに答えた。

「いないよ。今、好きな人はいない」

 明らかにホッとした顔をしたニールを見て、正直な奴なんだなとシガツは思った。そんなニールを好ましく思ったのも束の間、彼は威張り散らすような態度でシガツに言った。

「だったらオレとマインが仲良くなれるよう、協力しろ」

 遊び仲間の中でリーダー格の存在だから、こんな風に命令口調になるんだろうか。

 ずっと一緒にいる友達ならばそれも許されるのだろう。だけどまだ出会って間もないシガツは、自分よりも年下であろうニールにそんな風に言われ、少しばかりムッとした。

 それでもここで腹を立ててはいけないと、ニールに向かって笑顔を作る。

「協力って、例えば?」

 いいよ、応援するよと言うのは簡単だ。だけど安請け合いしてせっかく始めた魔法の修業の妨げになるのはどうにか避けたい。

「それは、あれだ。今は思いつかないけど、作戦が決まったら伝えるからオレの言う通りにすればいいんだ」

「……その作戦の内容によっては協力出来ないかもしれないけど、それでもいいなら決まるの待ってるよ」

 今約束出来るのはこのくらいだった。だけどニールはその返事が気に入らなかったようだ。

「なんだそれ。内容によっては協力しないのか? オレの兄ちゃんはその内村長になる男なんだぞ。黙ってオレの言う事聞いとけばいいんだよっ」

 ニールの言い分に、シガツは呆れた。単に子供達の中でリーダー格だから偉そうにしているのかと思ったら、虎の威を借る狐か。

 思わず深く、溜め息をついてしまう。

「たとえ身内がどんなに偉い人でも、君自身はまだ何も成し遂げていない子供だろう?」

 風の塔にいる時に、別に威張り散らしたわけでもないのに何度となく言われた言葉をシガツは口にしていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...