春風の中で

みにゃるき しうにゃ

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シガツ君の魔法修業初日

その6

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 普段のマインだったら素直にちゃんとお礼を言えただろう。だけど今日はどうしても素直に謝る気にはなれなかった。

「どうしたんですか、マイン。いったい何が気に入らないんですか?」

 むっつりと黙ったままのマインに師匠が問いかけても答えようとしない。

 それを見ていたソキが心配そうに、そして困ったように、マインに声をかけた。

「もしかしてマイン。シガツの事、嫌い?」

「え?」

 いきなり核心に触れるように言われ、マインは動揺した。それを見てソキは悲しそうな顔になり、言葉を続ける。

「なんかずっと、シガツの事怒ってるよね……?」

 言われてみればソキの前でもシガツに対して嫌な態度をとってきた。ソキにとってはシガツもマインも大切な友達だから、仲良くして欲しいと思ってるに違いない。

 ますます悲しそうな顔になるソキを見て、マインは「それは……」「だって……」と口ごもった。ソキの気持ちも分かるけど、それでもどうしてもシガツに良い顔をしようと思えない。

 そしてマインはついに、爆発したように叫んだ。

「だってせっかく仲良くなったのに! ソキはわたしの大事な友達だから、ソキをとられたくなかったんだもん!」

 涙ぐみながら叫び、マインはソキにひしっと抱きついた。

 バカバカしいと思われるかもしれない。だけどマインは必死だった。

 村にいる女の子と遊んだことがない訳じゃなかった。だけどソキみたいにずっと一緒にいて仲良くなれた子は、初めてだった。すごく楽しくて一番の友達って思えた。

 なのにシガツが現れて、なんだかソキはシガツの方を優先しているような気がして……。シガツさえいなかったら、ソキの一番はわたしなのにって思ってしまうマインがいた。だからつい、シガツにあたってしまった。

「何を言うかと思ったら……。すみませんね」

 苦笑いしながらエルダがシガツに謝っている声が聞こえる。マインの保護者としてそうせずにはいられなかったのだろう。

「いえ……」

 シガツもちょっと困ったような笑みを浮かべていた。

 そしてマインに抱きつかれたソキは、ちょっと驚いた後、嬉しそうに笑みを浮かべた。

「ありがとう、マイン」

 その言葉にマインの手がゆるむ。まさか「ありがとう」と言われるとは思ってなかった。ワガママな子だって呆れられるかもしれないと思ってたのに。

 ソキはマインから体を離すと、彼女の両手を手に取りにっこりと笑った。

「ソキのこと、大事な友達と思ってくれるんだね。ソキも、マインのこと大好きだよ」

 ふわりと浮かんだソキから優しい風を感じた。本当に嬉しそうな顔のソキに、マインも嬉しくなってへらりと顔が緩む。

「だからね、みんなで仲良くなれたら、もっと嬉しいと思うの」

 そう言ってソキはちらりとシガツとエルダの方を見た。それに気づいたマインはぴくりと顔を硬くした。

 ソキの気持ちは、分かる。自分の好きな人達には仲良くしていてもらいたい。

 それでもまだ、どうしてもマインは素直になれなかった。ソキの友達なんだから悪い人じゃないって分かってるけど、これまで取ってきた態度を思うと素直にシガツと仲良くしようとは思えない。

 するとシガツがにこりと笑ってマインに話しかけてきた。

「まだひと月もたってないのにソキとマインさんがそこまで仲良くなってるとは思ってませんでした」

 突然何を言い出すのだろうと、つい耳を傾けてしまう。

「やっぱ女の子同士だからなのかな。オレなんかとよりずっと早く仲良くなっててびっくりしましたよ。ソキも初めての女の子の友達で嬉しそうだし」

 シガツの意外な言葉にびっくりした。

「そうなの? シガツより早いの? 初めての女の子の友達なの?」

 つい確認をとってしまう。するとソキはうん、とすぐに頷いてくれた。

「そっか」

 ポワッと嬉しさが胸の中に生まれた。顔の筋肉が自然と緩む。

 同じ友達なら男の子とより女の子同士の方がきっとずっと仲良くなれるよね。

 ほわほわと温かくなる心を抱いて、何もかもが上手くいくような気がした。

 マインはほんの少し頬を染めながら、コホンと咳払いをしてシガツを見た。

「じゃあ、シガツと仲良くしてもいいよ? でも、条件があるの」

 表情を引き締め、ピッとシガツに向かって人差し指を立ててみせる。

「さん付けで呼ぶのはやめて。あと、丁寧語も。ソキと喋るときと同じで友達口調でいいから。じゃないと堅苦しいじゃん」

 ちょっと照れくさいけれど、真面目にそう言い放つ。するとシガツは嬉しそうに笑った。

「そうだね。ありがとう、マイン」

 にこりと笑いかけられ、ぼっと顔が熱くなった。慌ててマインは顔を背けて、ふと忘れそうになっていた事を思い出した。

「こ、こっちこそ。ケガ治してくれてありがとうっ」

 慌てて言ったせいか吐き捨てるような言い方になってしまったけれど、感謝してるのは本当だった。だけど恥ずかしくて、どうしても素直に笑顔でお礼を言う事が出来なかったのだ。

 そんなマインの気持ちを分かってくれたのか、シガツもソキもエルダも、みんな朗らかに笑っている。

「さて、みんな仲良くなれたところで修業に入りましょうか」

 場の雰囲気を変える為にエルダはパンと手を打ち鳴らすとにっこりと笑ってそう言った。

「え? 今日は実力を見るだけじゃなかったの?」

 修業と聞きころりと気分が変わったマインが、嫌な顔を隠すことなくそう口にする。

「誰がだけって言いました? マインはすぐにサボろうとする……」

 あきれるようなエルダと不満そうなマインのやりとりがなんだか可笑しくてついシガツは笑ってしまった。

「なんで笑うのよー」

 笑うシガツにマインは怒ったように言うが、今までのようなトゲはもう感じられない。和やかな雰囲気の中、会話を断ち切るようにエルダが言った。

「さあ、修業を始めますよ」

 師匠の言葉に二人の弟子達は「はーい」と素直に返事をする。ソキも再びフワリと樹の上へと移動した。

 みんな、仲良くなれて良かった。

 ソキもシガツもエルダも、そしてマインも、心の中でそう感じながら顔をほころばせる。

 そうしてシガツの魔法修業初日は始まったのだった。


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