春風の中で

みにゃるき しうにゃ

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シガツの風

相手に知られないように その1

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 一晩眠ると熱くなっていた思いもある程度冷めて冷静になる。

 空腹で目を覚ましたシガツも、このまま行ってもダメなんじゃないだろうかと考え始めた。

 ひとまず人里に降りるべきか?

 食糧も手に入れなければならない。それにソキの案内してくれる場所にフィームがいるかいないかも分からないのだから、やはりきちんと作戦を立てる方が良いだろう。

 いきあたりばったりだった昨日の自分を恥ずかしいと思う反面、カティルの首飾りを取り戻すという思いは揺るがなかった。

「ソキ」

 小屋を出て空に向かって呼びかける。すると近くで休んでいたのだろうか、ソキはすぐにふわりとシガツの前へと降り立った。

「出発するの?」

 そう言い、再び浮き上がろうとする風の精霊を慌てて止める。

「いや。やっぱり一度山を下りる事にした。それでお前、どのくらいの距離まで声が聞こえるんだ?」

 先程もすぐ近くにいたんだろうと思うものの、そんなに大きな声で呼んだ訳でもないのに彼女はすぐにやってきた。もしかしたら彼女は風の精霊の中でも音を拾うのが得意な方なのかもしれない。

 シガツの質問にソキは首を傾げ、ちょっと考える素振りを見せた。それからゆっくりと、遠くの山を指さす。

「注意して聞いてれば、あの辺りくらいまでなら聞こえるよ。けど、注意してない時に呼ばれて気がつくのは、あの辺りくらいまでかなぁ……?」

 今度はぐっと近く、それでも人間ならばそれこそ注意してても聞こえるか聞こえないかの位置を指す。

「そうか……。じゃあ、人里に近づいてきたら出来るだけ人間に見つからないように離れていてくれ。でも、オレが呼んだら来られるように気をつけてはいろよ」

 風使いによっては風の精霊を連れて人前に出る者もいるが、慣れない内は不必要に他人に使役している精霊を見せない事、と風の塔で教わった。

 どんな理由でその精霊が他人に害を及ぼすか分からないからだ。

 例えそれが故意であろうとなかろうと。

「分かった」

 特に文句を言う事もなくソキは素直に頷いた。



 道を使って山を下りると、あっけない程簡単に山を下りられた。

 やっぱり無茶をしちゃいけないなと思いつつ、シガツは最初に目に入った人家を目指した。

 家の前で仕事をしている女性を見つけ、シガツはちらりとソキが姿を隠している事を確認した。

「すみません。この辺りに食事の出来る店はあるでしょうか?」

 笑顔を作り、声をかける。まずは空腹を満たさなければどうしようもない。

「おや、旅人かい? この辺りにはそういった所はないよ。街まで出ないと」

 半ば予想はしていたものの、女性の答えにがっかりする。下手をすれば来た道を引き返さなければならないかもしれない。

「ここから一番近い街は……」

 どこですか? と訊こうとしたところで、お腹の虫が大きな音をたてた。

「あはは。お腹は街まで我慢出来ないって言ってるね」

 思い切り笑われ、シガツは赤面した。だけど恥ずかしがっていても仕方がない。

 もう一度街の場所を訊こうとシガツが口を開きかけた時、笑いながら女性がうんうんと頷いた。

「いいよ。たいしたものは作れないけど、何か作ってあげる。おいで」

 嬉しい事にそう言って女性は自分の家へと招いてくれた。

 素朴な料理ではあったが充分な量と美味しさで、シガツは感謝を述べつつそれを頂いた。女性は興味深げにシガツを見つつ、質問してきた。

「まだ若いのにひとり旅? どこに行くんだい?」

 まさか風の精霊の所へなんて言えるわけがない。シガツは言葉を濁しつつ、告げる。

「故郷に帰る途中なんです。……勉強の為に、しばらく離れていたので」

 ある意味嘘ではない。フィームにカティルの首飾りを奪われなければ今頃はソキを連れて故郷へと続く道を歩んでいただろう。

 答えながらシガツはふと思った。

「あの、昨日風の精霊が空を渡るのを見たのですが、この辺りはよく出るんですか?」

 もしフィームがまだソキを招待したコレクション置き場を使っているのなら、もしかしたら近隣の住人は頻繁にその姿を見かけているかもしれない。

 シガツの質問に女性はちょっと困ったように眉を寄せ、それから笑顔を作ってみせた。

「そこまで頻繁にではないけれど、たまに精霊様の姿をお見かけするねぇ。けど精霊様はこちらがおかしな事をしなければお怒りになる事もないから変に怖がる必要はないよ」

 精霊を恐れる人は多いからこの女性もシガツが精霊を恐れて質問したと思ったのだろう。

「そうですか……」

 女性の言葉に微かな違和感を覚えながらシガツは食事を飲み込んだ。そしてふと、その理由に思い当たる。

「この辺りでは精霊を信仰しているんですか?」

 精霊の存在を畏怖する者は多いが、だからといって様を付けて呼ぶ者は珍しい。だが力の強い精霊を神聖視して信仰する事は、たまにある。

 女性はシガツの言葉に肩をすくめ、声を顰めて顔を近づけた。

「信仰というのとは、ちょっと違うかもしれないね。……ずっと昔、この辺りに住んでいた者が悪口を言っていたのを聞かれた事があってね。その家は精霊のおこした竜巻でバラバラにされちまったのさ。それ以来この辺りでは様付けで呼んで精霊様を怒らせないよう気を付けているんだよ」

 昨日風の精霊がいたのならこの話ももしかしたら盗み聞きされているかもしれない。そう言わんばかりに女性は小さな小さな声で語る。

 それで様付けなのかとシガツは納得がいった。

「あんたもこの辺りを離れるまではお気をつけよ。おかしな事は口にしないほうがいい。あと、大切な物の話もね」

 聞かれれば取り上げられてしまうから。そう伝えたいのだろう。

 シガツはそれに、しっかりと頷いた。すると女性は何か考えるように彼を見、そして突然明るい声を出す。

「さあさあ、遠慮しないでどんどんお食べ。若いんだからしっかり食べないと」

 そう言って追加のパンを持ってくる。しかしその手にはパンだけではなく紙とペンも握られていた。

「ほら、これも食べていいよ」

 言いながらシガツの隣に座ると、サラサラと紙に文字を書き始めた。

(文字は読める?)

 その言葉にシガツはコクリと頷く。田舎の方では未だ読み書きが出来ない者もいるという。

 すると女性はまたもサラサラと文字を書き始めた。

(もしかして、何か大切なものを取られた?)

 女性の勘の鋭さにシガツは目を見張った。精霊を見たとは言ったが、会ったとは言っていないのに。

(どうしても取り戻したい品物?)

 そう書くと女性はじっとシガツを見た。シガツは書かれた文字をしばらく見つめ、それから慎重に頷いた。

 それを見て女性も頷き、今度はゆっくりと文字を書き始めた。

(昔、精霊に取られてしまった大切な物を取り戻した人がいる。だけど同じ事をして必ず成功するとは限らない。失敗すれば殺されてしまうかもしれない。それでも知りたい?)

 綴られた言葉に驚きはしたが、ない話ではないと思った。

 実行するかどうかは聞いた後でも判断できるだろうと、シガツは再び女性に頷いてみせる。

(では約束。安易にこの方法を人に喋らない事)

 そう前置きをして女性はその方法を紙に書き始めた。


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