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シガツの風
再来 その1
しおりを挟むどう切り出すべきか。
頭をフル回転させて考えているシガツの耳に、ソキの囁きが聞こえてきた。
「来たよ」
その言葉にゴクリと息を飲み、カティルへと目を向ける。
「カティル。本当にあの風の精霊から首飾りを取り戻す必要はないんですね?」
フィームに聞かせるようにと思ったせいか無意識に声が大きくなり、うわずってしまった。不自然だとバレなければ良いのだが。
カティルは様子のおかしいシガツに眉根を寄せながらも答えてくれる。
「必要ないって言っただろう。そんな物よりも、もっと大切なものがあるんだから」
反応はとてつもなく早かった。カティルが言い終えると同時に、ゴウッという音を立て突風と共にフィームは現れた。
「ひぃっ」
驚きと共にカティルは悲鳴を上げ、腰を抜かした。そんな彼を庇うようにシガツはカティルとフィームの間に立った。
思惑通り、フィームはシガツ達の話を聞きつけたのだろう。フィームは面白くなさそうな顔をして二人を見下ろしている。
予想外だったのはカティルの口から「もっと大切な物がある」という言葉が出た事だった。おそらくその言葉にフィームは素早く反応したのだろうから嬉しい誤算とも言える。
「この間のよりも大切な物を持っているのか?」
突然現れ、恐ろしげな声で問うフィームにカティルはガタガタと震え、答えられずにいた。
ここでカティルに「思い出」とか「命」と答えられては台無しになってしまう。だからカティルが喋れないでいる内にフィームの意識を自分に向ける為、シガツは口を開いた。
「そんなの。先日首飾りを差し上げたんですからいいじゃないですか。首飾りと引き替えに貴方はカティルの身の安全を保障した、そうでしょう?」
風の精霊は気まぐれだと言われている。だけど風に限らず、精霊は誇り高いとも言われている。一度した取引を、反故にしたりはしないですよね? と言いたげにシガツはフィームを見た。
「……オレは好きな時に好きなように風を吹かす。だが確かに、あの時首飾りと引き替えにオレの風でお前達を吹き飛ばすような事はしないと約束した」
フィームの言葉にシガツはひとまずホッとした。あれはあの時だけの事だと言われたらどうしようもない。
だけどシガツの言葉を認めたからには『大切な物』を奪うためにカティルの身の安全を脅かす事はしないだろう。
「だがあれよりも大切な物があったなんて、聞いていなかったぞ」
フィームに睨みつけられ、カティルが震えあがる。
「そ、そ、そ、それは……」
言い訳をしようと口を開くが、上手く言葉が出て来ないようだ。下手に何か喋られるよりはその方がシガツはありがたかった。
喋れないカティルの代わりにと言うように、シガツが口を開く。
「あの首飾りも彼にとってはとてもとても、大切な物です」
「だけどそれよりももっと大切な物があるんだろう?」
今度は口を挟んできたシガツをジロリと睨む。だけどただ震え上がるわけにはいかなかった。
大きく深呼吸をして、シガツはフィームを見る。
「それを知ってどうされるんですか? もしかして彼から二つも大切な物を持っていくつもりですか?」
新しい『大切な物』と古い『大切な物』を引き替える。それがシガツの手段だった。もちろん『新しい大切な物』はフィームにそう思わせられれば本当に大切な物でなくても良い。
もちろんバレればフィームは怒り狂い、今度こそシガツ達に害を与えるだろう。だけどその危険を冒してでも、カティルの首飾りが奪い返せるならやってみる価値はあるとシガツは思っていた。
シガツの言葉にフィームは考え込むように黙った。そして納得したように頷き、告げる。
「ひとつの条件と二つの物の交換は、フェアじゃない。だからどっちも貰い受けるつもりはない。だがそいつの安全と、あの首飾りの取引はフェアだったのか?」
「それを決めたのは貴方ご自身でしょう?」
「だがあの時はもっと大切な物を持っているとは知らなかった。その大切な物とは、何だ?」
だんだんと苛立ってきたのだろうか、フィームの周りを激しい風が吹き始める。
何故そういう話になってしまったのか分からないカティルはフィームを前にただ震える事しか出来なかった。
そんなカティルを庇うふりをしばがらシガツは、こっそりとポケットから取り出したハンカチをカティルに握らせる。
「いいんですか? 妹さんが亡くなって落ち込んでいた貴方を慰め支えてくれた、彼女からの贈り物でしょう? しかも彼女は不慮の事故で亡くなったって。そんな彼女の形見を見せるんですか?」
言いながらちょっと説明っぽすぎたかなとシガツは緊張した。フィームにバレてしまっては意味がない。
フィームは自分の周りに風を吹かせたまま考えるようにシガツとカティルを見ている。
カティルはフィームを前にして恐怖で頭が回らないのだろう、シガツが何故そんな事を言っているのか、何故ハンカチを握らせようとしているのか分からず、それをシガツに返そうとした。
しかしここでハンカチを返されては困る。シガツはカティルの手を握りぎゅっと彼にハンカチを握らせようとした。
そんな二人のやり取りがフィームの目にはどう映ったのだろうか。
「ただ見せる事もしたくない程に大切な物か。あの時の首飾りを持ってくれば、それを見せてくれるか?」
独り言の様に呟くと、フィームはシガツ達の返事も待たずにヒュンッと飛んで行ってしまった。
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