春風の中で

みにゃるき しうにゃ

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春の夜祭り

春の誘い その3

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 ずっとマインを祭りに誘いたかった。だけどなかなかその一歩が踏み出せなかった。だからそんな時にキュリンギにここに来るのを誘われて、ニールは運命だと思った。もし今日誘えなかったら今年はもうダメだろう。

 そう思って勇気を振り絞って祭りに誘ったのに、ニールの気持ちも知らないでマインはみんなに会えると喜んだ。

 本当は二人きりで過ごしたかったのに。

 ほんの少しガッカリしたが、それでも一緒に春の夜祭りに行けるのだからとニールは気を取り直した。

「じゃあ、祭りの日迎えに来るよ」

 少なくとも祭り会場に着くまでは二人きりで一緒にいられる。その時の事を思えばウキウキしてくる。

「うん。ありがとう。わぁ、お祭り楽しみ」

 素直に嬉しそうにしているマインを見ているとニールも嬉しくなって、自然と笑顔がこぼれた。

 二人きりで行く時、どんな話をしようか。

 ニールがわくわくしていると、彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。

「マインー。師匠が帰って来いって」

 慣れ慣れしく彼女を呼んでいるのは、ニールとそう年齢の変わらない少年だった。

 誰だ? なんでここにいるんだ?

 目を白黒させ、ニールはその少年を見た。マインは当然のように笑顔で彼に手を振っている。面白くない。

 少年は近くまで来るとニールに気づいてにこりと笑うと頭を下げた。

「ニールさんですね。はじめまして。ニールさんもご一緒に……」

「誰だお前」

 つい敵意をむき出しにして言い放つ。

 それに気づいたシガツの顔から一瞬笑顔が消えた。しかしすぐに笑顔を作り、ニールの問いに答える。

「シガツと言います。マインと一緒にエルダの元で魔法の修業をしています」

「うん、そーなの。つい最近来たんだよ」

 シガツの言葉を嬉しそうに肯定するマインを見て、ニールは頭を殴られたようなショックを受けた。

 一緒に修業してるって事は、つまり同じ屋根の下で暮らしてるって事じゃないか? しかもマインはこの新参者の事を嫌いじゃないらしい。

 ムカついた。ニールは一遍でシガツの事が嫌いになった。

 シガツはというと、ニールの敵意をなんとなく感じ取ったがそれがなぜなのか分からず、マインはその事に全く気づいていなかった。

「行こう二人とも」

 にこにこ笑いながらマインは二人に声をかけ師匠たちの待つ家へと足を向けた。



 キュリンギの持ってきたベリータルトは絶品だった。甘さもちょうど良いし、一口サイズで色々な味があるというのもこれまた良い。ちょっと手がベタベタしてしまうが、それは誰が作っても同じ事。仕方のない事だ。

 ご機嫌な様子でエルダはお茶のおかわりを勧める。嬉しそうにおかわりを貰っているキュリンギを見ると、やっぱり恋人同士みたいだなとシガツは思った。

「それにしてもフウちゃん……じゃなかった、ソキちゃんがいないのは残念だったわね」

 女の子ならこういう甘いお菓子は誰しも好きだろう。ソキの喜ぶ顔が見れないのは残念とばかりにキュリンギが言った。

「その内帰って来ると思うんですけど……。どこに行ったのかな」

 シガツとマインが修業している間、大抵ソキは近くの樹の上で見ている事が多かった。だけどたまに退屈してしまうのか、気がつくとどこかへ行ってしまっている事もある。シガツが呼べば帰って来るだろうが、まだ彼女が風の精霊だと知らないキュリンギとニールを驚かせてはいけないからと、呼ぶのを師匠に止められた。

「とりあえず一個ずつ取っといてあげよ」

 そう言いながらマインはミニタルトを皿に取り分ける。それからふと思い出したように顔を上げ、彼女は師匠の顔を見た。

「そういえばニールが春の夜祭りみんなで行こうって誘ってくれたの。行ってもいいでしょ?」

 ねだるようにエルダに請う。毎年春の夜祭りには行っているけれど、いつもエルダに連れられちょっと覗く程度で帰っていた。村の子供達はその日ばかりは保護者なしで夜の会場を走り回っているのに。マインはいつもそれが羨ましかった。

「みんなでって、子供達だけでですか?」

 案の定、エルダは渋い顔をする。けれどマインを援護するようにキュリンギがにこりと笑った。

「あら、子供と言ってももうみんな手を引いて歩かなければならない年齢じゃないでしょう? ソキちゃんやシガツ君なんてもう少しすれば大人の仲間入りをする年齢なんじゃなくて?」

 これにはエルダも反論出来なかった。幼い頃からマインをずっと育ててきた。そのせいかエルダにとってマインはまだまだ子供だと思っていた。しかしキュリンギの言う通り、もう四六時中保護者が目を離せない程子供というわけではない。野草摘みだって一人で遠くまで行っているではないか。夜とはいえ、村中の人達が集まる祭りの日に子供達だけで行かせて何の危険があるだろう。

 過保護になりかけていた自分にため息をつき、エルダは言った。

「……あまり遅くならない事を約束できるなら、行っても良いですよ」

「うん。するする。やったぁ! 楽しみだね、ニール」

 大喜びしてマインはニールを見た。

「うん、じゃあ約束通り迎えに来るから」

 笑顔でマインに答えるものの、ニールはショックを受けていた。

 いつの間にか一緒に行くのまでみんなでって事になってる。子供達だけでって事は魔法使いは同行しないんだろうけど、目の前にいる新入りも一緒に来るって事なのか?

 ムカムカと腹が立ち、シガツをキッと睨みつけてやりたい衝動に駆られた。だがマインの目の前でそんな事をしたら彼女に嫌われてしまうんじゃないかという思いが勝ち、ニールはぐっと堪えた。

「夜祭り……。昼のお祭りはないんですか?」

 ふと、シガツがそう尋ねてきた。

「春のお祭りは夜祭りだけだよ?」

 マインが首を傾げ、答える。

「なんだ、そんな事も知らないのか。……お前、余所者なのか?」

 この辺りの春祭りはどこも夜祭りだ。それを知らないという事は、余所から来たとしか考えられない。

 だがシガツはニールの棘のある言い方を気にせず笑顔を作る。

「オレが産まれた所では昼は子供達のお祭り、夜は大人だけの祭りをしてたんだ」

 懐かしそうにシガツが言う。故郷の春祭りに出たのは風の塔へ行く前の事だから、随分前の事になる。子供達だけのお祭りの分、甘いジュースやお菓子がたくさんでとても楽しかったのを覚えている。

「じゃあ夜祭りは初めてなんだ。楽しいよ、普段夜に出歩いたりなんか出来ないからわくわくするっていうか」

 本当にわくわくしながらマインが言う。「ね、ニール」と同意を求められ、ニールは「おう」と頷いた。

 マインと二人きりだったら昼間でもわくわく出来るのに、とニールは思う。いや、わくわくと言うよりはドキドキか。

 どちらにしろ今回はお邪魔虫がいる事決定でがっかりというか腹が立った。仕方ないと思ってもやっぱり腹が立つ。

 けど、とふとニールは思った。

 上手くやれば祭りの夜、新入りとマインを引き離して二人で遊べるかもしれない。

 思いついたニールはニヤリと笑い、頭の中で計画を練り始めた。


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