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春の夜祭り
精霊と祭り その3
しおりを挟むその場にいる子達はみんな、気まずさで暗い気持ちになっていた。俯くと地面には、飛んで行った時に落としたのだろうか、ソキが被っていた花冠が壊れて落ちていた。
そんな様子にエルダは雰囲気を変えようと笑みを浮かべ、マインの背中をポンと叩いた。
「今日はせっかくの祭りですからお小言は後にしましょう。マイン、みんなと遊んできなさい」
背中を押され、マインはニールの方へと二、三歩近づく。
ニールは笑みを浮かべマインに手を差し出した。
「魔法使いもああ言ってるし、行こうマイン。あっちでダンスが始まってるみたいだから、みんなで踊ろう」
陽気な音楽が聞こえてくる方へとニールが導く。
「うん……」
ソキの事を思うと胸がチクリと痛んだが、ニールだって気を使って言ってくれているのだ。
マインは頷き、みんなと一緒に会場中央の広場へと向かった。
その場に残ったエルダはみんなについて行かなかったシガツへとちらりと目をやった。
「すみません、師匠。考えが足りませんでした」
沈むシガツにエルダは溜め息混じりに告げる。
「済んでしまった事は仕方ありません。シガツもみんなの所へ行きなさい」
「いえ。オレ、ソキの所へ行ってきます。……あいつもたぶん、ショックを受けてるだろうから……」
人間の事が好きなソキは新しい人間の友達が増えると思って楽しみにしていたのに、あんな事になってしまってさぞショックを受けているだろう。そんなソキをひとり置いて祭りを楽しむ気にシガツはなれなかった。
「……そうですね。それが良いでしょう」
精霊についての詳しい知識は無いが、短い間とはいえ一緒に暮らしていたソキの事なら少しは分かるし情もわく。ずっと共に旅をしていたシガツなら尚更だろう。
彼の望みに頷き、エルダはシガツの背中を見送った。
祭りは何事も無かったかのように楽しげな音楽を奏で、辺り一面に美味しそうな香りを漂わせている。
先程風の精霊がすぐ近くに姿を現した事など知らない人々は賑やかな祭りを心から楽しんでいる。
だけどマインは自分が起こしてしまった事に、落ち込んでしまっていた。どうしてもっとよく師匠の言った言葉の意味を考えなかったのかと後悔した。
そんなマインを見て、ニールもまた後悔した。彼女は友達を紹介すると言ってあの精霊を呼んだのだ。恐れるなと言われてもそれは難しいが、少なくとも石を投げるべきではなかった。
あの新入りが言った『危険だから』という理由より、『マインの友達に石を投げてしまった』という方が重要だった。
「ごめん、マイン。マインは友達だって言って紹介してくれたのに、びっくりして石投げちゃって……」
ニールの言葉にマインは慌てて首を横に振った。
「わたしが良くなかったの。もうちょっと考えて紹介すれば良かった」
後悔してももう遅い。起こってしまった事はもう無い事には出来ない。だけどだからといって、それをニールのせいにするつもりもなかった。
落ち込みうつむく二人に明るい声を掛けたのは、エマだった。
「もうその事は忘れましょう。魔法使いも許してくれたんだし、お祭りは今日だけなんだから楽しみましょうよ」
そんな姉の言葉を継ぐようにイムがお菓子を差し出しながら言う。
「これ、すごく美味しいよ。他にもあっちにいっぱい美味しいのがあったよ」
チィロもニールの服の裾を引っ張り祭り会場の中央へと行こうとする。
「うん。そうだよね。せっかくのお祭りだもんね」
マインは無理して笑顔を作り、みんなへと向けた。ニールもそれを見て笑顔になる。
「そう言えばマイン、まだほとんど食べてないだろ。タークのお袋さんのパイはもう無いかもしれないけど、他にも色々美味しいものあるから……行こう」
ニールの言葉に頷き、マインはみんなと一緒に賑やかなお祭り会場を巡った。
シガツはお祭り会場が見下ろせる、小さな丘の上へと登った。そこならば、お祭りの様子はよく見えるけれどあちらからはこちらは真っ暗で見えない筈だ。
そこでシガツは小さく彼女の名を呼んだ。
「ソキ」
叫ばなくてもソキは彼が彼女を呼ぶ声を聞き逃す事はなかった。だからシガツはソキの姿を探すことなく、草の上へと腰を下ろした。
やがてふわりと風が吹き、シガツの隣にソキも座った。
いつもならば何か話しかけてくるソキが、何も言わずにただ座っている。それだけで彼女の気持ちが沈んでいるのが分かる。
シガツは来る途中、祭りの会場でもらったキャンディをソキへと差し出した。
それを受け取り、ソキは口に含んだ。
「……甘いね……」
少し笑顔になり、そう呟く。
シガツもやわらかく笑み、遠くに見える祭り会場へと目を向けた。
「来年は仲良く参加出来るといいな」
本当にそう思うけれど、そう簡単にいかないだろうという事も分かっていた。
それでもソキも希望を込めて頷く。
「うん。みんなと仲良くなれたら、いいな」
ソキの言葉にシガツも頷く。
風に乗って楽しげな音楽が聞こえてくる。シガツは立ち上がり、ソキへと手を差し出した。
「踊ろう、ソキ」
笑顔で誘うシガツにソキは戸惑い、手を取るのを躊躇った。
「踊ってるの見たことはあるけど、ソキ踊った事はないよ?」
そんな彼女の手を掴み、立ち上がらせる。
「大丈夫。音楽に合わせて体動かせばいいだけだから。誰も見てないんだし、好きに踊ろう」
身体の軽いソキはそのままフワリと浮き上がった。その手を握ったまま、シガツは音楽に合わせて踊り出す。
シガツが繋いだ手を大きく振った。
「わっ」
それに合わせてソキの体がふわりと宙を舞う。
「あはは」
自分で空を飛ぶことはあっても、こんな風に振り回される体験は初めてで、思わずソキは笑ってしまった。
「ほら、笑ってないで体動かして」
言いながらもシガツも笑い、そして踊る。
「うん、踊る」
見よう見まねで体を動かし、時には宙を舞う。
身体を動かしている内に少しずつだけど、気持ちも軽くなってくる。
デタラメなステップにふわりと舞う身体。
シガツもソキも、それが難しいとは知っていたけど、それでも願いながら踊る。
来年は人では出来ないこのダンスを村の人達にも見せる事が出来ればいいな。
そう思いながら。
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