春風の中で

みにゃるき しうにゃ

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シガツ君の魔法修業初日

その5

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 思い出す、幼い頃の思い出。転んでひざを擦りむいて泣いて帰ると、いつだって父がすぐに魔法で治してくれていた。

 だからシガツはかすり傷でもすぐに父親の所へ行って治してもらっていた。

 だが、いつからかそんな二人を見て彼の母が言い出したのだ。

「そのくらいの傷、魔法で治さなくてもすぐに治るでしょう?」

 渋い顔をして言う母に、父はいつも困ったように笑った。

「だけどシガツはまだ小さいんだし、かわいそうじゃないか」

 父はそう言って、小さな傷でも魔法で治してくれていた。

 だけど母はそれからも、幾度もそれを反対した。

 なんで母上はダメって言うんだろう。もしかしてボクのことが嫌いなのかな。

 幼かったシガツはそう思った事さえある。

 それに気づいたのか、ある日母親はシガツに諭すように語り掛けてきた。

「シガツ。シガツは男の子だから、このくらいのケガ、がまん出来るよね?」

 だけどシガツは泣きながら父親にしがみついた。

「やだ。いたいもん。ちちうえ、なおしてよ」

 そんなシガツに母親は、ゆっくりと話しかけた。

「そうよね。ケガをしたら痛いよね。だけどね、シガツ。みんながケガを治してくれる父上を持ってるわけじゃないのよ。もっともっと痛いケガをして、ずーっと長いこと痛いのを我慢している子もいるの。母はね、シガツに痛みの分かる子に育って欲しいのよ」

 当時は母親の言っている事が分からなかった。今も母親の考え全てが分かるとは言えないが、少しずつだが分かり始めた様な気がする。

「たぶん母は、ほんのかすり傷の痛みさえ我慢出来ず魔法で治癒する人間は、自分の痛みには敏感でも他人の痛みには鈍感になってしまうと考えたのでしょう」

「良い母上ですね?」

 昔を懐かしむシガツにエルダがそう告げる。

「それにお父上も優しい方だ、ケガを治す魔法を知っているだなんて。これもお父上が?」

 そう言うと師匠はスッとシガツの首に掛かっている飾りへと手をやった。

「え?」

「呪文が書いてありますね」

 飾りの一部の細い金属には、丁寧に呪文が彫られている。魔法使いであるエルダは、それが魔除けの呪文である事にすぐに気が付いた。

「ああ、それは……。物心付いた頃にはもうつけていたので誰が作ったのかは知らないんです。ただ、一人前になるまでは外れないお守りだって聞いて育ちました」

 彼の首に掛かったその装身具は留め金等の外せそうな部分はなく、かといって頭から抜くには輪が小さすぎた。確かにこのままでは外せないだろう。

 おそらく一人前になったと判断した時点で父親か誰かが魔法で外す事にしているのか。

 そんな二人の会話を遠くに聞きながら、マインはきれいに治った自分の手のひらを見つめていた。

 魔法をかけられた時の温かさが、まだ手のひらに残っている。

「どうしたの? 顔が赤いよ?」

「え?」

 突然ソキに話しかけられ、マインはきゅっと手を握った。

「び、びっくりしちゃったからだよ」

 慌ててそんな風に告げる。

 普通の女の子なら「びっくりしたからって赤くなるわけじゃないじゃん」とつっこみそうなところだけど、風の精霊であるソキは特に疑う事もなく「そうなの?」と納得してくれた。

 それにほっとしながらマインはちらりとシガツの方に目をやる。二人はこちらを見る事なくまだ話をしていた。

「先程の呪文やその『お守り』を見ると、お父上はかなりの魔法の使い手かと思えるのですが……」

 そんな師匠の言葉が聞こえてきた。

 え? お父さんが?

 なにげにショックを受けたマインは二人の方へと駆け寄り、つい叫んだ。

「お父さんがすごい魔法使いなら、ここで習う必要ないじゃん」

 どうりで魔法が使える筈だ。もちろん風の塔でも習ったんだろうけど、お父さんが魔法使いだったならマインと同じように小さな頃から魔法に親しんできたんだろう。それならわざわざここで修業しなくても、家で魔法を習えばいいのに。

 そう思ってマインはシガツを睨むように見た。するとシガツはきょとんとした顔で言った。

「父は魔法使いじゃないですよ?」

 シガツの言葉にカチンとくる。

「今師匠がそう言ったじゃん」

 たった今その話をしていたのに、なんで否定するの?

 ムッとしながらマインは言い返した。なのに師匠までがシガツの肩を持つように言う。

「かなりの魔法の使い手かと思ったとは言いましたが、魔法使いとは言ってませんよ?」

 なによそれ。

 エルダの難解な言い回しにマインは眉をしかめた。

「この辺りにはあまりいないようですからマインは見た事がないのでしょうが、ちょっとした魔法ならひとつふたつ使える人も結構いるんですよ」

 笑顔で師匠はマインに分かるように説明し始めた。



 元来この世界の人は皆、魔法を使える素質は持っている。絵を描いたり料理をしたり、あるいは剣を使えたり馬に乗れたりするのと同様に。

 多少の才能の有無ややる気、良い師匠に出会えるか等で能力の差は出て来るだろうが、一部の人のみに与えられた特別な能力という訳ではないのだ。

 だから一般の人でも代々伝わるちょっとした魔法を使える者がいたり、簡単な魔法を魔法使いに習い、使う者もいる。

 つまり『魔法使い』は専門知識と技術を持つ職業で、素人でも簡単なものならば魔法を使えないわけではないのだ。

 ただ、魔法は刃物などと同じで危険も伴う。先程のマインの失敗が良い例だ。だから『魔法使い』になりたい者はちゃんと師匠について学ばなくてはならなかった。

「ですからシガツのお父上も魔法使いから呪文を教わったのかもしれませんし、その『お守り』もその魔法使いに作ってもらったのかもしれませんね」

 そんな師匠の言葉にシガツは自分の首に掛かったそれを感心したように触ってみている。

 マインはいまいち分かったような分からないような顔をしてそんなシガツを見ていた。

「そんな事よりマイン。先にシガツに言う事があるんじゃないですか?」

 突然師匠にそう言われ、マインは首を傾げた。

 別にシガツに言う事なんて文句しか思い浮かばない。けどまさか師匠がそれを言わそうとするとは思えないし。

「まだ傷を治してもらったお礼を言ってないでしょう?」

 そう師匠に厳しく指摘され、ぐっと息を詰まらせる。

「そ、それは……」

 確かに手のひらの傷はきれいに治って痛かったのが嘘のようだ。大怪我とは言えなかったけど、あのままだったら何日もの間、痛みを感じていただろう。

 だけど素直に彼にお礼を言うのには抵抗があった。なのでつい話を逸らしてしまう。

「それよりシガツの実力見るんじゃなかったの?」

 だけど師匠は見逃してくれない。

「先程の守護と癒しの呪文で実力は充分判りました。話を逸らしてないでちゃんとお礼を言いなさい」

 叱られるように言われ、マインはますますむっとして頬を膨らませた。


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